8顔泥棒
自分で自分のパンツの中身部分に乳液を塗っていると、なんか変な気分になるな…。
と、思いながらも、誠は我慢して真子の指図のままにお手入れを続けた。
と、不意に頭に付けたモバイルが振動した。
「あ、誠です」
そのままモバイルは通話も出来る。
「誠、赤いドレスの女、スモーク、スカイウォーカー、ゾンビマスターの遺体が、霞ヶ関から盗まれた」
アクトレス教官からの電話だった。
「え、霞ヶ関って、あの公務員のいる?」
事務所ビルだと、誠は思っていた。
「あの地下には医療センターがあって、影繰りの研究がされているんだ」
全くの初耳だったが、どこかに研究機関があってもおかしくはなかった。
本部にも吉岡先生はラボを持っているが、国の影研究があそこだけ、と考えると、確かに規模が小さすぎる。
だが、霞ヶ関とは…。
「影繰りですか?」
「そうとしか考えられん。
地下五十メートルにある施設なんだ!」
誠にはそれほどの驚きはないが、あの霞ヶ関の地下五十メートルに、というのは、普通なら驚きなのだろう。
「判りました。
霞ヶ関に行けばいいですか?」
「マップを送る」
誠の頭に、マップが広がる。
モバイルは、スマホなど問題にならない早さだが、現実には素っ裸の誠は、慌てて乳液やコットンをしまい、衣服を整え、と時間がかかった。
五分後、空に舞い上がった誠は、数分で霞ヶ関ビルを落ち、地下五十メートルの研究機関に到着した。
アクトレスたちは、警備員と防犯カメラをチェックしているが、それで影繰りを見つけるのは、影繰りでも難しい。
生でなら、影を纏った影繰りもなんなく見えるが、撮像管には、うまく映ってくれないものなのだ。
あえて、本人が姿を見せていれば判るのだが、そうでなければ画面全体が気がつかないほど微かに薄暗くなり、戻る。
これがそうだ、と教えられても、なお見つけるのは困難だった。
と、誠に電話が入る。
「やあ、リーキーだ」
「え、急に何ですか?」
「困っているようじゃないか、僕なら、影繰りが見えるように出来るよ」
誠は怒った。
「覗き見していたんですか!」
「なに言ってるの。
当然、モバイルの性能調査はしているよ」
釈然としないが、仕方がない。
誠は、リーキーの提案をアクトレスに伝えた。
「バカだね。
あれをおいそれと外に出せる訳がないだろ」
当然リーキーは訊いているので、
「問題ない。
監視カメラをパソコンに接続し、僕の送るメールをダウンロードすればいい」
無論、誠、アクトレス、警備員と激論が交わされたが、リーキーは
スピーカーホンにして。
「皆さん、僕は総理から権限を与えられています。
それで納得されないなら、そちらの研究室長官渡辺さんから電話させますが?
それより、早くあなた方で犯人を見つけた方がお互い楽なんじゃないですか?」
警備員は、長官の名を聞くと、すぐに折れた。
監視カメラのハードディスクレコーダーとパソコンが接続され、すぐにリーキーがリモートで操作を始めた。
画面に幾つかのフィルターがかけられると、徐々に一人の人物が画面に姿を現した。
「…驚きました。
これはどういう理屈なんですか?」
誠は聞くが、
「まあ、影を検知する可視光線があり、そこだけを取り出せば、このように影繰りも姿が見える、ということさ。
なに、すぐに国家機関ではこのプログラムは採用されるだろう。
僕はちょうどいいテストパターンを手に入れたわけさ」
一人の、男とも女とも、大人とも子供ともつかない、ある種、芸能人的な痩せ型の人物が、そういう能力者なのか、鍵を使う様子もなく、扉をあけ、地下にのんびり向かっていた。
人とすれ違っても、全く気づかれない。
そして、遺体安置所へ入ると、ロッカー式の遺体置き場から四人の遺体を取り出すと、手をかざした。
遺体は、萎れるように、あるいは植物が枯れていくように、縮んでいき、やがて、何か小さな球体になった。
誠には、小型の玉ねぎのように見えた。
ピクルスなどにラッキョウのように入っている小玉ねぎだ。
痩せ型の人物は、ひょい、とポケットにそれをしまうと、来たときと同じように帰っていった。
「驚きましたな…」
警備員は、額の汗を几帳面にハンカチで拭った。
「どんなスパイ仕掛けで侵入したのかと思えば、まるで魔法使いのようだ。
あの死体をラッキョウにする魔法も、影なのですか?」
なにしろ影の研究室の警備員なので、一応の知識はある。
警備員の中には、影繰りもいるはずだ。
アクトレスは唸った。
「施設に侵入できる影繰りは色々見てきたけど、こんなに散歩のようにしてのけた奴は初めて見たよ。
しかも、同根の力なのかは不明だが、死体を球根みたいにしちまうとはね」
まあ、ラッキョウも玉ねぎも球根ではあった。
「大竹さんのような植物使いかも知れませんね。
鍵も、木で作るのかも…」
誠は言うが、
「まあ、そう簡単な鍵じゃないんだがな」
アクトレスは話す。
「場所によって色々なんですよ。
眼球認証や指紋認証、パスワード磁気カード。
ただの鍵開け名人じゃあ、とても入れんのです」
「顔泥棒だよ…」
高めの、子供っぽい声で話していた誠から、不意に田辺の、男らしい声に代わり、周りは驚いた。
「あれが、俺の見た、顔泥棒だ…」