66ユズとホゥン
戦場で得体の知れない強さを発揮するのは、何も影繰りだけではない。
まるで獣のように走り、殺し、血を浴びて笑うような奴が、世の中にはいるのだ。
だからホレポレの実は、戦場で集めた方が良いのだが、そう都合良く戦争が起こるわけでもない。
ただし、戦争に近い戦いが勃発している場所もあった。
ホゥン和也とチャイニーズマフィアの抗争だ。
別にチャイニーズ側でも、どうせホレポレの実にするだけだから構いはしない。
自身、ホレポレの実を、計らずも体内に入れた白井は、器の影響力の強さが判っていた。
俺の場合、タイカンが俺主体にしてくれたが、本来なら、ホレポレの実は単なるパワーアップアイテム程度のものだ。
来たる目的の日には、完成した戦士たちが、せめて百は必要だろう。
学校から白井家に連絡が行くので授業を抜ける訳にはいかなかったが、新宿にはすぐにも顔を出さなければならないようだった。
すっかり考え事に埋没していた白井だが、メールが入った。
「ホー君、十一時、忘れないでね」
あ、ユズ…。
不意に白井は思い出した。
そういえば約束をしていた。
ふむ、と白井は考える。
ユズはホレポレの実になるだろうか?
ホレポレの実は、無論、戦士が一番良かったが、それ以外にも良い実は出来る。
ユズには、何かを感じていた…。
新宿東口の壁は、靖国通りの手前まで広がっている。
通りの新宿側は、旧来の商店ではなく、ほぼ飯場と資材置場に様変わりしていた。
通りを挟めば、飲食店がズラリと並び、アジアンテイストなカオスが広がっている。
[歌舞伎町]のアーチは残っていたが、周囲はほぼ、屋台村のように路上に椅子テーブルが並び、昼間からアジア各国の料理や酒が振る舞われている。
無論、昔から歌舞伎町で商売をしているものには店先を乗っ取られてはたまったものではなく、いさかいは絶えない。
彼らは巧妙であり、日本人オーナーの素振りで上品な店を構える素振りをし、従業員に片言の外国人を雇うふりをする。
実は、この片言の外国人が本物のオーナーであり、日本人は安月給で雇われている。
やがて道は屋台に溢れ、軒先を乗っ取られた古株は怒り狂うが、そうした店が一軒や二軒ではない。
櫛の歯が折れるように、日本人オーナーだったはずの店がいつの間にか紅竜会配下の店に変わり、雑居ビルの大半が乗っ取られると、ビルのオーナーと言えども文句が言えなくなってくる。
道は屋台に、ビルの上階はきわどいエロスを撒き散らす様々な店に変わり、また、建設業者や下請け職人には、安くて目新しい、そして、刺激的な場所として認知されてしまう。
旧来の秩序を守ろうとするトー横ギャングの子供たちと、チャイニーズマフィア紅竜会は、昨日には銃まで撃ち合う騒ぎに発展していた。
その日は、銃を持ち出した紅竜会が、トー横ギャングの反撃に合い、また、さすがにいさかいが長引けば警察も黙っていないので、紅竜会が手を引く格好になっていたが、両者の対立はもはや決定的だった。
「なー和也、向こうはチャカ持ち出したんだろ?」
関西系ヤグザ谷口は、人の良い兄貴を演じて、トー横ギャングのリーダーホゥン和也に声をかけた。
彼らは、シネシティ広場にたむろしているが、同時に屋台にも目を光らせている。
違法行為があれば、仲良くしている地元店に通報するし、ヤバそうなら気づかれぬように周りを取り巻き、紅竜会配下の者を排除する。
その中心人物がホゥン和也だ。
まだ十六だが百八十の身長と痩せ身にしなやかな筋肉をまとい、ムエタイ、柔道、少林寺拳法を自在に操って、今や紅竜会でもタイマンで和也と戦う奴はいなくなっていた。
「なー谷口さん。
銃はまずいんだ、奴らと同じじゃ警察に言い訳できない」
仲間には小柄なものも、年少者も多い。
未成年であるのは彼らの強みだが、しかし丸腰で彼らを銃前に立たせるわけにはいかなかった。
「へへへ、俺も素人じゃねーんだぜ。
子供にチャカなんて売らねーよ」
「あんたは信用してるよ」
体は大きいが、和也は幼顔であり、あれだけ修羅場をくぐって鼻も潰れなければ、耳もきれいなものだった。
「こんなのどーだい?」
谷口が和也の岩のような手に転がしたのは、オモチャのピストルのように見えた。
「なにこれ?」
「射程が5メートルほどのスタンガンさ。
体重五十キロぐらいの奴なら、戦闘不能に出来る」
「いくつぐらい用意できるの?」
「一箱十入って、五箱かな。
残念ながら使い捨てだ」
無いよりましだが、この前のような乱戦だと、五十では心もとない。
銃を持ち出すと言うことは、相手も本気、と言うことだろう。
決戦は近いのだ。
「もう五箱は欲しいな」
ホゥン和也が言ったとき、
「よ」
と気軽に声をかけ、Tシャツ姿のレディが和也に声をかけた。
「順平か!
久しぶりだな」
和也は、前の通りの屈託無い笑顔で、レディを迎えた。