70影の戦い
大量のスズメバチは、蜂独特の怒ったような羽音の唸りを上げながら、誠に迫る。
誠は大量の影の手を体から出して備えた。
美鳥やユリと戦ったことがないので判らなかったが、これだけの虫の大群に襲われるというのは凄いプレッシャーだ。
1匹逃しても、大きなダメージを追うのは判りきっている。
だが誠には現在16体の幽霊が味方に付いていた。
分担していくつかの手を操ってもらえば、影の手に蜂の毒も効かないため、有利に戦えるはずだ。
誠は全身を覆うように手を伸ばした。
と、突然。
蜂が消えた。
えっ…、消えた?
驚いた誠だが、ミホが、
(消えたんじゃないわ!
一瞬、早くなったんです!)
なに? と蜂の動きを改めて追うと、確かに、ごく数メートルの距離を全ての蜂が、テレポートしたように動いていた。
ミホに言われなければ、何が起こったのか判らなかった一瞬の出来事だ。
どうもミホは影繰りの力が感知できるらしかった。
だが、一瞬だとしても加速させる能力は、判っていても、とても危険だ。
防御を崩されるし、相手はバラバラに動く虫の大群なのだ。
(誠!
奥の奴らも狙ってるぜ!)
裕次が、叫んだ。
最後尾の二人は、おそらく長射程の能力者、と読んでいたが、二人とも右手を前に出し、何かを始めようとしている。
(あの立っている男が、スピードを早めるの?)
誠が聞くとミホは、
(おそらく…。
あの瞬間、微かに空気が変わりました…)
彼がいるだけで、回りの影繰りは数段、強くなる。
彼自体に戦闘力はなさそうだが、この戦いの中核だった。
蜂が誠に襲いかかった。
誠は、透過しながら、自分の体の中を影として、地面に虫を強制的に移動させた。
美鳥やユリも、虫一体作るのにそれなりの力を使っている。
同じだとしたら、敵は新たな虫を作らなければならなくなる。
(誠!
奥の奴ら、撃つぞ!)
誠は全ての幽霊の視力を自分の見たものに出来る。
元々が、影の目、だからだ。
奥の二人は、前に出した右手から、音もなく何かを発射した。
(影の弾丸だわ!)
ミホが理解した。
なるほど、実弾は影のオーラで弾き返すことも出来る。
誠は、今でも自信が無かったが、川上でも、普通の誠のパンチなど猫に舐められたほどにしか感じない。
ただし、誠は透過を使うから、川上でも倒せるだけだ。
影のオーラは万能、と影繰りは考えがちだが、誠のような透過能力者や、また影の攻撃は受け止めづらくなる。
影を、ある種の、液体か気体の層と考えた場合、異質な金属や人間の拳などは通りにくいが、同じ影は、それよりはずっと、馴染みやすいのだ。
影の虫や、同様に影の銃弾が影繰りに効きやすいのはこのためだ。
誠は地面を這わせた影の手で、弾丸を掴もうとした。
が、瞬間、影が加速して手を逃れた。
(早くされるのはヤバい…!)
誠も判った。
ただでさえ早い銃弾が、一瞬とはいえ加速するのだ。
蜂なら一メートルの移動で済んでも、銃弾では誠まで到達してしまう。
加速男を殺すしかなかった。
「透過」
加速男は、声一つ残さず、アスファルトの下に消え去った。
影繰りは、影を武器として戦うが、あまり持つ力を敵に把握されると、それがたとえ魔弾の射手であれスカイウォーカーであれ、命を落とすことになる。
誠は、徐々に影繰りの戦いを理解してきた。
影の体は、誠の新しい力であり、表だって使うのは、まだマズイ。
「透過…」
誠は、十二人の敵を、同時に地下に落とした。
(誠、お前、最初からすればヨカッタじゃん?)
颯太が言うが、
(いや。
出来れば透過もあまり見られたくないんだ…)
用心深すぎる、などと霊たちが言う中…。
トー横広場の奥に、白井邦一が紛れていた。
(なかなか、面白い影繰りがいるようだな…)
白井は、人の顔や才能を盗む能力を持っていたが。
その力は、影能力にも適用は出来た。
ただし、顔を盗むのが、むしろ白井のエネルギー供給になるのに対し、盗んだ力、つまりテレポート能力は力を失う事になる。
だから、いくらでも盗める、というものではなく、おおよそテレポートだけで維持するのも精一杯な力だった。
ホヮンの力や、今見たレディの力は、いかにも派手で力を使いそうだ。
だがあの少年の力は?
敵をどこかに消す能力のようだが、どこに消したのだろう。
謎ではあったが、とても興味深い。
影能力を奪って、呆然とする中、ミリミリとなぶり殺すのも悪くは無い。
だが白井には、ホレポレの実を作るという白井にしか出来ない役目があるため、前線に出て戦う事はほとんど無かった。
まあ…。
戦いの恐ろしさは、内戦の時に生死の境をさ迷うほどに体験していた。
残念だが、今の白井は影繰りと戦っている場合ではないのだ。
薬を配り、ガキどもを戦わせる。
やがて時期が来れば、彼らもシーツァの花の影響を受けるだろう。
そのときのため、白井は大量のポレホレの実が必要だった。