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短編

いつの間にか神様拾ってました。婚約破棄された私を何故か溺愛してきます

作者: 田山 歩


「んんん? 何かしら? 袋?」


 朝の日課である庭の散策中、チェリーブロッサムの蕾はどのくらい膨らんだかしらと門の近くを歩いていた私は、ふと視界に見慣れないものが入り目を細めた。


 視界に入ったそれは薄汚れた布である。門の前にぽとりと落ちている厚みのある布。もしかしたら中身が入っている袋なのかもしれない。


 私は背後に歩く侍女に視線をやり、門の外を指差した。


「家の前に何か捨てられてるわ」


 侍女は私の言葉で漸くそれに気付いたらしい。ピョコンと私の後ろから顔を出し、「まあ!」と可愛らしい声を上げた。


「本当でございますね! よくもまあ、リーベルス伯爵家の前にゴミなんて捨てますね! 恐れ知らずにも程あります!」


 確かに貴族の屋敷の前にゴミを捨てるなんて聞いた事がない。そんなに嫌われている家門でもないと思いたいが、心当たりがない訳ではない。少なくとも一つは心当たりがある。脳裏に金髪碧眼の仏頂面が浮かび、思わず深い溜息が漏れた。


「あら、ユリア様。まだおねむです?」

「ただの溜息よ。あくびなんかじゃないわ」


 的外れな侍女ペトラの言葉に少し苛立ちが薄れる。しかし、それよりも目の前のゴミだ。これを処理しなければおちおち馬車も出せやしない。これから私や父が出掛けると言うのに何と面倒臭い。


 本当だったら膨らんだ蕾を見て、あと何日くらいで咲くかなあとワクワクしていたかったのに、水を差された気分だ。


 私は何の気なしに門へ近付き、柵を掴んだ。別に門を開こうだとか、自分でゴミを片付けようだとかそんな事は全く考えていない。

 とりあえず、ゴミを確認したかったのだ。がっしりとした作りの門の柵越しに私はじっと睨め付けるようにそれを見る。


 見れば見るほど汚い布だ。しかし近くで見れば布の他に同じく薄汚れた人形の足のようなものが見える。もしかしたら袋の中身は人形なのかもしれない。そう思うと途端にそのゴミが恐ろしくなる。人形を道端に捨てるなんて罰当たりな人もいるものだ。


 私は掴んでいる柵を何気なく指先でトントンと叩いた。鉄製の柵は叩けば僅かな金属音がする。朝の澄んだ空気にその音は思いの外よく響き、叩いた自分が少し驚いてしまった。


「んん?」


 その時である。何だかゴミがもぞりと動いた。今は風も吹いていない。無風状態である。でも、その枕のような大きさのゴミが動いたのだ。


 もしかしたら見違いかもしれないと私は門に張り付いた。隙間から顔を出さん勢いでそれを凝視する。隣のペトラも私の真似をしたのか同じ格好でそれを見ていた。


 もぞり、もぞりと動くそれ。

薄汚れた布袋、それが大きく動き、()()()となった。


「ゴミじゃない! 子供じゃないの!」

「ひえー!」


 静観な朝の貴族街に響き渡る声。それに驚いた数羽の鳥が一斉にパタパタと飛んでいった。




♢♢♢♢♢




 私、ユリア・リーベルスはリーベルス伯爵家の一人娘である。

 そう、一人娘。つまりは兄弟姉妹は一人もいない。頼りになる幼馴染のお兄さんもいなければ、学園で出会う妹的な存在もいない。生粋の、立派な一人っ子だ。


 だが、私はずっと弟か妹が欲しかった。友達が大体長女で下の子を可愛がっている姿を見ていたからかも知れない。猛烈に可愛がる存在が欲しかった。


 家に遊びに行けば友達の後ろについて回る可愛い存在。挨拶をすれば恥ずかしそうに友達のスカートの後ろに隠れる可愛い子ちゃん。そして蚊の鳴くような声で「いらったいませ」と言う姿。


 たまらなかった。私もこんな守護すべき存在が欲しいと両親に強請った。

当然、その時は子供の作り方など知らなかった私。顔を赤くする母を見ても意味が分からず「風邪?」と思うだけだった。


 しかしあの訴えから数年経った現在も私は一人っ子。今はもう子供の作り方を知っているし、親ながらデリケートな問題かもしれないのでもう強請ってはいない。しかし心の何処かで欲している自分も居て、35をとうに過ぎている母が「実は……」と言い出すのを待っていたり。実際は絶対そんな事はないのだけれど。


 しかし、そんな私に神は微笑んだ。日頃の行いの良さだと思う。それか前世の私の善行のお陰か。

 なんと此処にきて私は弟的存在を得たのだ。


「ゆりあ」


 そう言って私に手を広げてくる存在。

 輝く銀色の髪に、黄金の瞳。ふくふくのほっぺに、小枝が乗るんじゃ?と思う程長く強そうな睫毛、ベビーピンクとは良く言ったものだ。幼児しか持てない健康的な桃色の唇はびっくりするほど愛らしい。


