84襲撃とハルマゲドン
誠は捕獲したペナンガランを吉村先生に見せていた。
前に野方で殺したものを見せていたが、あれは損壊が激しかった。
これは生け捕りだ。
渡して、すぐに去るつもりだったが、そのまま手伝わされてしまった。
「驚いたわね…」
メスを入れた吉岡が呟く。
それは、およそ生物の体内ではなかった。
「先生、この体液は?」
誠は医療用ゴム手袋ごしの、サラサラした液体を指で感触を確かめた後、スポイトに取った。
ほとんど水のように見えるが、スポイトに集めると微かに琥珀色をしているのが判った。
ペナンガランには、内蔵らしきものが何もなかった。
外観は人の顔のように見え、耳が巨大化して、その耳には、まるでコウモリのように骨が走っているように見える。
だが、メスをいれると、それはむしろ、木の枝に近いもののようだ。
耳の肥大した顔の下には内蔵に見えるものがぶら下がっている。
だが、これもよく見ると意味不明な球体と蔓が絡まっているだけのようだ。
無論妖怪に、生物的な臓器や脳があるかどうかは誰にも判らないのだが…。
「まるで見当のつかない体内構造ね。
とりあえず、これは冷蔵して、DNA検査に回してみるわ」
確かに、解剖だけでは生物か妖怪か、もまるで判らなかった。
とりあえずトー横ギャングの警戒の及んでいない大久保界隈の、チャイニーズマフィアの経営するステーキ店を、白井は五人の亞人に襲撃させた。
ただし、姿は人間にしてある。
チャイニーズマフィアもあらゆる店に影繰りを配備するなど不可能なので、店員は多少の格闘技を身につけた男たちだ。
無論、その程度の相手では亜人の戦闘訓練になど全くならないが、やがては向こうも、それなりの兵力を割いて来るだろう。
まあ、地味な前哨戦だった。
別にチャイニーズマフィアなどに恨みも、恨みを買う理由も無いのだが、亜人の強化は来る日のために絶対に必要だった。
最初にシーツァの花が咲いたときに、本来ならもっと亜人が残らねばならなかったのだ。
来るべき日のために、最低でも三百、理想なら千は戦力が欲しい。
なぜなら、その日には、シーツァの木を目的の場所に移し替えなければならないからだ。
だが内調の影繰りは、Aとの戦いの中で、思うより成長していた。
Aは今後、舞台をイスラム圏に移すはずだ。
これは、しばらくは静かに進行する事になるが、予言によれば世界の構造が変わるほどの大事業となる。
それまでに、少なくとも一ダースは本格的なシーツァの木が拠点になければならない。
世界を白井たちの望む世界にするには、それしかなかった。
Aが目論むものは、おそらくはハルマゲドン…。
そう白井たちは考えている。
だが白井の神たちは、キリスト教徒の望む終焉を崩す必要がある、と考えていた。
といって、これはAとの対立ではない。
いわば、Aの作戦を利用して、違う攻撃目標の奪取を図るのだ。
それには、ラオスでは動きにくかった。
なにしろ回りを中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマーに囲まれている。
理想は日本のように独立した陸を持つ国であることだ。
それに何より、日本には火山が多い。
シーツァにとって、火山はとても重要だった。
富士や阿蘇といった破格の火山を持つ事が、白井を何年もの間、ツカサとして振る舞い続けた要因だった。
ツカサは日本中でライブを行い、その間に候補地を選定した。
それら全ての候補地にシーツァの木が根を張れば、日本は理想の黄金郷となるだろう。
亜人たちは開店間もないステーキ店を粉微塵に破壊し、テレポートで姿を消した。
周海陣は歌舞伎町の外れのオフィスで唸っていた。
トー横ギャングに襲われ、壊滅したという。
開店資金も回収していない新しい店だ。
「陽、どう思う?」
周の問いに陽は。
「奴らじゃないな」
まだ二十代の陽は即答した。
確かに…。
周もそう思った。
ホゥン和也に統制されたトー横ギャングは、防衛はしても、なんら問題の無い店を、襲うようなことはしないし、まして店の背後にマフィアがいる、等と大人の話は理解していない。
端的に言って、頭の悪い正義の味方なのだ。
だから周も、相手を殺すなど悪辣な仕打ちは、あえてしなかった。
子供らしい正義感を刺激すると、逆にめんどくさい、と理解しての事だった。
「陽。
どこが動いたのか、早急に割り出せ!」
陽は若者らしい機敏さで部屋を出た。
これは戦争になるかもな…、と周は考えていた。
どこの手の者かは判らないが、店を一つ潰したのだ。
それなりにン千万の金銭がかかっている。
おそらく歌舞伎町の覇権を狙う第三勢力が現れた、と周は推測した。
問題はそいつらが、今後のサイバーシティ新宿に関して、どれだけの情報を持っているのか、だった。
周は、それなりの資金と人脈を使い、鳳大吾に食い込んでいるつもりだった。
鳳は、長く続いた日米協調を変える用意もある、とアメリカ政府に圧力をかけているのだ。