歌舞伎町
レディこと春川順平は、新宿に、主にミオが不在の時はよく遊びに来ていた。
女装して来ることはあまりない。
行き帰りの電車など、めんどくさいことが多いからだ。
気軽に、男の姿で二丁目に行き、あちこちの店を渡り歩いて帰ってくる。
この辺の店では、レディほど可愛い子供が遊びに来ることはあまり無かったから、店でもサービスしてくれたり、おごってくれたりして、顔馴染みになっていた。
二丁目の店は、大概、本格的な厨房などは備えていない。
なにか食べよう、となると明治通りを渡って三丁目の飲食店へいくことが多い。
ホヮン和也も三丁目にいることも多いので、自ずと知り合っていた。
何度か、いさかいにレディはホヮンの味方をした。
そのためもありレディとホヮンには友情が生まれていた。
「なんでこっちに来た?」
レディが二丁目の住人であることは、新宿の顔とも言えるホヮンには既に判っている。
本格的な女装は見ていないはずだが、順平でも、並みの少女よりは美しい。
今、歌舞伎町はカオスであり、治安も最悪になっている。
通り1本先の二丁目なら、いつもと変わらぬ日々が続いていた。
「いやー噂に聞いていた新宿の壁って奴を見ておこうと思ってね。
花園神社の横を抜けてきた」
歌舞伎町の周辺は、紅竜会配下の屋台が職安通りから新大久保、大久保から大久保通りにかけて、鉄のカーテンならぬ屋台のカーテンを広げて囲っているのだが、唯一、神社は常設屋台を禁じている。
ここから、歌舞伎町でもコアな路地をアミダのように選んで進むと、トー横まで紅竜会を避けて進むことが出来る。
相当に歌舞伎町を知らないと判らない道だ。
「そうか…」
とホヮンは考え込む。
「順平。
やがて、いや、今日にでも、ここは戦場になる。
いくらなんでもチビはいられない。
彼らを連れて、ここを脱出してくれないか?」
トー横には、十になるか、ならないか、というような子供もいる。
親が色町で働いていたり、または育児放棄したような子供も、まだ平和な頃は西口公園の浮浪者を恐れてトー横へ逃げてきていた。
浮浪者が全て悪人とは限らないだろうが、見た目が見た目なので、子供は寄り付かない。
トー横では、終業後のソープランドを子供の入浴に使わせてくれたりして、比較的清潔な生活がおくれるのだ。
しかし、そんな平和も、紅竜会の進出で崩れかけていた。
余り物を子供に食べさせてくれる店も減り、チャイニーズマフィアは、子供を誘拐したことさえ何度かある。
かの国では、子供は売買できるのだ。
「お前でも、守りきれないのか?」
ホヮン和也は、影繰りである。
いや…、本当に影繰りなのか、レディも迷うのだが、ホヮンいわく、そこら辺の動物を味方の兵士として駆使出来る、妖怪めいた力だった。
歌舞伎町には、数千のドブネズミがおり、数千のカラスがおり、タヌキだか野犬だか判らないが、大型の獣も何十かホヮンにしたがっていた。
これらは戦力でもあり、またスズメや目白などの小鳥は情報員だった。
レディは見たことはないが、アライグマやセンザンコウ、フェレットも配下にいるらしい。
アニメなら美少女の役割だが、歌舞伎町ではゴツイ少年が小鳥と会話しているのだ。
「んー、何人いるんだ?」
一人二人なら、世慣れた歌舞伎町の子供ならなんとかなるかもしれない。
「十五人」
「そんなにか!
そりゃ、よほど計画を練らないと無理だな」
「だよな…」
ホヮンも判っているのか、頷いた。
「まー誠がいれば可能だから、連絡するよ」
ホヮンは日影さんなど、レディの顔の広さを知っていたので、頼むよ、とだけ呟いた。
「え、歌舞伎町から子供たちを脱出させる、ですか?」
モバイルが頭に貼ってある誠は、授業中でも通話が出来る。
骨振動で話せるのだ。
「お前なら、子供を抱えて飛べるだろ?」
「まー、それは可能なんですが、しかし、その子たちをどこにやれば良いんですか?」
元々、トー横で生きてきた子供たちだ。
歌舞伎町の外に生きる場所は無い。
せいぜい、児童相談所に預けるぐらいしか出来ない。
「あー、その事なんだけど…」
なんと誠の瞳に、チャットのように文字が映った。
「君も、チャットするつもりで頭で考えれば、チャットできるよ」
「…リーキーか…?」
「上手い上手い。
みんな君のようにデバイスを扱えれば良いんだけどね」
「それはどうでも良いけど、なにか用か?」
「内閣府で、その子たちは預かるよ」
内閣府!
「いったい何のために…、まさか人体実験でもするつもりなのか?」
リーキー・トールネンの元の人格マットドクターは、戦争捕虜の右手と左手を逆に繋げて[平和の手]などとのたまったり、白人と黒人の肉体を一つにしたりした。
今なら、それがどう扱われるのかは判らなかったが、ちょうど1960年代、黒人が民権運動を行い、アメリカが二つに割れて多くの暴動やリンチが起こっていた時代だ。
体を繋げられた男は、どちらのコミュニティからも疎外され、自殺をした。
「嫌だなぁ。
僕はマットドクターじゃない、って言ってるでしょ。
保護して、そういう子供の栄養状態や学習能力を検査したいだけだよ。
大悟のこれからの政策にも関わるからさ」
果たしてリーキーがどこまで信用できるのか、不明だったが、しかし子供たちの安全を考えれば、悪い話ではなかった。
「レディさん。
子供のいく場所が決まりました。
そちらへ向かいます」
誠は、保健室に行く、と言って席を立ち、歌舞伎町へ飛んだ。