「なあに? ハーディ」

「だっこちてくりましぇんか?」


 短い腕を必死に伸ばし、これまた小さい手をぽにょぽにょと動かすのは先日、門の前に倒れていた子供、もとい幼児のハーディだ。


 あの後、門をこじ開けた私はボロボロなこの子を抱え、屋敷に走った。それはもうヒールでよくもまあ、そんな速度が出るものだという速さで。両親は突然娘が子供を抱え走ってきた事で目ん玉が取れんばかりに驚いていたが、その子供に意識がないと分かると直ぐに医師を呼んでくれた。


 汚い格好で意識を失っていた為、虐待を疑っていたが医師に診察して貰うと体に傷などはなく至って健康体だとの事。意識がないのもただ寝ているだけだった。しかし、汚れた服を着た幼児が道端で寝ている事自体が事件である。その日の内にハーディを保護した旨の届け出を出した。


「はい、抱っこね。よいしょっと」


 にやける顔を隠しもせず、手を伸ばす幼児を抱き上げる。ハーディは最初こそ服のせいで臭かったが、今は陽だまりのような匂いがする。いつまでもスーハーと吸いたくなる匂いは非合法の薬のようだ。


「ゆりあ、あいがとございましゅ」

「どういたしまして」


 大きなくりくりお目々を可愛らしく細め、笑う姿は本当に天使みたいだ。それに見たことがない金色の瞳は本当に驚くほど綺麗である。


 保護した日、パチリと目を覚ましたハーディは傍にいる私や母、ペトラをその金色の瞳で見てきた。その時の衝撃は今でも覚えている。金色の瞳など創世記が書かれた絵本でしか見たことがなかったからだ。三人ともその金色の瞳に瞬きも忘れていた気がする。そして皆言葉を失っていると目覚めたばかりの幼子がふくふくの顔をほにゃりと緩ませ、こう言ったのだ。


『はじめまちて、わたしのなまえはハーディ』


 そう、やっぱりハーディは天使だ。

 当時を思い出してもそう思う。サラサラの髪に、現実味の無い瞳の色、そして人から産まれたとは思えない程の計算つくされた整った顔。


「どちたんでしゅか? ゆりあ」


 ハーディは天使だ、天使に違いないと感動していると、目の前の天使がまん丸な目でこちらを見ていた。

 ハッと現実に戻された私は緩んだ顔のまま、ハーディを高く掲げる。所謂高い高いだ。しかし、それの目的は高い高いなんかじゃない。

 尊いものを崇める行為なのだ。


「かわいいぃぃい!」


 上から見ても、下から見ても可愛い。

 キョトンとしていた顔がほにゃりと緩む瞬間も可愛い。

 まず両手でも片手でも抱ける大きさも可愛い。この重さもたまらない。


 何故こんな可愛い存在が道に倒れていたのだろう。今のところ保護者を名乗る人は出てきていないが、出てこない意味が分からない。こんな天使いなくなったらまず探すと思うのに。


「やっぱり天使よ! 天使なんだわ!」


 くるくると回れば、楽しそうに笑うハーディ。その顔たるやこの世の全ての可愛さを詰め込んだ感がある。


 前世と今世の私ありがとう!今までの善行の積み重ねのお陰で、私の人生は今ボーナスステージだ!


「ユリア様、そろそろ支度をしませんと」


 周りの事など気にせず、はしゃいでいるといつの間にやら傍にいたペトラが空気を読まずに話しかけてきた。


「……え、もう?」


 すん、と動きを止め、ハーディを抱え直す。

 あったかくてふわふわで可愛い。


 一瞬、意識が飛んだけどグッと戻し私は時計を見た。


 今日は婚約者が屋敷に来る、月に一度の茶会の日だ。

 この婚約者というのが、ハーディを最初ゴミだと勘違いしていた際に嫌がらせをしたのではないか?と疑った人物。幼い頃はそれなりに仲が良かったと思うが、今では嫌がらせを疑うくらいは仲が悪い。というか一方的に嫌われているという方が正しいのかもしれない。どうして嫌われたのかは正直分からないが、ここまで嫌われた今となってはどうでもいい事だ。


「ドタキャンしないかな……」

「ないですね、それは」

「でもさ、もう絶対結婚しないじゃない? 婚約破棄してやるって言ってるって聞いたわよ」

「えー、噂ですよね?」

「いやいや、聖女がわざわざ言いに来たんだって」


 私の言葉にペトラは目をこれ以上ない程広げ、口をパカーンと開いた。


 分かる、その顔をしたくなる気持ちは大いに分かる。私だって聖女に面と向かって言われた時はそうしたかった。でも淑女教育を受けた可哀想な私。そんな顔出来る筈もなく、素敵な微笑みを浮かべる事しか出来なかった。


 この国には国教がある。

 それはこの国を創り、今も尚、守護しているといるハルディトルティアス神を唯一神として崇めるものだ。そこには絶対的な権力を持つ教皇と象徴的扱いの聖女がいる。


 さて、そんな聖女だが、どうやら現在私の婚約者と愛を深めているようなのだ。だからなのか私の存在が邪魔で邪魔でしょうがないらしく、大きい事から小さい事まで嫌がらせをしてきたりする。それがとてもうざったい。


