60露見
「え、撮影している?」
ハイエースの中で渡辺とアイチは驚愕した。
常に巻かれているので、今日はカメラを倍にして、万全の体制で観察していた。
絶対に、公共機関も公道も通ってはいない筈だ。
カメラはスタジオ内にも設置されている。
「どー見ても、トイレから急に出てきた、としか思えねーな?」
アイチが唸る。
「いやいや、影繰りならともかく、ただの芸能人が、そんなSFめいたこと、出来るわけ無いだろ」
渡辺は言うが、頭の中では、
影繰り…?
という疑問も浮かんでいた。
盗聴機も仕掛けてある。
「ツカサ君、最近化粧品変えたの?
リアルに十代にしか見えないわよ」
そろそろ三十に近づく頃の筈だが、むしろ若くなったという。
「影繰りって、人によるけど、歳を取りにくいよな?」
アクトレスクラスの影繰りは、無論鍛練もあるが、今もせいぜい三十にしか見えない。
そういう影繰りは多く、マットドクターなども、誠に倒されたとき、1950年の朝鮮戦争に従軍しているのだから、その時点で百年は経っている。
赤ん坊が軍隊に入れる筈は無いから、少なくとも十五、六とすると、大変な年寄りだ。
だが、老人だったとはいえ、動きはせいぜい中年、それもアスリートの中年、にしか見えなかったようだ。
誠やレディ、ミオたちと正面切って戦っているのだ。
「影繰りで、テレポートしているとしたら、謎は簡単に解けるよな?」
ただ、影繰りなら、何故芸能人なんかしているのか、その意味が判らない。
無論トップクラスの芸能人なら、それなりに金持ちなのだろうが、テレポートを自由に使える影繰りなら、もっと簡単に金は得られる筈だ。
新宿で同道した日影さんは、海外の戦場で巨万の富を築いている。
あれほどの達人とはいはなくても、戦争でテレポート系の影繰りなら相当に稼げる筈で、偵察だけとしても凄い戦力になる筈だ。
ま、戦争に向いて無い奴も多いし、あれだけのルックスと才能なら面白おかしく芸能人をしているのも、判らないではない。
ましてや、ド変態なら。
しかし東南アジア系のギャング組織が、テレポーターを遊ばせている筈は無い。
麻薬の密輸とか、暗殺とか、なにかはしているのだろう。
「アイチ。
テレポーター相手となると、話しは違うぜ。
この仕事、降りるか?」
渡辺は聞いた。
んー、とアイチはステックチョコを咥えながら、
「レベルによるよな?」
確かに。
日影さんレベルなら、即時退散だが、ただギャングのお使いをしながら芸能活動している程度なら、バトルにならなければ、特に問題はない。
ただ居場所をつかめ、という長安の依頼は、困難を極める。
しかし、そうと判れば、どの程度の距離を跳ぶのか、連続で跳べるのか、など調べがつけば、調査は不可能ではない。
「ま、最初は発信器、だな」
アイチは奥の引き出しをあさって、発信器を探し始めた。
渡辺が作って電話で段取ったウソ修理依頼書を持ち、アイチが撮影所へ侵入する。
カメラは何日も前からつけているので部屋は判っている。
私服は、大抵無造作にラックにかけてあるものだ。
バレにくいズボンの前ポケットに医療テープで発信器を止め、難なくアイチは戻ってきた。
発信器は薄い赤ちゃんの爪ほどの大きさなので、ズボンのポケット内側に肌触りのよい医療用テープで貼ると、よほどの事がない限り判らない。
濡れにも強いので、雨も洗濯も問題にならない。
ハイエースで下らないラジオを聴きながら待機し、11時を過ぎる頃…。
「した、テレポートだ!」
初めてツカサの秘密の一旦を掴んだことになる。
無論、長安に説明は出来ないが…。
ハイエースは唸り、四谷のうらぶれた古アパートを発見した。
ツカサは、福地祐介と偽名を使い、この廃墟のようなアパートの二階六号室に潜伏していた。
「よーし、これでもう、奴の好きにはさせないぜ」
渡辺龍は勝ち誇るが。
「あ、またテレポートだ。
二子玉だぜ!」
アイチの言葉に、渡辺龍は、意味不定な言葉をわめきながらハイエースに鞭打った。
ツカサの二子玉の隠れ家は立派な一軒家だった。
白井源二郎と表札が出ている。
「居候でもしてんのかね?」
まさか、その息子に成り済ましている、とも考えが及ばない。
いかに名優でも、さすがにそれは無理だ。
「まー人気俳優らしいから、ツバメでもやってんじゃね?」
アイチは少し羨ましそうだ。
それほど立派な一軒家だった。
庭はちょっとした植物園のようだ。
「あーゆうのをイングリッシュガーデンって言うのかね?」
バラの咲き乱れる庭には、あずまやまである。
根がド変態でも、ノーマルな遊びも不可能ではない。
それで豪邸住まいなら、悪くはない。
「やれやれ、どこまで優雅な奴だよ!」
渡辺が妬んでいた頃、白井は相変わらず母の襲来に悩んでいた。
簡単にシャワーは浴びているのだが、ツカサの体を維持するには、ゆっくり入浴は欠かせない。
自分のマンションで入れば良いのだが、思春期の少年が、そう何日も外泊、というわけにも行かず、最近、母を避けているせいもあり、今日は父源二郎まで起きて待っていたのだ。
「別に悪い友達といる訳じゃないよ。
幾つか予定が重なってただけ」
ただし、数日の学校の無断休みもあったので、親は放ってはおけなくなっていた。
あまりメンドクサければ、いっそ殺害も考えたが、やはりそれは隠れ蓑を失うし、白井として桜庭学園での活動もしずらくなる。
結局、もう無断外泊禁止となり、白井は入浴をあきらめた。