68刺客
ホゥン和也は、ツカサ、白井の仲間なのか?
そこはハッキリとは判らないな…。
と竜吉は考えた。
昼休み、竜吉はピッピと学校の屋上で、二人でランチを食べていた。
竜吉の家は、二世代同居の決して裕福ではない家庭で、不況でお婆ちゃんの家に転がり込んで、そのまま練馬で小学校から過ごした。
そんな竜吉の弁当はお爺さんが使っていたと言うアルマイト製の銀色のもので、中はのり弁。
だが竜吉は、お婆ちゃんの作るこののり弁が世界で一番美味しいと思っていた。
ペロンと醤油を塗ったのりをオカカを振ったご飯に載せ、上にまたご飯を盛ってオカカを振りかけ、醤油をつけた海苔で覆う。
時折、蓋に海苔が張り付くが、それもまた良い。
ふやけた海苔が、肉厚にご飯に混ざる。
ピッピは、かわいらしい弁当箱に細々とおかずや果物を入れていたが、朝から三つ目の弁当なのは竜吉には秘密にしていた。
二人は前の高校で、初日に出会い、三日目には全くのコンピューターオタクだった竜吉の体にキスマークが刻まれていた。
「ホゥン和也って言うのはさ、ピッピ。
もちろん家出同然にトー横へ住み着いた奴なんだけど、同じストリートキッズたちや歌舞伎町の町のために、ホントに頑張ってる少年なんだよね。
顔泥棒と同じ根っ子とは、ちょっと思えないんだ」
顔泥棒は、ある意味、不死の影繰りだ。
その醜い老人の死体は警察に保管されている。
が、それも、そもそも本当の顔泥棒の体かどうかは判らない。
全くクリーンに見えていたツカサだが、細かくネットを調べてみると、あるとき突然、美貌が騒がれ始め、時を同じくして、売れっ子だった美形子役が失踪していた。
歌も、急に上手くなり、同じ頃、超絶技巧を誇った歌手が急に引退し、失踪している。
多分、顔を盗むように、技能や輝きのような形の無いものも盗める気がする。
無敵と言えば無敵だが、どうにも化け物めいた、根っからの悪人だ。
ホヮンには、そんな陰りはなかった。
大人と子供の橋渡しをし、町中に愛されている。
だいたい東南アジア系のマフィアなら、なぜ紅竜会と戦うホヮンに協力しないのか?
彼らの目論みも、チャイニーズマフィアと敵対しながら、日本とも戦う、と言う意味もあまり判らない気がする。
どちらかと手を組み、孤立させて戦うのは、古来よりの戦いの常道であるはずなのだ。
日本が中国と戦うのか、というような大きな話は別だが、少なくともマフィアに限定すれば日本国内の話でもあり、協力できないとは限らない。
竜吉はのり弁を口一杯に入れながら、
まだ、ピースが足りなすぎるな…。
と考えていた。
誠は新宿に飛んだ。
芝増上寺から国立競技場上空を抜けて新宿御苑を目印に飛ぶ。
ビルばかりの東京では、森が一番の目印になる。
すぐに、誠も落ちたあの大穴が見えてきた。
無数のクレーンが鉄の森のように立ち並び、巨大なトラックが何十台と走り回っている。
新都市は、夜も昼もない突貫工事の中、少しづつ形をなそうとしていた。
地下鉄は架線の上を、Nゲージのように走っている。
まだ赤土の上にコンクリート建造物があちこちまばらに立っている程度のものだが、地上ではトラックが、空中では大型ドローンが、働きアリと働きバチのように忙しく資材を運び、刻一刻と姿かたちを変えていっている。
これもいつか、巨大な地下建造物になるんだ…。
そう思うと、誠も感慨を抑えられない。ドローンたちの上空を飛び、誠はトー横広場に降りた。
「和也。
こいつが誠だ。
子供たちを連れて空を飛べる」
おお、と和也がごっつい体に乗った幼さの残る顔を輝かせたとき、
「和也!
奴らが来たぜ!」
仲間が告げた。
鍛え抜かれた肉体をした男たちの集団が広場を四方から取り囲んでいた。
「どうも連中、昨日までの奴らとは違うな」
和也は敵の強さを肌で感じた。
ホスト集団のような昨日の連中とは明らかに違っていた。
耳が潰れている。
鼻も、何度も折っているのだろう。
格闘技に秀でた男たちを集めて来たのだ。
「おい、チビたちを集めろ…」
和也が危機を教えに来た男に語った。
攻めてくるなら、もう少し遅い時間と思っていた。
まだ夜勤明けの男たちが飯や酒を飲んでいる時間だ。
店員も忙しい、と侮っていた。
「誠、あっちの通路を任せられるか?」
レディが言う。
トー横へは6本の道が通っている。
この内、東宝ビルからの道は、すぐ背後にも新宿駅方面からの通りがあり、そこが破られれば背後を突かれる。
「判りました」
誠は、ズラリと並んだ、十数人の男たちと対峙する。
「おいおい、大丈夫かよ?」
ひ弱そうな小柄な誠の外観に和也は不安げに聞いた。
「奴は俺より、ずっと強いぜ」
レディは笑う。
「なら、いいか」
あっさり納得して、ホヮン和也は、音の出ない口笛を吹いた。
犬笛である。
すぐに通りに、犬、猫、ネズミ、カラスなどが集まってくる。
人間は、餌付けしたペットになった野生動物は知っていても、本当に戦う気になったネズミの強さを知らない。
踏み潰せばいい、等と思うかもしれないが、猫に追われたレベルのネズミを踏み潰せると思っているのが、かなりの傲慢だ。
数十の、本気なネズミに教われたら、少々の武道経験など何の役にも立たない。
あれは対人用に練り上げられた技術だからだ。
猫より数段のろまな人間は、足の腱を噛み切られ、数分で絶命するだろう。
広場の西武側通路と職安通り側通路は、動物たちが覆い尽くした。
(誠さん…)
中学生カップルのミホが誠に囁いた。
(ここの人たち、みんな影繰りです…)
どうもミホは、誠と行動を共にするうち、影繰りを見分ける能力に開眼したようだった。
「え、全部?」
(はい。
ここに集まった全ての敵が、影繰りです)
そうなると、他まで気にしている余裕は無い。
誠の担当する道路だけでも、十二人の男が歩いてきていた。
前に出ている三人は、多分接近戦のエキスパートだろう。
その後ろの七人は何らかの中間距離が得意な攻撃手。
後ろの二人は遠距離攻撃か、もしくは前の人間を守るような力の持ち主だと思う。
前の三人の中央の男が、ポケットからトランプを出すと、右手から左手に、手品師のようにトランプを器用に飛ばし、また左から右に返した。
これが彼の武器であるらしい。
右側の男は、両手をポケットに入れたままだ。
足技の使い手なのか、不意に手を出すと、手に何かあるのか?
左手の男は、手に、革手袋をはめ始めていた。