6モバイル
「え、頭の中にマッドドクターが出てきた?」
吉岡医師も頭を捻るが、
「多分、強い催眠がまだ残っているのでしょう。
いつまで誠くんの味方か判りませんが、今のところは手助けになるのなら使っても構わないのではないかしら?」
少し気味が悪いが、誠の頭には既に三人の幽霊が住み着いていた。
やや、諦めに近い気持ちも誠は抱いた。
トレーニングウェアに、人目を気にしながら着替えていた誠のスマホがなった。
「やあ、誠、久しぶりだね」
若返ったマッドドクター、リーキー・トールネンだった。
「え、なぜ僕のスマホに?」
「馬鹿だなぁ、今や僕は内調側の人間だよ。
君の電話番号くらい、すぐに調べがつく」
確かに、リーキーは首相公邸に住んでいるのだから誠の番号ぐらいはすぐに判る。
「誠、新しいモバイルのテストを君にしてもらいたい。
すぐに届くから使ってみてくれ」
「あ、ちょっと!
さっき…」
誠はマッドドクターが現れたことをリーキーに語った。
「ほうほう。
君はある種の残存思念を捉える能力を持っているようだね。
まことに興味深い」
「え、あなた以外にマッドドクターの霊があるのですか?」
「僕には、過去の記憶はあるが、あの老人と同じ魂とは思えない。
ある意味、ほら、よくある前世みたいな気がする。
それを魂と言うのかは判らないが、君が魂と思うならそれでも良いのだろう。
おそらく…」
リーキーは少し考えてから、
「特に悪いことも無いんじゃないかな?」
「あなたの事はまだ完全に信用はしていません。
まさか、僕の体を乗っ取るつもり、とかでは無いではないでしょうね?」
リーキーはアハハ、と笑い、
「信用していない人間にそんな事を聞くのかい?
だが、マッドドクターも僕も、まだ完全に他人の体を自分のものにする技術は確立していないよ。
だからマッドドクターは催眠術師だったんだ。
一時的に他人を操る、それが彼に出来る最大の事だったんだよ」
「では、あなたは?
そのモバイルと言うのは、そういう機械じゃないんでしょうね?」
「馬鹿だなぁ。
首相公邸にいて、日本に反逆する気になるかい?
それは、まあ新しいスマホと思えばいい。
何か気になったら、いつでも僕に電話してくれても構わないよ」
誠は、それでもリーキーを信用する気にはならなかったのだが、誠の頭は颯太や真子、田辺が入念に探していた。
「どこにもマッドドクターの痕跡は無いんだよな…」
颯太は首を傾げる。
「私たちのようには、ここにいません。
もしかしたら記憶の領域とか、脳の別領域にいるのかもしれないけど、そこは私達でも勝手に入ることは出来ないわ。
誠が眠っている時とかに、ふと微かに扉が開く、ぐらいだから」
真子も言った。
そうしている間に、誠は自宅に着いた。
宅急便が来ていた。
それは、額に貼る、1センチほどの正方形であり、厚さは殆どなかった。
皮膚の色のカバーで覆うらしい。
泳いでも、飛んでも平気なはず、と書いてあった。
電源は、誠自身から取るのでそのまま貼ればいいらしい。
試しに額に貼ってみると、眼の前に、調整中、という文字が浮かび、やがて体温、心拍数、血圧などが浮かんだ。
頭の中の矢印を、マウスを動かすように動かしてみると、誠のスマホと連動し、思った画面が開く。
スマホの画面を誠の頭の中に移すことも可能だ。
ネットも出来て、試しに雷に調べてみると、ウィキが現れた。
スマホと同調してはいるが、アマゾンなどは除外されている。
試みにアマゾンを呼べば、普通に出てきた。
独自の検索システムで、詐欺メールや偽者のサイトは除外する、と書いてあった。
雷については、ウィキ以上の知識が欲しいのなら、と本を推薦していた。
いずれも信頼できる科学者の書いた、まともな本だそうだ。
それらの本は、購入することなく閲覧できた。
閲覧だけで、所有するのでなければタダだそうだ。
邪魔なら消せるし、充電もいらず、常に情報が引き出せるのはかなり便利だ。
そして、スマホに連動しているので、最も得になる決済法などを検索する機能まで入っているようだ。
しばらく、ベッドに寝ころび新しいモバイルで遊んでいると、不意に電話が鳴った。
静香だ。
「誠君!
ペナンガランに襲われてるの!」
電話を保留にして、竜吉に電話し、静香の位置を教えてもらう。
それは野方地区にある、半分廃墟となったような団地だった。
誠は即座に部屋を透過して出た。
高円寺からであれば数分で着く。
数棟の団地が並び、途中にさびた遊具のある、形ばかりの荒れ果てた公園があった。
今時珍しい水銀灯が、青く周囲を照らしていた。
静香が必死に走る背後に、確かに人の頭ほどの飛行物体があった。
影の手を伸ばして、爆破する。
静香は空中の誠に気がつかずに走り去ったが、その方が良い。
どの道、闇夜に近い夕方に、影を纏った誠は、ほとんど常人に見えることは無い。
誠は、落下したペナンガランに接近した。
それは、人の生首に違いなかった。