71遺伝子
「お前、凄かったな」
ホヮン和也が誠に声をかけた。
カカカ、とレディは笑い。
「コイツは、何でも地下に落としちまうんだ。
強いぞ」
白井は誠の力を知った。
地面に落とすのか。
面白い能力だな…。
あまり聞かない力でもある。
一瞬で十二人を消し去った破壊力もただ事ではない。
しかも…。
顔泥棒の最大の悩みは、死体の処理だった。
海に落としたり、樹海にテレポートしたりしていたが、どうしても完全に死体を消し去るわけにはいかない。
だが、奴の力なら、死体は完璧に葬れる。
顔泥棒にとっては夢のような力だ。
とはいえ、ホヮンのいる前で彼をいたぶるわけにもいかない。
影繰りなら、また見ることもあるだろう…。
白井は、粘着力の高い眼差しで誠を見た。
「おぅい、チビを集めたぞ!」
ほんの小学生から中学ぐらい、十五人の男女が集まってきた。
「じゃ、誠」
言うと、一瞬で十二人を落としたひ弱そうな少年は、影の巨大な手を出して、子供を乗せると、なんと空に舞い上がった。
馬鹿な!
空を跳ぶ影繰りなんて聞いたこと無いぞ…。
厳密には、一人いるらしいが、都市伝説のようなもの、と白井は思っていた。
少年は、一瞬で空の彼方に消えてしまった。
「本当に人体実験とか、しないんだね?」
リーキー・トールネンに疑惑の視線を送る誠だが、リーキーは。
「んー、健康診断程度の検査はするよ。
そのくらい、問題ないだろ。
栄養状態も心配だし、可能性としては色々な病気の可能性がある。
性病を含めてね」
かなり猥雑な環境にいたことは間違いないのは、誠にも否定しようが無かった。
「でも、慈善事業で内閣府が出てくるなんて?」
「怪物に変身した少年たちがいる。
それは、僕らも興味を持っている」
それなら逆に得心がいく。
「この子達もそうだと?」
リーキーは頷き、
「トー横とチャイナマフィアの戦いでも、似た現象がトー横の少年たちにあったと報告が来ている」
確かダンサーチームがトー横に張り付いているらしい。
ミオさんもいるのだから、かなり正確な報告だろう。
「だから、可能なら、怪物化の謎を解くヒントが得られる程度に精密な検査をするよ。
ただ、別に人体実験じゃない」
誠は迷ったが、子供たちに過酷な検査をさせるよりは、と。
「ヤギョウが、あの力は影繰りというよりは、妖怪に近いものだ、言っていた」
と教えた。
ふむ、とリーキーは考え。
「遺伝子情報の書き換え、かもな…」
「どういう事だ?」
「つまり、影繰りがギリギリ人の力、とするなら、学生連合の薬は、むしろ遺伝子情報の書き換えを起こす薬品、と考えられる。
それは人を越えた力を産み出すが、しかし最悪のドーピングでもある。
何度も繰り返すうちに修復不能な肉体に変化する。
おそらく、それが妖怪であり、怪物化の正体なのだろう」
「だけど、あの巨大粘菌とか、怪物ではあっても、とても遺伝子情報の書き換え、なんかじゃないと思うけど…?」
「そうだ。
あれこそが妖怪だろう。
そしてあの晩、それに近づいた子供たちが数多く生まれた。
標本も集めてある。
細胞は、見た目と同じ、人とは言えないものだった」
もう少し聞きたかったが、しかし遺伝子の話など誠には判らない。
「子供たちの安全は保証するよ」
「彼らはトー横に帰れるのか?」
「それは、あそこが安全になってからだな」
確かに、それはそうだった。
誠は学校へ帰った。
五時間目にクラスに戻った誠は、美術室に走った。
石膏像のデッサンが、すでに始まっていた。
「あ、誠!
ここ来いよ!」
カブトは美少年だが常に不機嫌、のようなキャラなのだが、誠にだけは態度が違う。
何度かトラブルは起こっていたが、女子には優しく、男子は力で従えて、クラスに君臨しつつあった。
そのカブトが誠にだけは態度が違うため、クラスには、誠は何者? 、的な空気が漂っていた。
また、金髪の白人ユリとも仲が良く、常に元気なムードメーカー川上も、なにか誠を上に見ているような態度をとるため、小柄なひ弱そうな誠が、このグループの重い位置を占めているようにクラスでは見えていた。
誠はカブトの隣に座り、スケッチをやり始める。
颯太の画力で、誠は飛躍的に美術の腕まで上がっていた。
「小田切の絵は、いいな」
無口な美術教師が、呟く。
やれやれ…、と全く関心の無い誠が近くの窓を見たとき…。
(誠君、ほら白井がいるよ)
偽警官はなぜか誠に親切で、いろいろアドバイスをくれたり、身を挺して守ってくれたりするが、人の顔を覚えるのもうまいようだ。
誠は気が付かなかったが、グランドでは二年生が体育をしており、中に白井がいるらしい。
言われて、初めて誠はまともに白井の顔を見た。
取り立てて目立たない、地味な男子だった。