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シャドウダンス4空飛ぶ怪異  作者: 六青ゆーせー
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98奥の部屋

川上は、音と匂いを頼りに、薄暗い水族館の中を進んで行く。


なんだ…?


時々、変なものが見える気がするのだが…?


聴力や嗅覚は飛躍的に向上する川上の影能力だが、視力は暗闇の中でも目が見えるようになる程度だ。


充分に凄いとも言えたが、日常、それほど便利なイメージは無い。

夜中にトイレに行くときぐらいにしか、利点を感じない…。


今も、時折、目の端に、何か白いものがフワリと横切る感じはあるが、追おうとすると闇に消えてしまう。


無論、川上に見えないものが一般人に見えるはずもなく、人々は水槽に夢中だ。


賑やかに楽しい水族館だが、川上の鼻は恐怖や苦痛の臭いを微かに捉えている。


今、川上は、その臭いを辿って水族館を歩いていた。


上の階か…。


水族館は2階建てになっており、臭いは上から漏れてくる様子だ。


ちら、と再び目の隅に白いものが一瞬過る。


川上自身は暗所視力の向上しか気づいていないが、獣化した川上の目の動体視力は猫並みに鋭くなっている。


事実、川上以外に白いものを見た人間はいなかった。

人間の倍以上の動体視力が、川上には備わっていたのだ。


この白いのが、恐怖の臭いに直結してるのは間違いないな…。


それは確信するが、同時に不安もつのる。


白いものが敵の何かなのは間違いないのだが、それを川上は目視できないでいる。


打撃中心の川上に、見えない敵を倒す術は無い。


見えない敵を、どう殴れって言うんだよ…。


煩悶しながら、川上はオットセイの広いプールの横にあるスロープを、ゆっくりと登った。


登り切るとカフェがあり、小さな魚の陳列が列を作った開けたスペースだ。


相変わらずの恐れと苦痛の臭いが漂っているが、それは奥の部屋の方から漂っているらしい。


川上の足は、止まった。


下で感じたより、ずっと多くの人々の、苦痛の臭いだった。


死んではいない…。


たぶん…。


だが、そうならば敵は大量の人質を奥の部屋に集めている事になる。


川上は唸った。


人質を盾にしている敵が、素直に川上と殴り合うだろうか?


バトル漫画なら、ありうるが現実には下手に川上の存在が知られただけでも、人質の命が危ない…。


どうする…。


経験豊富な影繰りでも難しい局面だ。


とりあえず、なんとか川上の存在を悟られずに、敵がどんな奴か、人質はどうなっているのか、だけでも知りたかった。


臭いや音では、それらは知り得ない…、


しばらく悩んだ川上だが、意を決し、ウサギを一匹、外に出した。


ゆっくり、無音で奥の部屋に近づき、中を覗く。


川上は、脂汗を流しながら、ウサギを操った。






ユリの背後で、あらゆる花が揺れている。


ベルベットのような赤いバラ。


清楚な大輪の白ゆり。


眩しい黄色の菊の草花。


紫の、妖しい美しさの、ウツボカズラに似た大きな花。


ユリは、顔を窓から外に向け、肩に乗せた虫の目を使い、背後を観察している。


敵との距離は20メートル。

敵は、移動してはいない。


ユリの虫が敵の背中に付いているから、おおよその位置は判るのだが、花が邪魔で姿は見えない。


どんな能力で観光客を殺しているのかも、まだ判らない。


ただ、いくらなんでも花が多い、とは初めから思っていた。

そもそもスカイツリーの展望台なのだ。


風景を見るための場所だ。


花を飾る必要は、あまりない。


山などの自然を楽しむ場所なら、風景だけでなく花や虫など、風や匂いも含めて空と大地を楽しむのだろうが、生まれてすぐに戦争に巻き込まれ、ストリートチルドレンとして生き、Aの手で人工影繰りになったユリは、自然など判らない。


良治やバタフライの話を聞くだけだ。


ただ、隅田川の川の匂いは好きだった。


川には、いつも風が吹いている。


風が、匂いを運んでくる。


隅田川の匂いは、少し潮臭いのだ、とバタフライが教えてくれた。


潮臭い、とは海の匂い、ということだ。


隅田川は川と海の混じり合う汽水域だから、少し潮臭い。


釣りをすれば、海の魚も釣れる。


匂い…、か…。


辺り一面に様々な花の咲き乱れた展望台は、複雑な花の香りに満ちていた。


豪華な薔薇の匂い、強いユリの香り。

少しツンとする菊の匂い。


ユリは鼻腔を探った。


ユリが横に跳ぶのと、天井から垂れ下がったウツボカズラのオバケのような紫の花から、何かが打ち出されるのが同時だった。


カツン、と展望台のガラスに当たり、それは床に落ちた。


トゲ…?


それは、小指の先程もある、太く、鋭い、紫色のトゲだった。


ウツボカズラの、落ちた虫の蓋をするような上向きの花弁が不意に開き、それを発射したのだ。


これが、観光客を殺した凶器なのか…?


太く、硬そうだが、銃で撃つほどの威力は無い。


せいぜい吹き矢程度のものだ。


そう考えると、毒、かもしれないが、だとすると殺された死骸はどこに行ったのだろう?


人体を溶かすような毒なのだろうか?


そして…。


植物に、僕の虫は通用するのか?


しかし、攻撃された以上、逃げなければならなかった。


そんなに射程がありそうには見えないが、影能力では断言は難しい。


ユリは紫色のウツボカズラから距離を取るように通路の奥に走った。


が、通路の先には茂みのようにホウセンカが咲き乱れていた。


ユリは、わざと茂みの中に、頭から突っ込んだ。

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