「そんな事あります? え、聖女様ですよね?あの」

「そうそう、あの我が婚約者様がお熱をあげている聖女様の事ですよ?」

「え、あのいつもほんわか笑う事しかしない聖女様が」


 私はペトラの言葉に頷いた。


「あの方、私には結構言ってくるわよ? 目が合うと鼻で笑ってくるし」

「わ、性格極悪じゃないですかー!」


 苦笑しつつ、大きな目で私をじっと見つめてくるハーディを見る。聖女を思い出し、少し苛ついていた心が落ち着いていった。


 しかし、ハーディはこれから私がいなくなると思ったのだと思う。目が合うと不安そうに瞳を揺らし、私の名前を呼んだ。


「ゆりあ、どこかいくのでしゅか?」


 ハーディは私と離れる事を嫌がる。保護して2週間程だが、どうやら私にとても懐いてくれているようだ。それを嬉しく思うと同時に、保護者が見つかった時の事を考えると少し悲しくもなる。

 天使だ天使だ言っていても、いずれは保護者が迎えにくる事を私だって本当は理解している。人間は人から生まれてくる。この眩い可愛さを産み出した存在が何処かにいるのだ。


 少し寂しい気持ちになりつつも、私はつんつんとハーディの頬をつつき、安心させるように微笑んだ。


「私はどこにも行かないけど、お客様が来るの。その時はハーディ、ペトラと一緒に遊んでて?」

「おきゃくたま? たいせつなしと?」

「大切、どうだろう」


 ハーディの質問に少し考える。

 私個人的には大切な人ではないが、婚約者と考えると大事な人だろう。


「私の未来の旦那さん。大切……大切かは分からないけど」


 そう答えるとハーディはキョトンとした顔をした。金色の瞳を丸くし「だんな」と舌ったらずな声を出す。旦那という言葉はハーディには難しかったようだ。

 その声に私は微笑み、ハーディを抱っこしたまま部屋へと戻った。そしてハーディに見られながら出迎えの支度をしたのだった。




♢♢♢♢♢




 悲しそうに俯くハーディと涙涙の別れをし、婚約者を出迎えた私は中庭でお茶を啜っていた。


 勿論一人ではない。目の前には婚約者であるこの国の第二王子ルディアリスが座っている。その顔は何故来た?と言いたくなる程に仏頂面で、いつもは美味しい銘柄の紅茶がとても不味く感じた。


「ご足労頂いて申し訳ございませんね」

「本当にな」


 私の方は一応微笑んでいる。しかし、口から出た言葉は少し棘を感じさせるものになってしまった。故意か故意じゃないかと言われたら故意である。


 ルディアリスは王族らしく所作は綺麗だ。音を立てずにカップに口つけ、茶を飲むと「ハア」と分かりやすい溜息を吐いた。


「全く何で俺がお前なんかと茶なんて飲まなきゃいけないんだ」


 更にブスッとしたルディアリスはじとりと私を睨め付ける。普通にしていれば綺麗な碧眼がよくもまあ、そんなに鋭く光るものだ。そんなに嫌だったのなら来なければ良かったのに。私から来ないで、なんて風邪をひかない限り言えないのだから。


 私は「そうですね」と肯定したい気持ちをグッと堪え、微笑むだけに留めた。何を言ったって彼は私を否定する事しかしないのだからストレスになるだけだ。


 しかし、どうやってこの茶会を早々に終わらせるべきか。こんな始まって早々険悪になる茶会などいくらやったところで仲なんて深まるわけはない。寧ろ、距離は開いていく一方だ。


 お互い何も発さず、ただお茶を飲んでいると私の視界にちまっこい生き物が駆けている姿が目に入った。

 遠目でも分かる銀髪、そしてあの2.5頭身。間違いなくハーディである。


 どうやらハーディとペトラ、その他の使用人達で追いかけっこをしているようだ。声はあまり聞こえないが、跳ねるように駆けている姿を見ているだけでハーディが楽しそうなのが伺える。


