82写真展と予言
テレポートをしてユズを殺すのは、ある意味、簡単なことだ。
だが、ほとんど素性を知らない白井を呼んだ個展を、ユズが他の誰にも知らせていない訳はなかった。
「ユズは両親や友達に、この個展を教えたんだろうね。
時間も労力も凄くかかっているもんね?」
白井は探りを入れた。
「どーしようかなぁ、って思っているの。
だからホー君の意見も聞きたいのよ。
ほら、ちょっとアブノーマルな題材の写真が多いでしょ」
まー、その意味では、無難な写真と呼べるものはほとんど無い。
路上にガーターベルトと黒い網タイツをつけた片足が落ちている、とか、関節を動かせるタイプの美少年人形がニ体、女のブラをつけた裸の上でBL的なものをしているらしい、とか。
性や残酷がレースのカーテン一枚で遮られたような、妖しい写真だけが、この個展には展示されていた。
白井はユズを殺すことは決めた。
だが、親類知人に教えていない、というなら、時間の猶予はある程度は考えてもいい。
「ポスターとか作ってるのかい?」
「迷ってるのよ…」
ユズらしくなく、変な躊躇があるようだった。
「え、でも、場所を借りるのだってお金がかかるんでしょ?」
えへへ、とユズは笑い。
「そこの奥のスナックのママさんと友達で、ただで貸してもらったの。
別に用はないから、しばらくはこのままでもいいよ、って言われてるの」
年は近いとは思ったが、スナックに出入りしているらしい。
ただし、スナックのママが知っている、と言うことは高い確率で写真展の話も出るはずで、こんな地元の人しか知らないようなところで話が出れば、警察の耳にも入るかもしれない。
もし、警察がこれを見て、何も感じないのなら、逆にユズが消えれば疑いが生まれる恐れもあった。
しばらく静観が正しいのかも知れなかった。
ゴンゲンが誠に課した修行は三つ。
一つは風呂でいいので、水の中で瞑想すること。
何も考えず、ただ、ゆっくり息を、腹呼吸ですればいいらしい。
一つは自室の南向きの一角に、ゴンゲンのためのスペースを作ること。
ただ、コップ一杯の水を置けば、それでいいという。
もう一つは暇なときに、手のひらに水をこぼれない程度持ち、丸くなるイメージを水に持つ、事だった。
過酷なトレーニングは、それらの基礎訓練にある程度の成果が出ないと、誠が凡人なので行えないらしい。
最終的には山伏的な訓練をする、とゴンゲンは教えた。
誠たちはおじいさんに駅まで送られ、夕焼けの中、帰路についた。
夜になってから誠は自分の部屋にコップを本棚の一角に置き、風呂場で瞑想した。
風呂が暑すぎたのか、やや頭がボーっとしたが、どうせなので手のひらに水を汲んで、乗せてみる。
驚いたことに、水はビー玉のように丸くなった。
(なかなか上々だ)
不意に、湯気の中にゴンゲンが出てきた。
風呂で裸の時は止めて欲しかったが、神にセクハラといっても通じまい。
まして昭和の頃は、男は裸で川で泳いでいたという。
それとこれは違うんだけどな…、と誠は思ったが、見た目はそう変わらないのが、今は恨めしい。
ゴンゲンの言うには、やがて玉は石になるという。
それがゴンゲン石だ。
それが出来れば、山に入っての訓練も可能になるらしい。
めんどくさいが、ペナンガランの事を考えると、山に入る必要もあるのかもしれない。
なぜなら新聞部は、まだベナンガランを諦めてはいないらしいからだ。
その日は何度か水を玉にしたが、それ以上にはどうしてもならなかった。
白井が数時間をユズと過ごし、何事もなく判れた晩、一人の刑事がスナックのママに個展の話を聞いた。
刑事は、とにかく鼻を突っ込むのが仕事だ。
ここは無関係とか、勝手に決めつけてはいけない。
埼玉の事件の証拠が新潟で見つかる、など良くあることに過ぎない。
考えてみれば新幹線の切符を買いさえすれば、二時間もかからず新潟に子供でも行けるのだし、自由席なら、それほどの金額でもない。
それは素人くさい、演出過多の写真だったが、SMの写真は引っ掛かるものを感じた。
あの場に、老人以外に子供もいた場合、あの変な事件も一応の説明はつくはずだ。
娼婦が殺され、殺した老人は四谷で死んでいた。
だが来ていた衣服は、わりと高級な、若者が着る衣服にスニーカーだった。
その子供は、自分の衣服を老人に着せ、逃げた訳だ。
刑事は長谷川柚子の名刺を取り、調べることにした。
翌日、誠は早朝訓練で伸介と一緒になった。
普段の伸介はアバターであり、ほぼスポーツならなんでもこなす天才児だったが、本物は誠より小柄で、しかもアバターを作れるためニキビだらけの顔の手入れもしていないひ弱な少年だ。
ただし、タロット能力はレディも本物と認めるほど優れている。
運動に関しては、なんとか二五メートル泳げるようになった、程度で格闘などとんでもなかったが、アバターなら無敵に近いため問題はない。
「あ、そういえば、その顔、簡単に治るよ」
前から気にはなっていたが、伸介と二人きり、というのは始めてだった。
「え、本当に!」
伸介は狂喜した。
素顔はコンプレックスだったのだ。
ただ、むしろ本物の伸介はアバターだと自分でも思えるほどだからそのままにしている。
近所でも、伸介は自分そっくりだがニキビの無いアバターを作っていた。
誠は毛穴から洗浄し、数分でニキビをきれいに消した。
「スゲー、君ってやっぱり天才なんだね!」
「いや、伸介君の方が凄いでしょ。
タロットでなんでも見えるんでしょ?」
アハハと伸介は、
「なんでも判るなら東大に行ってるよ。
僕はほんとは、ちっぽけな奴なんだ…」
何か誠は伸介のコンプレックスを刺激したらしい。
「ずっと教室のすみに体躯座りしてるだけなんだよ…」
影がなければ、自分なんて…、と伸介は暗く呟いたが。
「でも、タロットは本物だから、お礼に占うよ」
あまり占われるのも、実力が本物なほど不安にもなるが。
「出た。
エンペラーだ。
多分君の課題は、水と石に関係があると思うけど、水も温度次第では石より固くなる、事に気づくべきだ」
氷か…。
でも、それじゃ、手のひらに置けば溶けるよな…。
考えた。
確か、富士山では低い温度でも水は沸騰する…。
つまり気圧の問題だけど、でも深海でも水は水だよな…。
海水は塩分のため凍らないが、凍ると水は海に浮く。
流氷であり、北極だ。
つまり、圧力を上げれば、水は常温でも石となる?
が、それでは、常に圧力をかけ続けなければならないが…。
だが、伸介のアドバイスなので、かなり確率は高いはずだった。
誠は、改めて手のひらに水の玉を作ると、それに圧力をかけた。