85死体の花
「ほら、そうではないですよ」
明るい声と共に、福は盛大に投げ飛ばされた。
内調には急に新しいメンバーが増えたため、上層部もコーチを手配しているのだが、影繰り自体が少ないため、なかなか思うようには人が来ない。
そのため、同じ中二でも大人に混じっても遜色無い実力の猫が、福を一時的に指導するようになっていた。
福も受け身は覚えたためスルリと床を回ると、立ち上がった。
「猫ちゃん、その投げるやつ、教えてよ」
同級生のため、福も猫には気安い。
「基礎からです。
袖を持たれるから投げられる。
袖は、こう弾きます」
自分の手で、弾き方を教える。
「やってみてください」
「よーし!」
猫が伸ばした手を、福は習ったようにパチンと、捻るように弾く、が、その弾いた腕は、ずい、と猫の体と共に前進し、福の柔道着の襟を掴んだ。
「あっ!」
慌てる福は、次の瞬間には猫の腰に乗り、縦に落とされた。
「ひどいよ、猫ちゃん…」
「文句は言わない。
あと、投げられる瞬間に叫んだら、舌噛みますよ!」
厳しく福を教えながらも、
「福くんは体も強いし、頑丈だし、筋も良いです。
頑張れば、すぐに色帯ぐらいにはなりますよ」
褒めることも忘れない。
福は単純に喜び、練習に打ち込んだ。
亜人の不足は、新しい薬の売買で補わなければならない。
そのためには、人を絞って勧誘していたアプリを、多くの人間に渡さなければならなかった。
幸い、学生連合は元々、ミッションをクリアするとポイントが手に入るシステムだったので、新人の勧誘がミッションに加わった。
それはもちろん、白井ではなく、マフィアの仕事なのだが、白井は白井で薬を撒かなくてはならなかった。
ツカサのマンションは、今やちょっとした植物園になっていた。
元々通いのお手伝いもマフィアなので、学生連合の撒く漢方植物の手入れをしてくれている。
問題は…。
この植物は、人間の死体に植えないと育たず、影繰りの死体でなければ影の力が生まれない、という点にあった。
幸い、死体はAからかなりの量、購入していた。
ただし、もしマンションに立ち入られでもしたらエラいことになる。
なにしろ草の生えた死体が、何段にもなって培養液に漬かって横たわっているのだ。
白井は、だから電気を点けずに、懐中電灯で果実を探していた。
一方、渡辺龍の親友でもある長安は、相変わらず張り込んでいた。
「…光…」
望遠カメラのレンズに、一瞬、光が見えた。
居留守を使っているのか?
しかし、あのマンションは、正面と駐車場の出口以外には外に出るルートは無いはず…。
だが、火災の場合は窓から庭に降り、内側からしか開かないフェンスの鍵を開ければ、横には出られる。
管理人を抱き込んでいれば、鍵を開けて、避難梯子を登ることも可能か…。
長安は、あくまで雑誌に載せられる記事を書くのが目的なので、犯罪をおかすつもりは無かったが…。
そんなとき力を貸してくれる友人は持っていた。
「へ、忍び込むのか?」
渡辺龍は眠い目を擦りながらハイエースの運転席で唸った。
ツカサは、避難通路から家に出入りしているのだ、と長安は確信したらしかった。
渡辺には張るだけでも良い、と言ってはいたが、中に入ったら数ヶ月遊べるボーナスも約束した。
まあ、内調もやってるから、前ほど金には釣られないのだが…。
しかし、マンション内に光を見た、秘密裏に出入りしている、と言うのなら、ツカサこと白井は、マンションになにか用があるのは確実だろう。
社会的にツカサを擬装するための仮の家屋かと思ったが、こうなると、なにか、は内調的にもとても興味深い。
「ま、遣るだけやってみるけどもよ、犯罪だからなぁ。
それなりにこっちの身にもなってくれよ」
言いながらも、軽いイビキをかいているアイチの足を手で叩いていた。
ツカサが、YouTubeを始めた。
新曲をギター片手に歌ったり、旨いカップ麺のチョイ足しメニューとか、他愛の無い内容だったが、知名度もあり、すぐにバカにならない視聴数を稼ぐことになった。
スマホでYouTubeを見たときにだけ、特定の条件で学生連合のアプリへ誘導する広告が、浮かび上がった。
しかし僕は、何で影のオーラがまとえないんだ?
誠は、トイレで頑張っている瞬間、不意に怒りがこみ上げてきた。
毎日トレーニングは欠かしていないし、腕立て伏せや腹筋も鍛えている。
アクトレス教官にボロボロになるほど鍛えられてもいるし、日は確かに川上君とかよりは浅いものの、相当な訓練は積んでいるはずだ。
今はゴンゲンの修行も、今、この瞬間にも続けていた。
現に、今の情けない状態の下半身を見ても、太股だってずいぶん太くなっているし、脛には盛り上がった筋肉が見えている。
腕も、川上よりは細いのは確かだが、それは体格的に細いタイプだからで、元々川上は筋肉質のガッチリ型なのだと思う。
なのに、他の人のように近接戦闘のオーラが出ないのは、誠にとって密かな悩みだった。
(毛が無いからじゃないか?)
颯太が出てくるのを、
(トイレに入るな!)
と一括し、トイレを済ませたが、
元マットドクター、リーキー・トールネンに通話することにした。