 転ぶのだけは心配だが、幼児と大人達だ、いざハーディが転びそうになっても誰かしらが支えてくれるだろう。


 遠くに見える微笑ましい光景に知らず知らずの内に自然と口角が上がる。天使が走っている姿はとても尊い。神々しささえも感じてしまう。

 目尻も下がり、天使のはしゃぐ姿を見ていると急にドンッと激しい音が響いた。

 何事かと視線を遠くから近距離に戻せば、顔を赤くしたルディアリスがこちらを見ている。

 どうやらテーブルを拳で叩いたようだ。なんて野蛮。


「今更、そんな顔したって俺はな!」


 真っ赤な顔で指を差された。激しい指の動きの意味も分からず、私は眉間に皺を寄せる。


「何の事です?」


 全く意味が分からない。突然顔を指摘されたが、いつもと同じ顔の筈だ。変顔だってきっとしていない。

 だって天使を見て変顔なんてする訳ない。するとしたら感動で涙を流すくらいだろう。

 もしかして涙が出ている?そう思い、目元に手をやるが湿り気は全くない。

 益々意味が分からず、私は眉間に皺を寄せたまま首を傾げた。


 ルディアリスはそんな私の姿を見て、更に頭に血が上ったようだ。急に立ち上がり、怒鳴るように声を張り上げた。


「今、俺に微笑んだだろうが」


 この王子は何を言っているのだろう。いつも微笑んで対応しているじゃないか。急に微笑んだと怒り出して本当に意味が分からない。


「いつも微笑んでいるじゃないですか」

「ハア? あれが? 胡散臭いアレの事言ってんのか!」

「胡散臭い? 淑女の笑みに何か問題でも?」

「淑女の笑み? あれが? 人を小馬鹿にしているの間違いだろう! そうじゃなくてさっきルルみたいに笑ったじゃないか!」


 ルルとは聖女であるルルメリア様の事だろうか。まあ、絶対そうだろう。

 数年前に聖女となったルルメリア様は元が平民だったせいか屈託のない微笑みを浮かべる。その淑女らしからぬ笑みはどうやらルディアリスだけでなく、他の男性も虜にしているらしい。


 嫌われている私からすると女の嫌なところを凝縮した笑みだなと思うのだが、男性から見ると魅力的に見えるのだから面白いものだ。


 そして私がそんな笑みを浮かべたと目の前で真っ赤になっているルディアリスは言う。そんな媚びた笑みは絶対に浮かべていない筈だ。今更媚びを売ったってしょうがないのだから。


 しかし少し考えたところで、指摘される前の事を思い出した。

 もしかしたらハーディという名の天使を見て、顔が緩んでいたかもしれない。


「ああ、後ろにいる子が微笑ましくてつい、頬が緩んでしまったみたいですね」


 そう言えば、ルディアリスは「……は?」と抜けた声を出し、後ろを向いた。遠くに人影を見つけ、首を傾げる。彼には天使の姿がよく見えないようだ。


 私は少し席から離れ、ハーディを呼んだ。すると嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねながらこちらへ駆けてくる。その後ろを大人達が慌てて追いかけてきた。


「ゆりあ、なんでしゅか?」


 少し息をきらせたハーディの頬はいつもよりほんのり赤い。その頬をそっと撫で、私はハーディの両脇に手を入れ抱き上げた。


「先日保護したハーディです」


 突然抱き上げられ、嬉しいのかほにゃほにゃの笑みを浮かべたハーディ。それだけで歓喜の悲鳴をあげそうになる。

 しかし、ハーディは私よりも冷静で賢い。目の前のルディアリスにぺこりと頭を下げた。


「はじめまちて」


 教えてもいないのにこんな事が出来るなんて。もしかしたら本当は良いところの子なのだろうか。


 しかし、頭を動かしただけでも可愛い。何となく頬がぷるんとした気がする。


「はあ……、かわいい」


 思わず漏れた心の声に反応したのはルディアリスだった。


 可愛いハーディの挨拶に返事もせず、彼はプルプルと唇を震わせ、城まで聞こえるのではなかろうかという大声を出す。


「っこの!!!」


 思わぬ大声に怯む私。

 ハーディを抱っこしたまま、少し後退した。ルディアリスは真っ赤を通り越し、赤黒くなった顔で酷い言葉を叫んだ。


「この幼児趣味が!」


 そんな酷い言葉を最後にルディアリスは芝生の上でも足音が分かる程、激しい歩き方でリーベルス伯爵家を去っていった。

 正味滞在時間、15分である。今までで最短なお茶会に暫し呆然としたが、短い事に越したことは無い。


 私は驚いただろうとハーディの頭を撫でた。


「大丈夫? 怖かったわよね?」

「だいじょうぶですよ」


 確かに震えてもいないし、元気そうだ。しかし、自分の感情を隠す事に慣れていたら大変だ。私は慰めるようにハーディの頭に頬を擦り付けた。

くすぐったそうな可愛い声に、もっと甘やかしたくなる。


「ちょっと早いけどお風呂入ろうか。かけっこして汗かいてる」


 そう言うとハーディは嬉しそうに笑い、力強く頷いた。やっぱり天使である。




♢♢♢♢♢




「ユリア・リーベルス伯爵令嬢! もう私はお前のような悪女には愛想が尽きた! よってこの婚約を破棄する! そして俺は聖女である麗しく心優しいルルメリアと婚約する!」


 場面は変わり、国王主催の舞踏会。

 いつもの事ながらエスコートが無いなと思いつつ、呆れる父と入場したのだが、父と国王が少し席を外した瞬間に婚約破棄を宣言された。

 友達のところへ行こうと気を抜いていた時だっただけに理解が出来ず、キョトンとする。しかしシンと静まり返る会場の中、視線が自分に集まった事で頭が急速に回転しだした。


 いつかはやると思った。そう、いつかはね。

 しかし、まさかこんな王宮主催の舞踏会でやらかすとは思っていなかった。


「……はあ」


 もう漏れてしまう。溜息が。

 聖女にうつつを抜かすのは良い、婚約破棄をするのも構わない。しかし、本当に何故こんな国王主催の舞踏会でやらかすのか。今日の舞踏会は他国の王族も招かれている。つまり、そんな賓客がいるのにも関わらず、ルディアリスはこんな事をやらかしたのだ。


