83修行と煙
プールの水で、手のひらにビー玉ほどの球を作る。
それに圧力をかける。
上からかければ、ただ潰れるだけだから、外から中心に向かって、均等に圧力をかけていく。
球は、小さくなった。
と、共に…。
なぜか回転し始めた。
反時計回りに回った。
小さくなった分は、プールの水で補給し、大きさをビー玉に戻し、なお圧力をかけていくと、球の回転が早くなった。
その時点で、かなり球は冷たくなっていたが、なお圧力を強めると白くなってきた。
手のひらがおかしくなるので、少し浮かす。
と、回転は加速度的に早くなり、やがて…。
透明な水の玉になった。
かなり冷たいとは思うが、触る気にはならない。
ちょっと触れただけでも、皮膚に張り付き、穴を開けるほどには高速回転しているのだ。
「ほう、一日と立たずにゴンゲン石を作るとは思わなかったぞ」
プールから、例の巨人が巨大な顔だけを出していた。
「…時間、止めてるんでしょうね?」
内調の訓練施設に怪物が現れたらえらいことになってしまう。
「私は神なのだ。
心配はいらない」
まー現地のおじいさんはそう言っていたが、誠は無神論者だった。
ただ、時間を止めると言う奇跡は見ているので、反論はしない。
誠は無神論者だが、持論に命をかけているわけではないし、元々、長いものには巻かれる性質なのだ。
「それで、これが出来たら山伏の修行とか言ってましたが?」
「すぐに手配はするが、お前の生活も尊重する。
次の連休に山に入ることになるだろう」
大抵の事はしてきたつもりだが、山伏が何をするのかは知らない。
どういう事をするのか、と聞いてみたが答えない。
ただ黙っていると、元々水の怪物に表情など無いので、透明なモアイ像と見つめ合っているような感じだ。
「この石はどうしたら良いですか?」
聞くと、
「それは、ずっと維持するようにするのだ。
それだけでも、お前の力をより高める修行となる」
え、これから学校なんだけど…。
誠は困惑するが、ゴンゲンは消えてしまった。
誠は幽霊たちに、透明プラスチックの球型のケースを探してもらった。
ガチャガチャのケースの小型のようなものだ。
あと、細い鎖のチェーン。
適度なケースが見つかったので、チェーンと透過で重ね、そのまま固定して、首から下げた。
中は水なので、何かキラキラして安物には見えないアクセサリーになった。
「なぁ。
退屈なんだよ」
トンボの複眼の下に、三白眼の目を持ち、全身は硬い外骨格に覆われたトンボ亞人だ。
元は河童だった、今は全身を鱗に覆われた半魚人のような魚亞人も、
「ゲームするにも電気すら無いとはね」
シーツァの巨木の森が、伊豆半島のほぼ中央部に生まれている。
小さな集落は近くにあるのだが、限界集落で、老人が、動かない体で小さな畑と田んぼを維持しているだけで、山は何十年も放置されていた。
集落を襲い、家屋を奪えば電気ぐらいは手に入るのだが、いかに限界集落でも郵便配達や地域の役人など訪問者はおり、下手を打つと全ての計画は崩壊する。
だが…、と白井は考える。
いかに優秀な亞人を揃えても、戦闘経験が無いのでは、ブリキの兵隊のようなものだ。
おっとり刀でベトナムに軍事介入したアメリカが、最新兵器を投入しても結局勝利できなかったのは、つまりそういうことだ。
戦いは武器の優劣では決まらない。
真に優秀な戦闘経験者が多い軍隊こそが、勝てる軍団なのだ。
ラオスでの経験でも、巧みな指揮官と勇猛な兵士がいれば、弓と刀で戦車にも勝つことは可能だ。
エンジン部を破壊すれば戦車など、ただの鉄の塊に過ぎない。
ホレポレの実の収集のためにも、戦闘経験は必要だった。
が、内調は現在、子供ばかりだが、かなりの猛者揃いだった。
と、するとチャイニーズマフィアの影繰りでもいたぶったらいいのだが、この前のトー横の戦いで、彼らは大きなダメージを負っていた。
事実、あれから中国人たちは、商売に精を出す以外の動きは見せていない。
ホゥン和也とトー横ギャングが常に目を光らせていて、両者は睨み合いを続けている。
どこかにちょうどいい影繰りがいればいいのだが…。
火が無いのなら、ちょっと小火でも起こしてみるか…。
トー横辺りは、その範囲も、ほぼ新宿全土に広がっているし、職安通りの向こうにはコリアンタウンもある。
子供が連中を襲えば、おそらくトー横ギャングの仕業、と考えるほどには事態は緊迫していた。
「ツカサのライブがハマスタであるんだってさ」
スマホでラジオを聴いていたアイチが渡辺に教えた。
「最近のアイドル様は、稼ぐんだなぁ…」
渡辺龍は、髭を運転席で剃りながら言った。
多分野球場のグラウンド部分にも客を入れるのだろうから、五万や六万は入るのだろう。
チケット1万として五億、更に手ぶらでは帰らないだろうから、グッズや飲食代などを入れれば何十億の売上が見込めるわけだ。
さらにオンライン、DVDなどが販売されるため掛け算で売上は延びてくる。
「唸るほど金持ってんだろうなぁ…」
渡辺は羨ましがるが、自由を愛するアイチは、
「まー学校行って、アイドルやって、マフィアまでやってるんじゃ、金はあっても使う暇がないだろーな」
自分はまっぴらだ、と肩をすくめた。




