46爆発
「あ、初音さん、これは…」
誤魔化そうと思った福だったが。
「何かしら、気味の悪い魚ね…」
腕がなくなっていた。
そのため、羽織っていた白いシャツは流れてしまい、それは謎の巨大魚になっていた。
「おい信介、本当に渋谷で何か起こるのか?」
蛇の影を操る、毒使い、太田が、渋谷のハンバーガーショップでイチゴシェイクをズズとすすった。
隣の肥満気味の大男、オタクの田中が芋虫でも見るような目で太田を見た。
田中は、内調に就職以来、ダイエットを命じられ、甘いものもジャンクフードも禁止だったのだ。
今は烏龍茶を飲んでいる。
信介は、すっかりイメージが変わった。
髪型も美容院に行っているのか、無造作系のサラ髪にし、学生服のYシャツから覗くのはアメリカンブランドのスポーツシャツだ。
どうも、クラスメートとすっかり馴染み、今はイケメンで通しているようだ。
が、手のひらをくるりと回すと、やはりタロットカードが出て、
「戦車の逆位置。
とんでもない騒動になるよ」
身長も、チビではない。
何故なら信介はレディが見破ったように、本人ではなく、本人の虚像を見せる影繰りだ。
転校すれば、実像に関係なく、好きな自分を演出出来る。
草薙は、目立つゴーグル眼鏡をやめて、サングラスにしていた。
「ま、俺は元々影検定を持っていたから、今や結構忙しいんだけどな」
動きやすい、柔らかい布地のスーツを着込んでいた。
あい変わらずの体育系のシャツを着たドレイン能力者の飯倉は、三つ目のバーガーを食べ、
「起こるなら早くしてくれないと、カロリーが持たないんだが…」
内調勤務では、誰彼構わずドレインする訳にはいかなかった。
と、全員のスマホが鳴り出した。
「ほら着た!」
「皆さん、渋谷で暴動に近い騒ぎが起こっています!」
竜吉が伝えた。
五人が外へ出てみると、ゴリラのような怪物が、路上駐車の赤いスポーツカーを軽々と持ち上げていた。
「あれは、俺が遊んでやる」
ファミコンのコントロールを田中はポケットから出した。
すぐに、ゴリラは、スポーツカーごと渋谷から消えた。
大勢の悲鳴がドンキの方から聞こえてきた。
見ると、人間の大きさの巨大蜘蛛が、ドンキの特徴的な外壁を、女性を咥えて登っていた。
「蜘蛛は複眼だよな?」
草薙は言って、サングラスを外しながら、軽々と外壁を登った。
沢山の人間が、落ちるように道玄坂から逃げてくる。
追って来るのは巨大なパンダだ。
ドレイン男、飯倉が、良さげなカロリー元に飛び付いていく。
駅に逃げた人々が、スクランブル交差点で足を止めた。
ムエタイ系の格闘選手のようだったが、彼は建築瓦礫を満載したトラックを、一発の蹴りで三階の居酒屋まで吹き飛ばした。
「やれやれ、毒が回るのは早そうだな」
太田が人を掻き分ける。
信介はタロットを見た。
「悪魔の正位置…」
振り向くと、無数の風船が空を埋め尽くしていた。
赤、青、黄色…。
その全てに、サメのような口があり、逃げる人々を一口で噛み殺していた。
「…ちょっと、これは、まずいな…」
イケメンの信介は、喉の奥で唸った。
芋之助は、ハマユと同じクラスだ。
今は、もう一人、中学生の猫が、二人の間でキャピキャピと嬉しそうに盛り上がっていた。
もう1週間ほど前、桜庭学園近くの裏路地で、格闘技の高校チャンピオンが小柄な高1に殴り殺されかけた。
その原因が学生連合という携帯アプリと、そのポイントをためて手に入れられる錠剤にあることが分かり、芋之介、ハマユ、猫の三人はアプリ開発ソニック現という海外の会社の日本支社を訪ねたが、それはペーパーカンパニーで、廃人同様の男が一人、取り次ぎをしていただけだった。
内調が探っている事に気づかせるのも下策なので、青山が外から、川上と井口と共に探り、ワン商店というのが五反田にある事を探り出した。
ここは、まさに東南アジア各地に広がる華僑系のマフィア組織の窓口であり、表面上はアジア雑貨の店だった。
アジア好きを自認する猫とハマユが、用心棒に芋之助を連れて、五反田まで出張っていた。
「さすがのトウファの充実ぶりですぅ!」
踊るように猫は狂喜している。
「ソムタムがあるわ!」
普段はおとなしめのハマユも声を高くする。
「まず、書いてあるものが読めんな」
芋之助は憮然と語った。
猫は目に星を浮かべて、
「感じるのですよ、エィジアを!」
感じるとか出来るか!
芋之助は心の中で怒鳴ったが、無論言葉には出さない。
彼女らは何年も前に韓国アイドルを卒業し、今はディープアジアに心酔していた。
もはや芋之助には理解できない広大な地域が、彼女らの愛の対象なのだ。
それ自体は、芋之助は全く悪いとは思わない。
むしろ日本のチンケな世界で喜んでいる女子よりは知識だけでも尊敬に値する。
ただ…。
全く共感はできなかった。
芋之助は、甘いものなら甘味の方が良かったし、サラダなら和風サラダや煮付けの人間なのだ。