57井口の嘆き
ハーレーのバタフライと、大型スクーターの良治は、それぞれ水辺を流していた。
この辺は隅田川と荒川に挟まれていて、水路も多く作られている。
小名木川もその一つで、亀戸天満宮の横を流れていた。
そのバイクの音を聞きながら、カッパは滑るように水中を逃げていく。
人肉の味が恋しかった。
柔らかい皮膚を食い破って溢れる、血と肉の甘い味。
だが、仲間は全て、殺されてしまった…。
今も、川沿いをバイクが警戒するように走っていた。
銃を持った警官も恐ろしいが、何より、あのバイクに乗った影繰りが凶悪だった。
仲間は、なす術なく影繰りに蹂躙されてしまった。
素手でカッパを倒す力を持っているし、見えないナイフを投げたり、高速で滑るように地面を移動したり、特殊な力もある。
金髪のガキは弱そうだったが、近づくだけで仲間は即死した。
途方もないパワーの持ち主らしい。
水中ならば戦いようはあるが、人がいるのは陸の上だ。
だからカッパは、必死で流れに沿って進んでいた。
いつか、川は隅田川か荒川に出るはずだ。
充分に泳げる広さと、隠れられる深さを持つ川だ。
そこでカッパは待つのだ。
何かは知らない。
新しい力が、本来ならそろそろ運ばれてくるはず、とどこか遠くから声がしていた。
橋がかかっていた。
高速の架橋の大きな橋だ。
その下に、男が橋脚に座っていた。
「よー、大分やられたようだな」
「あんたか…」
人間だった頃、薬を運んでいた男だ。
「みんな影繰りにやられちまったよ…」
「心配するな、今、影繰りより強くしてやる」
男は言うと、カッパの腹に、珠を埋め込んだ。
細胞の一つ一つが、ドミノ倒しのように全身を駆け巡り、凄い速度で変身していく。
カッパは、田中レンに戻った。
が、水はカッパ以上に泳げるようになっていた。
他の力も身に付いた。
「ほれ、ジャージだ。
陸に上がって、影繰りへの復讐を成し遂げろ」
男は田中レンに衣服を渡すと、煙になって消えた。
学校は騒然となった。
背中に顔があり、目は三眼、しかも肩から左右二本づつ、4本の手が生えた上に頭に鞭のように蠢く髪の毛? をつけた怪物が、目に入る人間を片っ端から殺しまくっていた。
すぐに学校を狙った通り魔事件として通報され、警官隊が押し寄せたが、4本の手には異国風の剣や槍などが握られ、三六十度の視野を持っているので、銃弾も跳ね返すのだ。
「やれやれ、何で俺が、あんたたちなんかと一緒にやらなきゃならないんだか」
レディと一緒だったら絶対きかない憎まれ口を叩きながら、カブトは川上、井口、青山と共に自由が丘の現場に駆けつけた。
井口は、元々、カブトの性格はこんな感じなのを知っているので驚かないが、川上と青山は、相当機嫌が悪いのか? と引きぎみだ。
レディがいれば、幼児のように甘えるし、少なくとも誠がいれば冗談の一つも言う。
クラスではイケメン行動で常に過ごしているが、それ以外は地で行くつもりのようだった。
「あんなの俺一人で倒すから、あんたらは後ろで見ててよね」
まー、昔、尖ってた頃よりは、少しマイルドかもしれないな、と井口は思う。
同級のレディによると、カブトもあれで、泣きべそをかくぐらいに反省していたらしい。
アメリカでの数年は、カブトにとっても辛い時期だったのだ。
蒼井聡は、幼児趣味ではあったが、かなりのサイコパスだったようで、日本に帰れる、となったとき、自分が実家に戻りたいのを確信したと言う。
ただしマットドクターに頭にメスを入れられ、事件当時はその辺の記憶もかなり曖昧なようだ。
そのためか、今はカブトなりに戦闘力の低い井口たちを庇った言葉と、井口は感じた。
カブトは口から炎の玉をポンポンと吐き出すと、体の周りを周回させた。
爆発してカブトを守る、全自動のバリアだ。
そしてカブトは、意図したところに影の地雷を設置する能力もある。
他にも色々開発しているようだぜ…。
とレディは弟自慢に語った。
兄さんや誠に負けたくないから、秘密の特訓なのだそうだ。
確かに…。
前の戦いから、内調、学生組の戦闘力は格段に上がった。
誠のパワーアップも凄いし、レディはミオが付きっきりで育成しているので進歩は止まらない。
更に芋之助やユリ、福も馬鹿にならない成長をしており、猫も負ける姿など想像も出来ない感じだ。
更に情報を専門に伝達出来る竜吉も頼もしいし、小学生軍団も本気になられたら、井口では手に追えない。
なんと言っても無敵のヒーロースーツを影のオーラで作っているので、どんな攻撃も無効なのだ。
井口も密かにパワーアップはしていて、前線に出られる自分をイメージはしているが、数ヵ月前と前線のレベルが全く違うので、井口程度では追い付かない。
ユリコや小百合、ハマユ、猫、の女の子班もレベルは爆上りで、口には出さないが美鳥も焦っているようだ。
伸介たちも順調に延びているし、ふと周りを見ると、川上や井口、青山は、すっかり置いていかれている感もあった。
「ま、今、コーチ不足なんでね。
何人か凄腕を呼び寄せてるところだから、焦らずに待つんだね」
アクトレスは薄く笑っていた。
永田やアクトレスの古い知り合いに声をかけているらしい。
まー探査班なら、気楽で安全なんだけどな…。
井口はため息をついた。
働きで給料は上がる影繰りの世界では、今のように何ヵ月かおきに戦闘があるようだと、首を取った戦闘班は音を立てて給与が上がっていく。
誠の給与明細を見た美鳥は、数桁違う、と嘆いていた。
探査班は、普通の公務員のベースアップと変わらない。
暗殺でもやるかね?
柄にもなく井口は嘆いたが、爆発音で我に返った。
カブトと化け物が戦い出していた。