77錆びた橋
だが、相手はバイクに追いつく速度の飛行妖怪であり、新聞部は大杉以外、ほぼ戦力はいないといっていい。
誠は颯太たちに護衛を頼み、影の手でペナンガランを撃ち落とした。
「肉やクーラーボックスは捨てましょう!」
誠は言うが、
「おいおい、いくらかかったと思ってるんだよ!」
誠の背中で大西が吠えた。
どうやらクーラーボックスは大西の私物だったらしい。
が、当人が誠の背中では説得力も無く、あっさりと二点は森に捨てられた。
捕虫網は逆さにして、ペナンガランを叩くのに多少は役に立っている。
誠の影の体の援護もあるので、七人は登りの数倍の早さで山道を下ったのだが…。
「バスはまだなの!」
ヨシエが叫ぶ。
「前もそうだったろう!
バスは一時間に1本だ。
あと三十分は来ない!」
皆は絶望の悲鳴を上げた。
と、遠くから農業用の軽トラがガタガタと走ってくる。
新聞部は熱狂的に手を振った。
トラックは、まるでエンストしたかのようにガックンと停止し。
「どすた?」
薄くなった頭を五分刈りにした、人の良さそうなおじいさんだ。
「ベナンガランが!」
皆、口々に叫んだが、老人は、はっ、? と。
「ペナントは裏の海水浴場さ、いがにゃ売って無いべ」
「ペナントって何!」
春名は、ほぼ悲鳴のように叫んだ。
「あ、あの…。
鳥に襲われまして!」
部長は三年らしく、冷静に話した。
「あー、あの女の顔した」
さすがに近所じゃ有名らしい。
キリキリキリキリ…。
森の中から、鳴き声が迫っていた。
「ああ…、まだ追って来ます!」
「そんじゃあ、乗れ」
老人はトラックの荷台を指差した。
誠たちは一瞬で荷台に乗った。
やや発車に手こずったものの、軽トラは、バックファイヤと共に動きだし、山道を下り始めた。
胸を撫で下ろした新聞部だが、軽トラは行きの道を外れて横道に入っていく。
その先に、水の流れが聞こえ出してきた。
やがて横道は川と並走するように道を下り始める。
嫌な予感がしてきた…。
誠は、もはや木々の先の、力強く流れる渓流しか見れなくなった。
水の化物。
あれは、この軽トラぐらいは軽く呑み込みそうだ。
渓流沿いを走っていた軽トラは、やがて先に見える橋を渡るつもりのようだ。
というよりは、橋を渡るより他に、道がないのだ。
渓流沿いの道の先にはボロボロの黄色い看板が立てられ、
迂回
と極めて簡潔に書かれていた。
その先に、土砂崩れがあったのは、誠のような都会育ちでも見れば判った。
橋は、赤錆びたガードレールに守られただけの一車線のもので、渓流の岩を支えに、なんとか形を維持している鉄骨橋だった。
鉄骨の色は、ガードレールと同じだ。
しかも、水面から二メートルも高さは無いように見えた。
「えと、どうして道が一本しか無いのかな?」
大西が不安げに聞いた。
「なに、橋を渡っていれば対岸から見えるから、そのときには対向車は待つのさ。
ほら、黄色い光が点滅しているだろう。
あれが、そういう合図だ」
部長は、誠と変わらない身長だが、免許を取るつもりなのか道路交通法に詳しかった。
おじいさんが煙草をふかしながら橋を渡る。
危険を感じる素振りも無いことを見ると、水の化物は出ないのかもしれない…。
不安を感じながら、誠は思った。
川幅は短い。
上流の渓流なので二十メートルも無いかもしれない。
車なら、分もかからず渡りきれるはずだ…。
幸い、対向車もなく、軽トラは快適に一車線のさびついた橋に乗り込んだ。
ギシ…。
ちょっとあり得ないほどの軋みが、橋全体から聞こえた。
「…揺れた…」
静香は、誠の手を握った。
誠は飛び上がるほど驚いたが、振りほどくことも出来ない。
誠と静香は、まさに吊り橋効果ならぬ鉄橋効果で互いに一歩前進したのだ。
遮る木が無くなったからか、渓流の音が急に大きくなる。
「お前さ…」
大西が不意に声をかけ、誠はビクリと肩を震わせた。
手を繋いだ事に、なにか言われるのかと思ったのだ。
「足、ツルツルなのな」
アホか…。
思いながらも、誠はひきつり笑いをして、
「毛が薄いだけだよ」
「いやー、全く無いじゃないか」
もしかしたらクーラーボックスを捨てた復讐だろうか?
大西は誠の足を撫でる。
が、問題は水なのだ。
とはいえ、すぐに渡りきるはずの橋だったが…。
ドムッ!
有り得ない音を立てて車が止まった。
「ありゃー、エンストだわ」
煙草を吸いながらおじいさん。
「若いの。
ちょっと押してくれや」
軽トラは、よりによって、橋のほぼ中央で止まっていた。
誠たちは、乗ったとき同様、秒のスピードで荷台から降り、トラックを押した。
まるでサイドブレーキをかけているように、車は動かない。
(誠!
水が…)
颯太の視力が誠に届いた。
水が、不自然に盛り上がりかけていた。