錦糸町、光が丘
良治たちとユリがおやっさんと共に住む東大島でも、緊急通報が内調から電話された。
東京各所で異常が起こっていたが、近所の錦糸町でも騒ぎが起こっているらしい。
早速駆けつけてみると、錦糸町の街は逃げ惑う人々で大混乱だった。
「怪物が出た!」
と言った類の事を、みな、口々に叫んでいる。
限定解除の大型バイク二台が轟音を上げて進んでいくと…。
ぎゃあぁぁ!
ロングヘアのOLが、片腕を根本から千切られて、道路に転がった。
「カッパがぁ!」
血を吹き出しながら、OLは叫んだ。
確かに、緑色のマッチョな怪物が、巨大な嘴で女性のもげた細腕を咥えて、血に染まりながら奇怪な叫びを上げていた。
「おいおい…」
バイクを止めたバタフライが驚いた。
「兄貴、あの女も、見えてやがるぜ!」
良治も言う。
二人が驚いたのは、怪物に対してではない。
普通、影繰りは一般人には見えないのだ。
影が、文字通りの暗闇となり、一般人の網膜には映らない。
だが、OLははっきりと、カッパ、と明言した。
つまり、あの化け物は影繰りではない、ということになる。
ユリは良治のスクーターの後ろに乗り、手から羽虫を飛ばした。
ユリの羽虫は数匹付けば心臓を止めるほどの破壊力のある影だが、手加減すれば、麻酔に近い作用もする。
また、同時にOLの手から噴き出していた動脈血も、勢いが衰える。
誠に影響を受けたユリは、自身でも治療ができないか、現在研究中だった。
とはいえ、腕を引き千切った化け物の前で麻酔は、あまりに無防備だ。
が。
良治がナイフを投げると、カッパの首は吹き飛んだ。
「死んでも人間に戻らねーのか。
こりゃ、新種の動物かなんかなのか?」
バタフライも首を傾げるが。
「おそらく学生連合の影の薬で、体のDNAから改造されてしまった元学生です。
しかし、人を襲う以上、狩らねばなりません」
竜吉が私服で基地に到着し、指示を出し始めた。
おそらく彼女のピッピが運んだのだろう。
まだ高一の上、誠並みに小柄で幼顔の竜吉だが、首筋にキスマークが生々しかった。
正直、良治は羨ましすぎたが…。
「竜吉君、この人は?」
ユリは、おそらくキスマークの意味も知らない。
「すぐに救急に通報します。
皆さんは怪物を狩ってください。
まだ、二十近く、周辺で暴れています」
「こんなのが二十かよ!」
駅はまだ先だが、きっと酷いことになっているだろう。
光が丘は、その昔は公団が作った団地を中心とする都市だったが、今は大量の人口を抱える都内のベットタウンという様相だった。
八方にバス路線が伸びているから不便はないが、電車は大江戸線が練馬に向かって伸びているだけで、大江戸線は環状線という構想だからか、その先はない。
成増なり、高島平なりに延びれば、この周辺の地図は、まだ大きく変わる余地を残していた。
人口は12000。
都内としても、町の規模はかなり大きな部類だ。
当然、学生連合アプリもそれなりに広まっており、今、電話が5件の家庭に鳴り響いていた。
が…。
勇気はトイレに籠っていた。
もし、みんなにお漏らしがばれたら、と思うと震えるほど怖い。
自分は、戦隊の赤であり、リーダーだと思っていた。
だが…。
川でズボンを濡らしてしまったときには、絶望感とともに大きな喪失感に勇気は襲われたのだ。
俺、もしかしたらヒーローじゃないんじゃないか…?
心の隙間に、そんな声が響いていた。
今まで、何でも一番になってきた。
学校の勉強と図画工作は苦手だったが、それはヒーローにはままありがちな弱点だったから、いいのだ。
重要なのは、かけっこと体育、喧嘩。
ここで他人に劣ったことはない。
だが…。
もしかしたら義郎は、本気でやれば俺より強いんじゃないか、とか、弱気になると勇気はいろいろ不安が湧いてきた。
誠さんなら笑って治してくれるかと思ったが、不安は消えない。
俺、ヒーローから脱落しようとしているのか…、そう思うと夜もなかなか眠れない…。
いろいろ考え、たどり着いた答えは、トイレだった。
誠さんも、立ちションしないといけない、って言ってた。
確かにこれからも、貯めたまま戦うのは限界であり、いつかみんなに惨めな姿を見られ、リーダー脱落になるのは必至だった。
だから。
立ってやろうと思うのだが、やってみると、なんかいつものようには出ない。
それで、トイレに籠っているのだ。
十分近くたっており、楕円形の便器を見つめているのだが、勇気のそれからは兆しすらみえない。
俺は駄目なのか…。
絶望するほどの事ではないのだが、心が重くなり、勇気は項垂れていく。
「勇気、電話よ」
お母さんが言っていたが、それどころではなかった。
電話がなにかを話し、
「見ないから、電話を中に入れるわよ」
渋々、勇気はズボンを引き上げ、トイレを開けた。
電話の子機が差し込まれる。
「あ、勇気君ですね、竜吉です。
今、光が丘に妖怪が出て、人を襲っているのです。
緊急出動してください」
妖怪!
ズボンを履いたのに、なんだか出そうになってきた。
「あ、誠さんから伝言です。
自分で仲間のみんなに、座ってオシッコをする、と話した方がいい、と言っていました。
もし、30分以内に戦わないなら、誠さんから仲間に話す、とのことです」
「ダメ!
ダメ!
俺が話すから!
言わないで、って誠さんに伝えて!」
電話も切らずに、勇気は座って、やってみた。
気持ちよく、水流が飛び出した。
俺、みんなに言わないと!
だがそれよりも先に…!
勇気の目に、好戦的な光が宿った。
妖怪なんて、みんな俺が倒してやる!




