56新しい力
中居は唸って、一度は倒したはずのトンボ男を睨んでいる。
が、近接戦闘に特化した中居は、空飛ぶ敵に何も出来ない。
そもそも、影繰りで本当に空を飛ぶ能力を持っているのは、誠を始め数名に過ぎない。
元来は、空に影など出来ないものなのだ。
が、影繰りではない化け物となると…。
今までの影繰りの戦い方では太刀打ち出来ない。
一方、小百合はトカゲ少年から目を放してはいたが、髪はまだ、絡ませていたため、再び動き出した瞬間に、振り向いた。
「あ、テメェ、見んじゃねーよ!」
ジャージに着替え中だった少年は裸を見られて甲高い声で叫んだ。
小学生か…?
うんざり小百合は思ったが、影繰りとしては新米な小百合は、目を背けた。
誠の裸なら、真子に体を乗っ取らせて見ているし、それより幼いような少年だ。
「ケケケ、バーカめ!」
「なにっ!」
小百合の髪は少年の体に付いている。
が、あらぬ方向体からジャージ姿の少年が殴りかかってきた。
腕でガードするが、小百合のカードを腕ごと弾くほどのパワーがあった。
「ハハハ!
トカゲは、分身するもんなんだよ!」
いや、尻尾が切れるぐらいだろう…、と小百合は思うが、どうも少年の能力は分身のようだ。
しかも、小柄な少年とは思えぬパワーを持っている。
確か、もう一人、大人がいた。
と、思い、見回すが、あの男は姿を消していた。
どうも奴の力は、死にかけた敵に、再生と新たな能力を与えることのようだ。
小百合は、二人と同時に戦ったが、やがて三人目が唐突に小百合の背後を襲った。
小百合の毛が一本、ユリコの指に絡み付き、逃げたガキの居場所を教えた。
どうやらマリオンの中に逃げ込んだらしい。
追ってユリコも飛び込むが、いつも人で賑わっているはずのマリオンに、誰もいない。
厳密には、誰もいないのではなく、人はいたが、全て倒れていた。
毒ガスか?
思うが、常人よりはるかに敏感なユリコの嗅覚にも、違和感ある臭いは感じられない。
無人のマリオンの奥に、学生服の少年が、薄笑いを浮かべてユリコを待ち構えていた。
「さすがに体力馬鹿なだけあって、早いな」
鼻で笑いながら、少年は語る。
「てめぇ、ここの人たちをどうしたんだ?」
フフン、と笑い少年は、ポケットには、到底入らなそうな板と、その上のプラモデルを自慢げにユリコに見せた。
それが趣味なのか、かなり凝った情景をプラモデルで作ったもの、ジオラマが少年の手に乗っていた。
きれいに彩色された兵士たちがガスマスクをつけ、ボンベのなにかをばらまいている。
半透明の綿のようなもので、噴霧されている何かも見える。
「千九百十五年、ドイツ軍は世界初の毒ガスを戦場で使用した。
その情景のジオラマだ!」
得意気に少年は語った。
「テメェ、毒ガスを使ったのか!」
「まあ、待て。
僕はこの人たちの魂をジオラマの中に招く能力を持ってるんだ。
だから、近づいて調べてみれば判るが、彼らは皆、寝ているだけだよ」
ユリコはもよりの老紳士に近づくが、安らかな寝息を立てているようだった。
「で、そのオモチャであたしと戦うのか?」
ニヤリ、と少年は笑い、もう片方のポケットから、新たなジオラマを取り出した。
巨大なチラノザウルスが車を踏み潰している、映画のシーンのような精密なジオラマだ。
「君は、ここに招く!」
言われた瞬間、ユリコは、見上げるような巨大生物と向き合っていた。
ジオラマのチラノだ…。
「おいおいおいおい…」
ユリコは、やや引きつりながらも、薄く笑った。
ジャキン、と棍棒を長く伸ばした。
チラノザウルスは、その金属音に敏感に反応し、ユリコを見た。
映画か何かで、動かないものは識別できない、とか言ってたよな…?
巨大チラノから子供と恐竜博士が脱出する名シーンだ。
チラノは、野太い声で唸りながら、巨大な顔をユリコに近づける。
えーと、目が合ってるんだが…。
脂汗をかきながら動きを止めていたユリコに、頭上から声がかかる。
「ああ。
映画は参考にしないでくれよ。
それはあくまで、僕が作ったチラノだ。
古代生物とは全く違うよ」
言った途端、チラノの顔が消えた。
一瞬でユリコの体を飲み込んだのだ。
ユリコは、持ち前の瞬発力で、前にスライディングし、恐竜の足元に滑り込んだ。
まるで象のような足だが、チラノは、この二本の足だけが移動手段だ。
手は、冗談かと思うほど貧弱だ。
つまり、足さえ潰せば、この怪獣は、無力化出来る。
計算した訳では無かったが、思いの外ラッキーな場所に移動したユリコは、起き上がりながら、渾身の力でチラノの足を砕いた。
ギャア、と叫んで転倒するチラノだが、
「ヘヘン、このユリコさんに、そんな獣なんかで対抗できっかよ!」
勝ち誇った。
が、瞬間、チラノの巨大な尻尾が、ユリコを撥ね飛ばした。