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シャドウダンス4空飛ぶ怪異  作者: 六青ゆーせー
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88亀の池

誠は石のように固まり、攻撃に備えた。


いち…にぃ…さん…。


心の中で秒を数える。


ん、攻撃が来ない?


恐る恐る薄目を開けた誠だが、川上は腰の入ったパンチを撃ち込んでいた。


が、打った自分の拳を見つめ…。


「まるで、動かないサンドバッグに打ってるようっすね…」


なんと、早速、本能の硬さ、が発動したらしい。


これが影のオーラか!


だが、目を瞑っていたため、何がどうなったのか判らなかった。


「よ…、よし…。

今度は打ち合ってみるよ…」


誠と川上はリングの上で相対した。


「行くぞ!」


誠の号令で始まった戦いだったが…。


瞬間、川上の蹴りが誠の下腹部に入り、一撃で誠は昏倒した。


「…え…、何故…」


涙が痛くて止まらない。


「あー、つまりあれだな」


偽警官が教えた。


「お前が戦う気になったら、本能の硬さ、は出ないんだ。

オーラを纏うつもりなら、まー何年越しかで、川上君ぐらいの体になるまで頑張るしかないな」


誠は泣きながら担架で医務室に運ばれたのだった。





こう考えてみると、学生連合の薬が欲しい気持ちが、誠にも切実に判った。


あまりにもみっともない敗戦だった。


僕って透過できないと、こんなに弱いんだ…。


「ってか、透過すりゃあいいじゃねーか」


呆れて裕次が諭す。


「いやいや、お前、誠が判ってないなぁ」


颯太は得意気に解説した。


「こいつ、ヘタレな癖に、最強影繰りみたいに言われちゃってるから、殴られて泣くとか、人に見られたくなかったんだよ」


自分だって、輪をかけてヘタレだった癖に…。


と、誠は恨みがましく颯太に腹を立てたが、本質はまさにそれだった。


本当は弱いのが露見したくなかったのだが、あっさりバレてしまった。


そこに、反省顔の川上が入ってきた。


「ごめんな、誠っち。

やりすぎちまった」


すごく気恥ずかしかったが、


「いや、僕が甘かったんだ…」


ボソリと返答する。


「んー、言いにくいんだが、誠っち。

少し、打たれるトレーニングもした方がいいんじゃないか?」


例えば誠が一発KOを食らったボディとかなら、砂を詰めたボールを落とす、など、打たれやすさを補うトレーニングは存在した。


今まで誠は、透過を前提として、そうしたことは回避してきたのだ。


「ダメよ」


不意に病室に小百合が入ってきた。


「えー、小百合さん、見てたの!」


女子に見られてしまうなんて、とんでもなくショックだ!


「いいべ!

あんたは真子でもあるんだから、真子になったときの事も考えないとダメだべ!

こんな川上みたいな筋肉ダルマになったら、真子が困るべ!」


なぜか小百合は真子を溺愛しているのだ。


「えーと、あまり鍛えてはいけないと?」


誠は弱々しく、小百合に聞いた。


「レディぐらいの体格をキープするのがベストだべ!」


それは、誠が最も望まない姿だった。


(と、言うか誠っちゃんには俺がいるから、絶対泣かせたりしないけどな)


と偽警官。


(まー確かに影の体が二十体もいるんだから、全自動で守られているでしょ)


真子も言った。







ユリは亀戸天満宮が好きだった。


亀が沢山いるのがいい。


こういう小動物が市民に愛され、のんびりと暮らしているのを見ると、平和なのだ、と実感できる。


ユリはいつものように神社で亀の餌を買い、広い池に投げて、亀がのんびりと集まるのを眺めていた。


学校ではキエフから来た、と言っても、日本ではウクライナの戦争や、その後の貧困は誰も知らなかった。

ユリもわざわざ、自分がストリートチルドレンだった、など言わない。


確かに、日本のテレビを見ると、ウクライナはユリが路上で死にかけていた頃よりはずっと復興し、美しい都市に戻りつつある。


ユリは、あの灰色の瓦礫の中から来たのだ、とは日本の仲間には語らない。

いや、語れない、と言った方がいいのかもしれない。


心に、あの死の街の姿は未だ消えないのに、見えない氷の壁があって、その壁には鍵穴一つない。


日本が別世界であればあるほど、壁は厚く、廃墟は氷の中に閉ざされるようだ。


多分、あの氷の壁の向こう側にもユリはいて、日本のユリを凍える視線で見つめている気がする。


その自分の視線に気づきながら、ユリは毎日を暮らしていた。


亀はいい。


ユリは思う。


犬とか猫は、感情が伝わってしまう。


亀は、ユリの中の凍ったキエフを知ることもなく、日溜まりで欠伸をする。


だからユリも、少しづつ癒されていく。


柵に寄りかかって亀を眺めるユリの横を、若い男が歩いていった。


奥の木の下で、同年代の男子学生が二人、歩み寄る若い男を見上げた。


「待ったぜ!

薬をくれよ」


「あーら坊やたち、その事は喋っちゃダメよ」


少し前まで、ユリは男言葉とか女言葉とかが判らなかったが、最近は女子とよく話すため、判るようになっている。


男なのに、女言葉?


ユリは、虫の目で、見ることが出来る。

肩に1匹虫を出して、背後を見る。


白い錠剤が、学生に渡された。


これは…。


ユリは、ストリートチルドレン時代、麻薬の運び屋もやったので、それが麻薬ではあり得ない事は一目で判った。


天然の精製麻薬は粉末だし、合成麻薬は、工場で作られる、錠剤なのだ。


目の前でやり取りされたのは、手製らしいお菓子のような手作り感の溢れたものだった。


電話は疑われる…。


だが売人を追うのか、学生を追うのか?


亀の池の前で迷ったユリだが、売人は確かテレポート能力者と聞いていた。


ユリは学生を追跡することにした。

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