96音がない
蹴った感じでは確かな重さがあるが、動きは数センチの昆虫程に敏捷だ。
手強い…。
一瞬でサソリは誠を振り返ると、尾の毒針を頭上から落としてきた。
透過と、薄く体を床から反発させ浮かせる、というトリックで、誠はなんとか毒針を逃れた。
影の手でサソリを攻撃するが、その体は影の手の刃も跳ね返す。
敏捷すぎる未来の戦車のようだ。
落とすにも、ここは地上450メートルだった。
地下階がないはずもなく、実際押上駅も地下深くに通っているはずであり、また、これだけの高層建築は地震用のダンパーや様々な設備も、土台と共にあるはずなので、落とすとしたら1キロ近く落とさねばならないだろう。
流石に誠も、自分に可能かどうか判らない。
空に逃げれば追っては来ないだろうが、それではユリや川上、小百合がこの化け物と出会う事になる。
なんとか誠がこれを仕留めるしかなかった。
誠は少年の体を攻撃したが、少年は、その体からサソリを生み出している。
巨大サソリ同様の頑強さだった。
誠は、背後に飛んで距離を取った。
背後から誠を、小サソリが襲ったが、これは偽警官に防がれた。
が、巨大サソリは体重が無いように素早く誠に迫る。
誠は、サソリを落とした。
正確には、片足だけを落とし、透過を停止させた。
床材が、流石に頑強な大サソリの足を切断する。
やったか?
と、思ったが、少年はニヤリと微笑み、
切れた足に小サソリが群がって、新たな足となった。
どうも、切断では、この少年は倒せなさそうだ。
なら、逆はどうだ?
誠は、近くのサソリを、影の手で取ると、少年の体内に透過し、押し入れた。
一瞬、少年は苦しそうな顔をしたが、
「なかなか不愉快な事をする…」
と、余裕の笑顔を見せた。
(誠!
今のが一番手応えがあったぜ!)
聡太が囁く。
と、なると…。
周りを見回すと、館内放送用のスピーカーが天井にあった。
それをサソリの体内に突っ込んだ。
硬いサソリの殻が、バリンと割れた。
が、すぐに素麺のような繊維が傷口に溢れ、修復する。
一連の戦いで効果があった方法を誠は続けた。
死者の荷物や、靴、ハンドバッグ、帽子、あらゆるものをサソリの体にこじ入れる。
少年は苦痛を顔に表し、大サソリの動きも鈍った。
とにかく影の手を四方に伸ばして、死者の荷物をサソリの体内に投入した。
と…。
大量に入れた中の何が効果を発揮したのかは判らなかったが、少年が苦痛にもがいた。
顔色が青くなり、やがて紫に充血してくる。
大サソリも身をよじった。
少年は吐血し、サソリの体と共に、グシャリと潰れるように丸まった。
(おいおい、誰か毒でも持ってたのか?)
田辺が聞くが、あらゆるものを放り込んでいたので、誰にも、何が少年を殺したのか判らなかった。
(まー、ほら洗剤なんかでも混ぜるな危険、みたいなの、あるじゃん?)
横山が苦し紛れに、何かが組み合わさったのではないか、と仮説を述べた。
(薬なんかでも、結構劇薬、とかあるわよね)
とキャバ嬢アサミ。
確かに、病院帰り、みたいな人が、数ヶ月分の薬をバックに入れていたら、かなり危ないかもしれない。
原因は不明ながら、誠はなんとかサソリ少年を倒し、それと共に回廊のサソリは全て消え失せた。
え、隆也がやられたのか!
カフェで優雅に緑に染まったスカイツリーをみていた白井は驚愕した。
スカイツリーの天辺、いわばラスボスのつもりで配置したメンバーだ。
だが、種を植えるにはいい機会でもあった。
白井は、カフェからテレポートして展望回廊に飛んだ。
あいつか…!
小田桐誠が、隆也の死体を調べていた。
が、死を確認すると、床から落ちるように消えた。
飛べる上に、床抜けも出来るのか!
白井は驚いたが、今は消えてくれて助かった。
白井は、不意さえ打てれば、どんなに強い影繰りでも体を奪える自信はあったが、しかし素の戦闘力が高いわけではない。
あの隆也を倒すほどの影繰りとまともにやり合うのは無料だった。
それより今は隆也にホレポレの実を植えつけ、最強の戦士とするのが先だ。
隆也のためにはスカイウォーカーの実を用意していた。
どんな化学反応が起こるか、楽しみだった。
小百合は入口からスカイツリーに入った。
スカイツリーを草が覆っているのは、まだ一部の人間しか気がついていなかったが、警備員らしい数名が点検にまわっていた。
観光客は、ソラマチを楽しむのに夢中のようだ。
怪獣映画なら、皆、外に逃げようとパニックになるところだが、ソラマチは観光地らしい日常が、まだ続いていた。
エスカレーターもエレベーターも動いていたが、エレベーターは止まったら動きが取れないのでエスカレーターへ乗った。
階段を探すのも面倒だし、導線的にエスカレーターならスカイツリーに直結するはずだ。
どこかで、敵が何かをするのは判っていたが、どこかは判らない。
ソラマチは街とつながった、端的に言えばショピングモールだが、水族館やツリーは、ある意味、大きな密室と言えなくもない。
防犯カメラぐらいはあるのだろうが、そのくらい敵も分かっているだろう。
小百合は数本の髪を伸ばして上階を探った。
どの階も観光客で溢れている。
異常は無さそうね…。
と、思った小百合だが…。
二階に上がり、周囲を見回す。
カップル、親子連れ、男同士…、様々な人間が歩いているが…。
顔は笑顔だ。
が、話し声が全くない。
音が聞こえない類の影なのか、とも思ったが、よく見ると全ての人間が、何も言葉を発していなかった。
ただコンピュータの作った映像のように、笑顔で歩いているだけだ。
芸の細かいことに、時折立ち止まって商品を見たり、互いを見つめたり。
どこかを指さしたりはしている。
だが、何の声も無かった。