「お前! なんだ! その声は! 馬鹿にしてるのか!」


 私が溜息を吐いたのが気に食わなかったのだろう。ルディアリスは赤い顔で喚き散らす。


 わかっているじゃないか。そう、私は今あなたを馬鹿にしている。何だってあんなに有能な兄がいるのに弟のルディアリスはこうなのか、と。


 チラリと王太子へ視線を動かすと申し訳なさそうに目を細められた。どうやらこの茶番は最初から分かっていた事らしい。というと国王と父も敢えて姿を消したのだろう。


 しかし解せない。何故うら若き私がこんな聴衆の目に晒されなければならないのかと。分かっていたなら、もっとやりようがあった筈だ。


「いや、何でこんなところで言うのだろうって考えてただけですけど」


 嘘は言っていない。はっきりと「馬鹿」とは言わずに濁した形での回答だ。しかし、元々怒っているルディアリスは私が喋ったという事実だけで更に怒りが増すようだ。

 真っ赤な顔で何やら喚き、それを腕に巻き付いた聖女が宥めている。何と言っているのかは分からないが、その聖女の声で怒りを沈めたのだろう、ルディアリスは咳払いをした。


「では、何故今此処で婚約破棄を言い渡したのか、理由を述べてやろう」

「はい」


 偉そうな態度でそうルディアリスはそう言うと、聖女へ労わるような視線を向けた。聖女はその視線に庇護欲をそそる表情をつくり、怯える目で私を見た。


「ユリア様はルディと懇意にしている私が憎かったのか酷い嫌がらせを何度もしてきたのです」


 うるうると目を潤ませ、言葉に詰まりながら言う様は事実であれば「可哀想に」と思うだろう。しかし、残念な事に私には身に覚えが無い。つまりは冤罪だ。面倒くさい事に罪を作り上げられている。


 よよよ、とルディアリスにしなだれかかった聖女にルディアリスは「大丈夫か」と声をかける。

 私はまだこれを聞かなければならないのかと王太子を見た。今度はごめんと両手を合わせられた。一体何を企んでいるのか。


「辛いだろうが、あいつが何をやったのか説明出来るか? ルル」

「はい、わたし頑張ります」


 聖女はそう言うと、ルディアリスから自立し私を指差した。


「ユリア様は私の亡き母から貰った髪留めを壊しました。こんな安物ゴミでしょう、と」

「そんな、酷い事を!」

「あと王城ですれ違う時、必ず見下した目をしてくるのです。平民の癖にとも言われました」

「あいつはよく人を見下すからな、心が傷付く気持ちはよく分かる」

「あと、私を書庫に閉じ込めました!」

「そうだ、それで震えるルルを保護したのも俺だ! 可哀想に、体も冷え切っていて」


 これを茶番と言わず、何と言う?

 一つ物を言う事に瞳を潤ませていく聖女、それを慰めるルディアリス。中々滑稽な姿だと思うのは私だけだろうか。

 口を挟んでも良いのか?と思うが、ルディアリスの合いの手が凄くてそれは難しそうだ。


 私は何気に視線をチラリと他へ動かしてみる。

 きっと皆、これが行われるのを知っていたのだろう。微妙な顔で私を見ていた。


 しかし、そんな微妙な雰囲気に包まれているとも知らない壇上の二人は何度目かの慰めの時間の後、再び断罪を始める。


「あと、あと……」


 辛そうに顔を歪める聖女。それを見て堪らなくなったのか、ルディアリスが聖女の背中を撫で、キッと私を射殺さんばかりの視線を向けた。


「先日、ルルは暴漢に襲われた。その時捉えた賊がリーベルス伯爵家の印が入った書類を持っていた」

「わたし、本当に怖くって」


 震える聖女を抱き寄せるルディアリス。これが本当であればどんなに美談だろう。


 私は掲げられたその書類を見やり、溜息を漏らす。

 この距離からも分かる。


 綴りが違う。


 私は王太子を見た。まだ駄目だと首を振る。ではいつになれば良いのか。


 私の溜息をどう判断したのか、ルディアリスは鼻で笑うと片手を上げた。


「お前には罪を償って貰う」


 そう言うと騎士達が部屋へ雪崩れ込んで来る。これには流石の私も驚いたし、王太子の「待て」はどういう意味だったのかと混乱をする。


 そんな私の顔を見て、ルディアリスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「罪人を牢へ連れて行け!」

