74発見
遺体を警察に引き渡す以外、誠にやれることはなかった。
誠は学校に戻った。
だが…。
白井邦一は、教室の窓から外を眺めていた。
白井は、影繰りである。
影に隠れた誠の姿を見ることが出来る。
あいつ…。
うちの学校だったのか…。
誠は、不味い瞬間を見られてしまった。
奴は何年なんだ?
見たところは小柄で一年のようだが、白井のクラスにも小柄な奴はいる。
三年にも、一年のような貧弱な体の男はいるし、白井自体、鍛えてはいるがそうは見えない。
顔は覚えたが、なにしろ地下に敵を落とす、ということは、多分、自分が壁を通り抜けることなども出来そうだ。
どう探すか…。
白井は薄い唇を舐めた。
誠は、川上に戦闘訓練に付き合え、とせがまれていた。
「え、川上君は探査チームなんじゃないの?」
「この前、カブトと一緒に怪物と戦ったッスよ!
俺のウサギたちも中々の戦闘能力だし、俺自身、自分のスピードとパワーに驚いてるッス!」
誠は、端的に言って川上に負けたくはなかった。
そんな無様を晒したくないが、相手はどうやら飛躍的に強くなったらしい。
あの八匹のウサギとスピードとパワーの上がった川上、となると、もしかすると誠の苦手な相手かも知れない。
つまり透過が間に合わない、という奴だ。
映画で、四方八方をゾンビに囲まれた、とか、悪役集団何百人に廃倉庫で囲まれる的な十字砲火を受けるのは、誠は荷が重い。
誠はまだ、近接戦闘用のオーラはまとえていないのだ。
オーラは筋肉量にも関係し、また禅僧のような瞑想で強化することも出来るのだが、瞑想に関しては聞いてもサッパリだった。
何も考えないで座禅を続ける、というのは特殊な技能で誰にでも出来る、ほど簡単ではないのだ。
落としていいなら問題ないのだが、川上を落とすわけにはいかないし、それではスパーリングにはならない。
カブトやレディなら容赦無く打ちのめすかも知れないが、誠は川上にそこまでしたくはない。
だが、負けるぐらいなら…。
最悪、ウサギは落としてもいいのだが、しかし影のイメージで作られた生物、蝶やカラスやウサギは、落としたとして、それで消えるのだろうか?
ゲームの敵キャラのように、ループして、また出てきたりするのではないか。
誠は頭を悩ませた。
美鳥にでも聞いておけば良かったが、まさかウサギと戦うとは思わなかった。
そして、前に戦った時には、ウサギも川上もかなり強かった気がした。
白井が珍しく学校に残って誠を探している頃、誠は川上に半ば強引に浜離宮地下の基地に連れられていた。
リングではなく、床と壁がクッション素材で出来た個室だ。
個人練習のための部屋だった。
「よし、行くッスよ!」
八匹の影のウサギが現れ、すごい速度で走り始めた。
川上は癖毛の頭に犬のような耳を立て、また足が蹄に変形する。
手も、猛禽類の足のように爪が生まれていた。
人間のような板の爪ではなく、円錐形の、明らかに武器になる爪だ。
元々、川上はそれなりに格闘技は身に付けていた。
それが手足に凶器を付け、格闘ウサギという子分まで引き連れているのだ。
(誠、俺たちを出せよ)
颯太は言うが、まだそれは秘匿しておきたい。
影繰りは手の内を全てさらけ出すアスリートとは本質が違うのだ。
影に飛び込んで短距離を移動するとか、影の体などは、まだ秘匿していた方が良い気がした。
川上は、首に角笛のようなものもぶら下げている。
前はそれでウサギを操っていたが、今は違うらしい。
では角笛にはなんの意味があるのか?
それは誠には謎だった。
ウサギたちは二足歩行で弾丸のように走る。
壁にぶつかると、空中で壁を蹴り、更に加速して走るのだ。
かと思うと、途中で二体のウサギが重なると、空中で足と足を合わせて、互いに跳ねる。
この狭い空間でやられると、目が追いきれなかった。
誠はウサギたちを透過で避けるが、ウサギに紛れて、川上は誠に接近していた。
おそらく、川上はいつの間にか、ウサギを自在に操れるようになったのだ。
それ自体は美鳥や井口もそうなのだから、川上が出来ても当然なのだが、今の川上は、蹄の足でオリンピック選手より早く走り、猛禽の爪で一撃で人を殺す力があった。
ウサギを透過した誠に、真横から川上の狂暴な爪が突き出される。
瞬間、焦ったが、膝で川上の腕を跳ね上げた。
アクトレス教官との訓練で、誠はヨガ行者並みの柔らかい体を手に入れかけていた。
そのまま川上に向かいたいが、影のウサギが途端にジャマをする。
川上は蹄の足で、軽々と数メートルを跳び下がった。
この調子でヒット&アウェイを繰り返されたら、いつかは誠も無傷ではいられまい。
(じゃ、俺たちは幽霊でお前の目になるよ)
裕次が提案した。
途端に二十人分の視力が誠に備わった。