65白井
「白井か…」
井口は青山と顔を合わせた。
ユリコやハマユは新学期に転校してきたので、あまり詳しくは判らない。
「白井邦一ね」
美鳥はさすがに、周囲に目を配っていた。
「何事もそつの無い奴よ。
赤点はとらない。
宿題は忘れない。
運動は目立たず、だけど失敗はしない。
おそらく、本当はそこら辺の運動部より、よっぽど運動神経はいいと思うわ」
「そうだったっけ?」
井口は首を傾げる。
「いつも忙しそうなので、クラスに知り合いはいないんじゃないかしら。
中肉中背。
ルックスもまあ普通。
やや、脱毛しすぎっぽいわね」
女子って、そこまで見てるんだな…、と誠はヒヤリとした。
「しかし、昨日の化け物を集団で集めてるんだろ。
その白井がツカサだったとしても、暗殺でも何でも、始末した方が良くないか」
カブトは断固排除を語った。
昨日は、かなりプライドを傷つけられた…。
「いや、謎の組織ですから、今は白井を見張り、敵の基地なり目的なりを探るのが優先です」
誠は言う。
「え、謎も何も、敵でしょ?」
ユリは首をかしげる。
「確かに人が多く亡くなりましたし、怪物にされたのも同じ日本人です。
ただ、何がしたいのか、それがよく判らないのです」
竜吉は語った。
竜吉の首に幾つかあるのがキスマークと知ってから、誠は、つい妄想しそうになるのを打ち消しているのだが、小柄で真面目な竜吉や明るいピッピと、どうもイメージが重ならない。
その分、想像力を刺激されてしまう。
「探るって言っても、相手はテレポートする訳だろ。
どうすんの」
カブトは不機嫌に聞いた。
「誠さんに発信機を体内に埋め込んでもらいます」
竜吉が言う。
「あたしら、どうすんの」
ユリコの質問に、
「普通に、そして可能なら、少しでも親しくなるように努力しましょう」
誠は、無理そうなので発信機の方に力を注ぐことにした。
誠が、その身に幽霊を宿すようになってから、誠の影の手の射程が変わった。
前から、爽太などは自由に出歩き、勝手に映画館に入ったり、していたらしいが、やがて影の体があるのに気がつくと、影の体ごと遊びに出始めた。
ものにも触れられるからゲームや玩具もいじれるし、スマホも出来る。
誠の知らない間に、爽太は誠の射程を遥かに超えて何キロ単位で影を伸ばしていたのだ。
誠は、おそらく影繰りである白井に気づかれぬように、ピアノ線より細い影の糸となり、音もなく教室の窓から白井の背後に迫った。
影とはいえ、普通は皮膚に触れれば気づくものだが、誠は透過能力があった。
足の、靴下で圧迫されている部分から体内に入り、血管を登って腸と腸の間に、針ほどの発振器を入れ、1分かからず仕事を終えた。
相手が影繰りとなると、長安の身はとてつもなく危険だ。
渡辺龍は、どうするか、と頭を悩ませた。
相手はテレポートしている、とはさすがに言えない。
言ったところで信じるわけもない。
しかも、今までにも何十人も殺して顔を奪っている顔泥棒なのだ。
というか、長安はまさか、顔を奪われてる訳じゃないよな…?
一瞬考えるが、顔を盗んでわざわざ己を探らせるわけもない、と考え直した。
とてつもない危険な相手だ。
いつ長安が殺されても不思議ではない。
なんとか手を引かせたいところだが、長安の奴は無駄に文屋意識があり、簡単に危険だから手を引く、とは思えなかった。
まあ、このままツカサの尾行が失敗し続ければ長安の仕事も終わる可能性はあったが、だが、その前に北千住の店などで、ちょっと渡辺は張り切りすぎていた。
今となっては悔やまれる暴走だった。
はっきりツカサと断定できるほど鮮明な写真ではないが映像も手に入れたし、変態プレィの一部始終を撮影もしている。
超小型カメラなので広角であり、画像も不鮮明だが、かなりヤバイのは判る映像だ。
これがツカサと結び付けば! とは長安でなくとも思いつく。
むしろ脅して、アジアンマフィアの怖さを身に染みさせるか?
確か誠は影の体を使えるはずだ。
長安の張り込んでいるアパートは判っているし、影は一般人には見えないから、それに一発殴られれば相当のダメージのはずだ。
誠は今は学校の時間か…。
その前に長安に電話して、透明人間とか、あるいは遠隔から攻撃する気功とか、なんか吹き込んでおこうかな、思い渡辺は長安に電話したが、どれだけ呼んでも長安は出なかった。
学生連合の構成員のうち獣化に成功したのは三割程度だ。
永井知哉のように中途半端な覚醒に止まったものもいる。
白井は、ホレポレの実不足に悩み、永井など半覚醒のものをどうするかに頭を悩ませていた。
なんとか影繰りに永井を襲わせれば、たぶん覚醒するのだろうが、しかしホレポレの実が不足していた。
ホレポレの実は、なるべく強い奴から作る方がいい。
理想は影繰りだが、しかし強さとは特殊な能力だけではないことを白井は知っていた。




