78みわけの神
誠もそれなりに鍛えているつもりだ。
これでも自分の体重ぐらいの重さは持ち上げられる。
だが…。
車が動かない!
(誠さん。
ペナンガランが車に挟まってるわ!)
桔梗が叫んだ。
透視してみると、車体のギア部分に、グチャグチャになったペナンガランが絡み、車を動けなくしていた。
透過…。
ペナンガランを落とすと、押していた全員が転ぶほどの速度で、車は走り出した。
誠は倒れる静香をかばって受け身を取ったが…。
水が、もはや怪物の顔の部分になっており、川の流れを集めて、凄い早さで巨人になりつつあった。
そしてアクセスをベタ踏みしていたのか、軽トラは唸りを上げて橋を渡ってしまった。
水の化物は、上半身を渓流の上に上げ、揺らぎながら、今にも動き出しそうだった。
空を飛ぶ訳にはいかない。
影で見えなくなっていたとしても、誠は、静香をい抱いているのである。
どんな人間でも、空を飛べば、それと判るはずだ。
だが、水の化物は、ほぼ無敵だ。
どんな攻撃も通用せず、奴の体に入れられれば溺死以外の道は無い。
水の化物が、上半身を水の上に持ち上げた。
その両肩から、ぬるり、と筋肉質の腕が伸びてくる。
「皆、早く対岸へ!」
誠は静香を起こしながら叫んだ。
全員がこけていたが、大杉はさすがに身軽に起き上がった。
部長は大西を起こそうとしている。
ヨシエは、水の怪物に気がつかないのか、倒れた汚れを手で払っていた。
その間にも、水の巨人の体は完成し、ジリジリと橋に近づいていた。
橋は、完璧に錆びついた老朽橋だ。
水の怪物に襲われれば人たまりもない。
誠は、怪物に透過をかけてみた。
少しは体内の水分が減ったようだが、怪物が下半身を水につけている以上、水は無限に供給され続ける。
(誠さん、無限の牢獄はどうでしょうか?)
貴樹は言うが、さすがに渓流の水の全てを封じるのは不可能だろう。
「ほら、対岸で待っててくれてる!」
部長が軽トラを指差した。
「とにかく走るんだ!」
今はそれ以外無さそうだった。
「静香ちゃん、怪我は無い?」
「うん、平気…」
誠たちはぐらつく橋を走り出した。
誠は、ユリと共に走力が上がっているので陸上部を負かすほどの速度で走れるが、他は皆文化部だ。
気は急くが最後はなんとか誠が怪物を押さえて、新聞部を安全に逃がさなければ付いてきた意味がない。
影の手で、真子の切断を使ってみるが、水を切るなどと言う奇跡は誠には起こせない。
ドタバタと新聞部は走るが、七人が走ると、錆びた橋は不安げに揺らめいた。
怪物は、一足一足、橋に近づいてくる。
決して俊敏ではないが、プールで歩くような調子で橋に迫っていた。
最初に出現した地点から考えれば、半分は歩いている。
大杉は、足に自信があるのか、止まってカメラを構え始めた。
ペナンガランよりは大きなスクープだろう。
多分CGと思われるだろうが…。
「撮っちゃなんねぇ!
それは神様だら!」
軽トラの老人が叫んだ。
大杉は部長と視線を交わしたが、この山の中、トラックに乗れなければ、そく遭難だった。
あきらめて走り出す。
部長は見た目より足が早く、対岸についた。
ヨシエも体育の成績は良いらしく、次に続いた。
春名は三着、誠は静香を庇いながら続いたが、大西は本格的な文化部だった。
走る姿が、アニメの女の子のように手を横に出している。
短距離は腕の降りで走るので、到底、速度は期待できない。
「早く!
早く!」
全員が叫ぶが、大西の顔は必死だ。
誠はおじいさんに、
「あれは神様なんですか?」
聞いてみた。
「みわけの神ゆうて、ありがたい方ら」
「何で襲ってくるのよ!」
ヨシエは怒った。
「川は俺らに恵みをもたらす。
だで、たまに人の命も取るら。
優しいだけの神様なんていないけ」
恵みの神であると同時に、川に近寄る人も襲う。
どうやらそういうものらしい。
それでは攻撃は出来ないな、と誠は思うが、
影のルートをくぐらせて後ろに下げられるかもしれない…。
と、考えた。
影の道を遠くに作り、みわけ神をくぐらせた。
なにか、清々しい感覚が誠の体を巡る。
神は、上流にワープし、誠を見つめた。
「なるほど…。
力を見せてもらった…」
ん…。
前のときも、僕の力を試すために現れたのか?
とはいえ、一つ間違えば死ぬところだったが…。
神様に、人の命はその程度の感覚なのかも知れなかった。
自然を愛す山人も、気にせず蟻を踏み潰す、そんなものなのかもしれない…。
「小田切誠…」
「え、シド?」
誠は空とも、水底とも思える場所にいた。
「私はシドではない。
ゴンゲンだ…」
「えっと、神様、今は他の人も一緒だから…」
「時間は今、動いていない」
漫画のような力である。
「お前は、力を示したため、しばしこのゴンゲンがお前を指導する」
勉強に、吉岡先生の医学の勉強もアクトレス教官の指導もあるので、全くありがた迷惑だったが、隼人にも話を聞いていたので承服するしかなかった。
「…判りました…」
「透過する力、影の手を伸ばす力、空を飛ぶ力、それらは水の能力である。
お前は水の修行にはいる」
やれやれ…、と誠はため息をついた。