「承知しました」


 もう混乱の極みである。意味が分からない。こんな茶番で牢に入れられるなど本当に意味が分からない。


 誰だってあの書類を見れば冤罪だと分かる筈だ。どう見ても綴りが違うのだから。


 王太子の様子を見たくても騎士に阻まれ見る事が出来ない。こんな事であれば、口を挟み暴言を吐くべきだった。


 壇上から嬉しそうな声が二つ聞こえてくる。チラリと見れば聖女と目が合う。にやりとした嫌な笑みにやっぱり女に嫌われる女だな、と思った。


 騎士が同行を求めるように私の腕を掴もうとする。もう何も信じられない私は求められるがまま、足を動かそうとした。


 その時である。


 会場にある一つの銅像が、突然光出した。ただでさえ眩い会場であるのにそれでもまだ眩しく感じるのだからよっぽどである。

 その銅像はこの国を創造したと言われるハルディトルティアス神の銅像だ。それが内側から光が漏れるように輝いていた。


「え、まぶし」


 私は連れていかれそうになっていた事も忘れ、目を閉じる。それでも感じる光に瞼を手で覆った。


 他の人もそうなのだろう。眩しい、眩しいと声があちらこちらから聞こえてくる。


 段々と緩やかになる光を感じ、私は目を覆っていた手を退かし銅像を見た。


「ん?」


 その不思議な光景に私は目を見開く。

 銅像から小さな手がにゅっと出てきたのである。それは最近見ている天使と同じくらいの手だった。その手は「よいちょ」という声と共にひょっこりと銅像から顔を出した。


 現れたのは天使だった。銀色のサラサラな髪に、金色の瞳、小さなお手手に短いあんよ、見事な2.5頭身に悲鳴が漏れそうになる。

 しかしその天使には既視感があった。それはそうだろう、その天使は数時間前に別れた我が家の天使そのものだったのだから。


「ハーディ!」


 私はバッと駆け寄り、ハーディを抱き締める。


「どうしたの? 寂しかった? 大丈夫、もう帰るからね」


 さっきの現れ方は幻だったのだろう。そう思う事にして私はハーディにそう話し掛ける。ハーディはふにゃりと微笑んだ後、抱き抱えようとする私の手からするりと逃げ、短い足で壇上近くまで歩いて行った。


「ハーディ……?」


 名を呼ぶと微笑んでくれる。しかし、いつもと違う雰囲気に少し戸惑ってしまう。


 そして私は気付いてしまった。ハーディが一歩歩く事に成長していく事に。


 段々と大きくなる歩幅、それは壇上の下へ着いた時にはもう幼児とは呼べぬ大きさになっていた。

 いくつくらいだろう?恐らくは10歳前後だと思う。

 肩口で揃えられた銀髪に、白くすらりとした足、そして会場へよく通る涼やかなソプラノボイス。


「愚かですね」


 しかし、その言葉は決して涼やかでは無い。刺すような言葉だった。


 自身を侮辱する言葉に、今の今まで言葉を失っていたルディアリスはハッと息を吹き返したように叫んだ。


「誰だ! お前!」


 ルディアリスの腕に巻きついている聖女もその声に悲しそうに眉を下げる。


「酷いです、どうしてそんな事をいうのですか」


 しまいには何故かほろほろと泣き出した聖女にルディアリスは自身の胸に聖女を隠した。


「ああ、本当に愚かですね。何故そう言われているのかも分からないのですか」


 ハーディ、で良いのだろうか。10歳くらいのハーディは可哀想なものを見る目でそう言うと、チラリと私を見た。そしてふわりと微笑む。成長しても変わらない人外な可愛さにキュンとしてしまう。


 そんな、にやける私の顔を見て、ハーディはいつの間にやら手にしていた身の丈ほどの杖でトンと床を叩く。ただそれだけの行為だったのだが、場の空気が一変し壇上の二人がびくりと肩を揺らした。


「神は全てを見ていると言いますが、」


 何の拡張器も使っていない。しかしその声は会場全体へよく響き、皆の呼吸さえも奪ってしまう程の息苦しさを与える。そういう私もそうだ、おまけに瞬きも出来やしない。

 にっこりと微笑んだハーディは弧を描いた口元のまま、ゆっくりと言葉を続けた。


「残念ながらそれは真実です」


 その言葉の後、ハーディは大きく腕を振り上げると杖の先を床へ大きく打ち付ける。先程よりも重い音は胸に響き、足が床にめり込むような感じがした。


 ハーディの肩口で揃えられた髪が風もないのに揺れる。キラキラと輝く銀髪は光を纏ったように美しい。


「ハー、ディ……?」


 理解が追いつかない。一体ハーディは何を言い、何をしているのだろう。


 名を呼べばハーディはにこりと微笑み掛けてくれる。しかし、今はそれよりも説明が欲しい。


 何だか気付きたくなかった事に気付いてしまった様な気がするから。


 床についた杖の先から光の粒が溢れ出す。それは会場中に広がり、幕のようなものを作った。まるで夢のような光景だったが、そこに映し出される映像は夢とは真逆で生々しいものだった。


