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三日後の朝、

「明日の十時にオープンだから、焼き菓子やチョコレートは作って並べちゃいましょう。それが終わったらカカオの様子を見に行きましょうか」

「はい!まずはクッキー焼いちゃいますね」


一通りの準備が終わったところで青王様におみやげを持って王城へ行き、カカオの森ではすねこすりたちのかまって攻撃をかわしながら、カカオの乾燥を均一にするために裏返したり場所を入れ替えたりした。

「また三日後にきますね」

「雨は降らせないようにしておくよ。Lupinus がオープンしたらしばらくは忙しいだろうけど、あまり無理をしないように」

「はい、ありがとうございます」


店に戻りケーキの下準備を終え、明日のために早めに休むことにした。



開店当日、瑠璃ちゃんも早朝から来てケーキ作りをしてくれたおかげで、余裕を持って準備をすることができた。


十時少し前になると、店の前に数人のお客様が待っていた。その中には最初に試作品を渡した着物の女性もいる。


「いらっしゃいませ。おまたせいたしました」

開店と同時に店内へ入るお客様は、楽しみにしてたよ、素敵なお店ね、と声をかけてくれる。ほかのお客様がみんな入店したあと、最後に着物の女性が声をかけてくれた。

「先日はありがとう。本当においしくて開店が待ち遠しかったわ」

「ありがとうございます。あの時にはなかったチョコレートや焼き菓子もあるので、ゆっくり見ていってくださいね」


お客様はみんな笑顔でお菓子を選んでいる。おいしそう、きれいね、っていう声が聞こえるたびにうれしくて涙が出そうだった。


実は瑠璃ちゃんが、お菓子を購入されたお客様にお渡しするために、結婚式やお祝い事でおなじみのコンフェッティを作ってくれていた。一つずつカラーフィルムで包み、かわいらしくラッピングしてある。

コンフェッティとはアーモンドを砂糖でコーティングしたものだけれど、今回はチョコレートと砂糖の二層にしたみたい。


次々とお客様がきてくれて、やっと途切れたところで休憩をすることにした。

紅茶を淹れ一息ついていると一人の男性がやってきた。

「いらっしゃ...え...オーナー...」

「久しぶりだな岩星。こんな立派な店を出したのか」

「どうしてオーナーがここに...」

「この前たまたま京都にくる用があってさ、この辺歩いてる時に新規オープンの張り紙を見つけて読んでたんだよ。そうしたら店の中でおまえがチョコレートを作ってるのに気づいた。突然辞めたと思ったらこんなところに店を出すとか、生意気なんだよ!」

私は怖くて動くことも声を出すこともできなかった。

「客からチョコレートの味が落ちたとか穂香ちゃんはいないのかとか言われて、おまえが辞めたと知った常連も来なくなったし売り上げも落ちた。おまえのせいだ!どうしてくれるんだ!」

「穂香さん、どうしたんですか!」

「関係ないやつはどっか行ってろ!俺はこいつに話があるんだ!」

「穂香さん、とりあえず一旦クローズにしてきますね」


瑠璃がクローズの札を出すためにドアを開けると同時に、男性のお客様が入ってきた。

「青王さ...」

「静かに。瑠璃はドアの鍵を閉めて誰も入ってこないようにして」

「はい」


「い、いらっしゃいませ」

「こんにちは。店の前を通ったら大きな声が聞こえたから。何があったのかな?」

あ、この瞳の色。青王様だ...

