49粘菌
「冗談じゃないぜ!
太陽のアルカナ!」
伸介がカードをめくると、赤い球形の、空中に飛ぶ化け物がゴゥと燃え上がる。
伸介の本体は、影を重ねなければ誠とそれほど変わらない程度の虚弱な肉体だったが、伸介は幻像を自分のアバターにする能力を持つ。
これは伸介のイメージするまま、どんな離れ業も可能だ。
そして、この幻像の持つ能力がアルカナ変換、と伸介が呼ぶ能力。
大アルカナ22枚のカードの力を自在に使える力だ。
レディには敗れたものの、この力は5人の男たちの中でも断トツに強い。
なぜなら、本体は別にあるから、どんなダメージも喰わないし、第一。
火炎だろうが地割れだろうが、あらゆる破壊行為を自在に操れる能力だからだ。
弱点はほとんどないが、レディのように真実を見分ける感知を持ち、本体を襲われるのだけは大いなる欠点だった。
それにしても…!
伸介は唸った。
この風船の化け物は何なんだ!
空を覆いつくすほどの大量の、サメの牙を持った風船の群れ。
誰かの影なのか、竜吉の言うように影繰りとは別の、謎の敵なのか?
逃げ遅れた女子高生が、青い風船に追われて、盛大に転んだ。
「くそっ!」
伸介は今まで人助けをするような性格ではなかったが、現在、内調に入った上で他人を黙殺する訳にもいかなかった。
伸介のアバターが瞬間、ウザイン・ボルトを遥かに凌駕する走力で走り、少女に襲い掛かっていた青い風船を加速と共に蹴飛ばす。
手からクルリ、とタロットカードが現れた。
「吊られた男!」
青い風船は突然の上昇気流に巻き上がったのか、数十メートル浮き上がり、バンと破裂した。
「君、大丈夫か?」
超イケメンの伸介のアバターが少女を抱き起す。
少し丸顔だが、愛らしい顔の女の子だった。
「今、全て片付けるよ!」
イケメンにウインクして、手からタロットカードを出した。
「審判!」
空中に広がっていた風船が、見えない巨大な手に左右から挟まれたように集められ、そして。
破裂した。
「早紀子…」
少女が呟く。
ん、と伸介が少女を見下ろすと、
「…あの風船の一つが、早紀子だったの…。
急に、苦しみながら風船になってしまったのよ…」
やはり影繰りではなかったらしい…。
芋之助たちや伸介の一件があってから、誠が呼び出されるまで、数時間のタイムラグがあった。
それがシーツァの花に原因を持つとしたら、それは植物が開花するような、きわめてゆっくりとした時間の流れとともに動いていることになる。
が、誠の前へゆっくりと前進してくる灰緑色の上下三車線の道路をふさぐ巨大粘菌は、ブルドーザーどころではないパワーで全てを押し潰しながら、ジリジリ前進していた。
「誠。
透過できないの?」
美鳥が聞いた。
「さっきから試しているんですが、あれだけの巨大物体はちょっと難しいのか…」
車程度の透過はやっていたが、巨大粘菌はテニスコートより、まだ大きい、質量もある物質だった。
(誠、どうやらこいつ、ヌルヌルの中にザリガニや魚を飼ってるみたいだぜ)
裕次が教えた。
ただの汚物の山に見えるが、その緑灰色の体の中には、井の頭池で人を襲ったという水生生物と同じものがタップリ詰まっているらしい。
「とにかく竜吉君、車を止めて。
このままじゃあ、コンベアに乗った屠殺機械だよ」
「すぐに手配します!」
片道三車線、計六車線にまたがる巨大な軟体生物は、亀よりも遅い速度で、しかし確実に前進している。
車は、横道に逃げようとしていたが、すべての横道は大渋滞で、身動きが取れなくなっていた。
「あの大きさでは、普通にやっていては到底倒せません。
相手が影で無いのであれば実弾兵器も試みるべきでは?」
「自衛隊への出動要請は出ています。
ただ、なにぶん、軍隊は準備もいるので、すぐに動かすわけにはいかないのです」
竜吉が答えた。
と、誠のデバイスが、別の声を流した。
(自動車はガソリンを満載し、バッテリーもハイブリットの分、出力の大きいものを装備している。
後は着火システムさえ君が作れればいい)
リーキーだった。
同時に、ガソリン室にバッテリーのコードを伸ばし、ショートさせる方法が図解で示された。
だが、全ての車には誰かしら人間が乗っているはずだった。
誠は颯太たちに、化け物の中で人が生きているのかどうか、見てきてもらった。
(幽霊使いが荒いなぁ。
俺たちだって、気持ち悪いんだぞ)
(ごめん、僕の透視じゃあ、そこまで判らないんだ)
ぶつぶつ言いながら颯太や裕次たちが粘菌の中に侵入した。
(誠。
まず、粘菌の中は空気がない。
入った人間は窒息するか、魚やザリガニ、虫なんかに食われる。
やるしかないよ、誠)
やや気の毒そうに颯太は言った。
誠は、リーキーのアイディアを実行に移すことにした。