 聖女ルルメリアが自分で自分のものを壊し、それを涙ながらにルディアリスに訴える姿。

 王城で私に足を掛け、転ばせ嘲笑する姿。嫌味も当然言っている。

 自分で書庫に入り、涙ながらにルディアリスに助けられている姿も映し出されていた。


 次に何が映し出されるのか分かったのだろう。聖女は発狂にも似た声を出しながら会場中に映る映像を消そうと飛び跳ねる。


「違う! 私じゃない! これは嘘よ! あの女が作ったの!」


 髪を振り乱し、それを言う姿は「微笑んでいる」姿が常の聖女とは思えぬ恐ろしさだった。違う、違う!と叫ぶ姿はもう聖女の幻想を消すには十分に違いない。

 周りの人間は引き攣った顔で聖女を見た。ただ一人引き攣らせていなかったのは先程まで聖女の隣にいたルディアリスだ。


 彼は引き攣った顔ではなく、顔面蒼白で映像を見ていた。


『この金で私を襲うふりしてくれる? それで捕まったらこの紙出して。大丈夫うまくいくわよ、だって王子馬鹿だもの』


 キャハハと笑う聖女の姿。金貨が入った大きな袋、そしてガラの悪そうな男達。


 場面は変わり、襲われている聖女を助けるルディアリスの姿が映し出される。本気で心配そうにしているルディアリスは震える聖女を抱き締め、何度も大丈夫だと伝えていた。

 ああ、こういう面もあったんだなと私はぼんやりとそれを見る。恋愛感情なんて皆無だったので、これを見ても何も思わない。「へー」くらいなものである。


 しかし、次に映った映像にはさすがの私も赤面した。そしてルディアリスへ同情の視線を向ける。


 映ったのはルディアリスと聖女がキスをしている場面。暴漢に襲われた後だというのに聖女がキスを強請り、ルディアリスが赤い顔でキスをしたところだった。


「うわあ……」


 思わず漏れた声だったが、皆が騒ついたので決して誰にもバレてはいないだろう。

 映像はまさかのキスで締め括られ、ふっと光の粒が落ちて消えた。


 冤罪だと大半の人間が分かっていたので、それ程の混乱は無い。しかし、聖女の幻想を打ち砕かれた男達は何処か虚ろな視線を聖女へ向けていた。


 聖女はというと、自身のキスシーンが流れるよりも前にへたり込み、譫言のように「違う、違う」と言っていた。その脇には騎士が立っている。恐らく牢へ連れていかれるのだろう、私ではなく聖女が。


 壇上のルディアリスはそんな聖女を助ける事もせず、映像が映し出されていた、もう何もない空間を見ていた。

 まあ、ショックだったのだろうな。聖女を心の底から信じていそうではあったから。


 ハーディは手にしている杖で床をトントンと2回叩く。その音にルディアリスはハッと意識を戻し、ハーディを睨め付けた。


「お前は何なんだよ! 何で、何でこんなものを見せるんだ! 俺を馬鹿にしてるのか!」


 ハーディは激昂しているルディアリスとは対照的に涼やかな様子で彼を見ていた。そのシン……とした表情は人形のようだ。瞬きはしているが、整いすぎていて動いているのが不思議になるレベル。


 そうしているとあまりにも反応がないからなのか、ルディアリスが真っ赤な顔をしながら壇上から降りてきた。

 まさか殴る気だろうか。


「ハーディ!」


 私は名前を呼び、ハーディまで駆け寄る。

 私とハーディの距離はそんなに離れていない。すぐに隣へ辿り着き、予想した通り拳を振りかぶってきたルディアリスから守るようにハーディの前に立ち塞がった。両手を広げ、キッと睨み付ける。

 その動作に更に激怒したのか、ルディアリスは一瞬戸惑いから止めていた拳を再度動かした。


「この!」


 流石に襲ってくる拳を見続けるのは怖くて出来ない。私はギュッと瞼を閉じた。


 しかし、あんなに近くに来ていた拳は待てども待てども襲ってこない。そろりそろりと瞼を上げれば、そこには私の頭上を見て、腰を抜かしているルディアリスがいた。


「……ん?」


 一体そこに何があるのか。

 ルディアリスの視線を辿り、振り向く。いるのはハーディだと分かってはいたのだが、そのハーディの後ろに何かいるのかなと思ったからだ。

 だが、予想外に視界へ入ってきたのは白い服。真っ白な上等な生地に、繊細な刺繍。ビーズらしきものも縫い付けられている服だった。


服?


 私は首を傾げ、一歩下がる。下がれば全貌が見られると思ったからだ。しかし、それはその服を着た人間によって阻止される。


「ひゃっ!」


 私はいとも簡単に抱き上げられ、横抱きにされた。それだけでも驚いたのに覗かれた顔に声を失う程驚いてしまう。


 美形だったのだ。それはもう、驚く程、見た事が無いくらいの美形。

 銀色の癖のない髪がカーテンのように私に掛かる。視界いっぱいの美形に息が出来ない。あまりの神々しさに目を閉じたくなる。しかし、それは駄目だというように名を呼ばれた。