「なんでもない。こいつとはちょっとした知り合いで、今日は話があって来ただけだ」

「でも彼女はだいぶ怯えてるみたいだけど?」

「なんでもないって言ってんだろ!」

私は、恐怖と青王様がきてくれた安心感で崩れるようにその場にしゃがみこんでしまった。


「もう大丈夫だよ」

青王様は私のそばへ来て背中をさすりながら耳元でささやいた。


「わたしも彼女とはちょっとした知り合いでね。そんな大声を出すなんて、どう考えてもなんでもないとは思えないな」

「うるせーな!話が終わったら帰るから関係ねーやつは出ていけよ!」

「ここには女性二人しかいないんだから、こんな状況の中おいていくわけにはいかないよ」

オーナーは青王様を、今にも襲いかかりそうな鋭い目つきでにらみつけている。


「彼は自由が丘のお店のオーナーだったかな。穂香が辛い目に遭わされていたのは知っている。今日は何を言われた?」

「なにコソコソ話してんだよ!岩星!こっちこいよ!」

「彼女は具合が悪そうだから、奥でちょっと休ませるよ」

「はぁ?邪魔してんじゃねーよ!」

オーナーがこちらへ向かってきた瞬間、青王様が人差し指を立てフッと息を吹きかけた。するとオーナーは電池が切れた人形のようにその場に倒れた。

「大丈夫だよ。ちょっと眠ってもらっただけだから」

「青王様...私...」

涙が止まらなくて、どうしようもなくて、思わず青王様の胸に飛び込んでしまった。

「穂香、ゆっくりでいいからなにがあったか教えてくれるかい」

私は小さくうなずき、青王様に支えられながら立ち上がった。

「瑠璃、なにか暖かい飲み物を。それからその男を見張っていてくれるかな」

「わかりました。甘いミルクティー淹れますね」


厨房の奥にある椅子に座り、瑠璃ちゃんが淹れてくれたミルクティーを一口。蜂蜜たっぷりで、甘くて、やさしくて、少しずつ気持ちも落ち着いてきた。


「何があったか話してごらん」

「はい。青王様は私がオーナーからどんな扱いを受けていたかご存じなんですよね。私はこれ以上頑張れないと思って自分で店を出すと決め準備を始めて...オーナーにはもう無理だと言って逃げるように退職しました。もちろん店を出すことも京都に来ることも言っていません。それなのに...たまたま用事があって京都に来たというオーナーに見つかってしまって...」

青王様はときどきうなずきながら、静かに話を聞いてくれている。

「私が辞めたらチョコの味が落ちたと言われてお客様が減った。売り上げが落ちた。それはおまえのせいだ。どうしてくれるんだ。って...」

そこまで話すとまた涙があふれてきてしまい、青王様はそっと頭をなでてくれた。

「穂香にすべて押しつけて、誰もその味を引き継げるものがいなかったのだから、自業自得だろう。穂香にはなんの落ち度もない」

私が顔を上げられずにいると、

「あの男がこの店や穂香に近づくことは二度とできないように術をかけておくよ。もちろん誰かに穂香のことを言いふらしたり、ネット上に誹謗中傷を書き込まれることもないようにする。大丈夫だよ。わたしが穂香を守るから」

「なんだか私...あ、いえ、ありがとうございます」

「さあ、これからどうする?今日はもう店を閉めるかい?」

「いえ、もう一度開店します。オープンを楽しみにしてくれてるお客様もいると思うので」

「そうか。ではあの男には出て行ってもらおうか」


厨房から店内へ戻ると、青王様はオーナーに声をかけ店の外まで誘導した。

オーナーは何があったのかわからないような顔をして駅のほうへ向かって歩いて行った。

「あの、どうしてわかったんですか?オーナーが来たこと...」

「穂香がちゃんとペンダントを持っていてくれたからだよ。何が起こっているかまではわからないけれど、穂香が何か怖い思いをしていると知らせてくれたんだ」

「これにそんな力があるんですか...」

「だからいつも必ず持っていてほしい」

「わかりました。ありがとうございます」

「瑠璃、穂香を頼んだよ」

青王様は、建物全体に術(結界みたいな?)をかけて王城へ戻って行った。


「瑠璃ちゃんもありがとう。ミルクティー、ホッとする味だったわ」

「いえいえ、穂香さんが落ち着けたならよかったです」

「さて、せっかくの初日なんだから、もう一度店を開けましょう」

「はい!」


オープンの札を出しに行くとドアに張り紙があった。

『機材故障のため数時間クローズさせていただき、復旧次第あらためてオープンいたします。申し訳ございません』


「瑠璃ちゃん、張り紙してくれてありがとう」

「穂香さんならもう一度オープンするって言うと思って。もうあの人は来ないから安心してくださいね」


改めて Lupinus オープンです!

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