「ユリア」


 聞きやすい優しい声が鼓膜を揺らす。視界いっぱいの美形、そう美形。彫像のように整った顔、金色の輝く瞳。

 私はそこまで考え、下を覗く。


 ハーディがいない。見える範囲で視線を彷徨わせてみるが、何処にも見えない。


 私はバクバクと轟音を鳴らす胸そのままに自分を抱える人を見た。

 銀髪を持ち、これまた珍しい金色の瞳を持つ男。自分を見る目のなんと優しい事。しかし、この眼差しにほにゃほにゃな天使の顔が重なった。


 まさかまさかと思うが、色んなものが符合していき体が震え出す。


「ハーディ……?」

「何ですか? ユリア」


 そこからは怒涛の展開だった。

 いつの間にやら戻ってきた国王がルディアリスを騎士に捕えさせ、ルディアリスの廃嫡を宣言。それに伴い、私とルディアリスの婚約は破棄ではなく白紙となった。

 ずっと待てをしていた王太子は青褪める教会の人を私の前に連れて来ると揚々とした声でこう言ったのだ。


「我が国の創造主ハルディトルティアス神である」


 その声を最後に私は気を失った。俗に言うキャパオーバーである。

 ブラックアウトする視界が最後に映したのはやはり神々しいまでの美しさを放つ銀髪の麗人だった。




♢♢♢♢♢



「どうしてこうなったのかしら」


 私は自分の部屋よりも遥かに豪華な部屋に居た。

 私の何度目かのぼやきに私のクッションと化している麗人は「ん?」と短く声を出す。金色の瞳でじっと見られ、私は深い溜息を吐いた。


「どうしてこんな事に……」


 もう最近はそんな言葉しか出てこない。銀髪の麗人は楽しそうに私の口にマスカットを押し付ける。


「食べると良いですよ。美味しいものを食べると幸せになれるそうですから」

「……私がハーディに言ってた言葉ね」


 銀髪の金色の瞳を持つ男、ハーディもとい創造主ハルディトルティアス神はぷにぷにと私が口を開くまでマスカットを押し付け続ける。ちらりとハーディを見て、諦めたように口を開けばポンと口の中にマスカットが入る。

 一口噛めば甘い甘い果汁が口の中に広がった。


「普通に美味しい」


 私は乗せられたハーディの膝の上でそう呟く。不服だがとても美味しい。しかし、食べるならハーディの膝の上ではなく普通に食べたかった。


「幸せになりましたか?」


 もぐもぐと咀嚼している私を見て嬉しそうにハーディは微笑んだ。それを見て、私は乾いた笑い声を出し頷く。


「そうね、幸せだと思うわ」


 遠い目をした私を見ても、ハーディは嬉しそうにする。私の返事に満足したハーディは私の頭に頬擦りをしてきた。


「ユリア、ずっと一緒にいましょうね」


 その声は蕩けるように甘く、鼓膜を優しく揺らす。だがその中に怖さを感じるのは彼が神だからなのだろう。



 あれから私は教会で過ごしている。そしてルルメリア様の後任として聖女の職に就いていたりする。

 何故こうなったのか、主な理由は二つ。

 一つ、ルルメリア様が今回の件で投獄、結果聖女の任を解かれたから。

 二つ、ハルディトルティアス神、そうハーディが私を離さないから。


 特に二つ目の理由が大きいとは思う。そもそも父はほぼ最初からハーディを神だと見抜いていたらしい。金色の瞳は神にしか無い色だからだとか。

 確かに常識として知っていたが、いざ現れるとそんな人もいるんだな、珍しいとしか思わなかった私。中々の間抜けである。これじゃあルディアリスの事を言えやしない。


 今回の件もハーディが懐いている私が理不尽な目に遭えば、本来の姿を表すかもしれないと行われた事らしい。敢えてルディアリスと前聖女を泳がせたとか、国王も自分の子供に容赦がないものだ。


 では、いざ姿を表さなければどうしていたのか。その疑問を王太子にぶつけたところ、連れていかれる途中で国王が現れ、断罪する事になっていたらしい。

 いずれにせよ、ルディアリスは廃嫡予定だったと聞いて気の毒になってしまった。彼は一生出られない離宮で今後どのように過ごしていくのだろう。あの卑屈な性格が更に悪化しないよう祈る事しか私には出来ない。


 しかし、何故ハーディはあそこに倒れていたのだろう。しかも幼児の姿で。一度聞いてみたのだが、はぐらかされてしまった。いずれ話してくれる日が来ると良いのだけど。


「何を考えているのですか?」


 すりすりと頭を頬擦りされ続けていたが、あまり反応のない私にハーディの動きがぴたりと止まる。私は金色の瞳に映る自分の姿を見て、ふっと笑った。


「ハーディの事だよ」


 そう言うと幼児だった時のようにふにゃりとハーディは笑った。ふにゃりと笑ったハーディは少し幼い。でも大きさは変わらないのできっと笑うと幼く見えるだけだろう。


 私は顔にかかる綺麗な銀髪をさらりと触り、白く形の良い耳に掛けてあげる。するとその手がそっと囚われた。


「私のユリア。愛してます」


 甘い言葉に手に落とされるキス。その行為に私は顔を真っ赤にして固まった。


 神の愛はきっとこの世で一番重いものに違いない。


 しかし、他ならぬハーディの愛であればきっと耐えられるし、信じられる気がする。


 私は赤い顔のまま、頬を綻ばせた。




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