4水死体
小田切誠が目を覚ましたのは朝の4時だ。
朝練があるため、いつも早起きだが、それにしても4時は早すぎる。
だがスマホが鳴ったのだ。
「誠。
芦ノ湖に死体が上がったわ。
すぐに支度をしなさい、バイクで迎えに行くから」
美鳥は400CCのバイク免許を取っている。
「え、水死体の捜査まで僕らの仕事なんですか?」
「死体に、顔が無いのよ。
厳密には、顔の部分にだけ穴が開いているの」
「すぐに行きます」
真子が答えていた。
早朝の箱根駅伝の道を走り、やがて湖畔に出た。
ブルーシートの上に、裸の男が安置されていた。
体はツルツルだったが、体格から大学生か若い社会人と思われた。
髪型は、確かドラマで流行ったとかいう、前髪を垂らす今時の髪型である。
ただ、そんなことより問題なのは、額から顎にかけて、大きな穴が空いている、ということだった。
えぐられた、という感じではない。
何年も前からそうであったような、乾いた表面を、穴の内部はしていた。
「これが、あたしの見た、顔を盗まれた後のあたしの顔です」
真子が語った。
「やはり影能力なのかな?」
同じ誠が会話をしていた。
当人たちは、全く意識していないようだ。
「あたしも、妖怪並みの影繰りを何人も見たけど、直感的には、これは妖怪だと思う」
被害者の真子がそう思うのは仕方ないが、まあ影繰りなのだろう、と誠は思った。
ただ、この男性を襲った意味はなんなのだろう?
「捜索願などは無いのですか?」
美鳥は横の警官に聞くが、
警官は首を降る。
「あたしと同じです。
彼は、この人に成り済まして知人に連絡を入れている。
何か急用でしばらく遠くにいく、とか、そんな連絡です!」
警官は美鳥に、
「彼は霊能者ですか?」
と聞いた。
そう見てみれば、誠は全く恐山のイタコのようだった。
「そうよ。
操作に協力してもらっているの。
いっておくけど、本物よ」
と、うそぶいた。
「でも、どうも女性には見えないですが…」
なるほど全裸の男だと明確に解る。
「誠。
そこら辺に彼の魂もいるかもしれないから、探してみて」
と、面白がってムチャ振りした。
はっ? と驚く誠だが、
「俺が探してやるよ」
颯太が言い出し、湖水の中に入ると、確かに被害者らしい魂を引っ張ってきた。
本来ならすごい修行なり才能なりが必要なのだろうが、誠は颯太がいるお陰でなんの苦もなく、霊の呼び出しに成功してしまった。
「さ…、寒いよ…」
男は、ガタガタ震える。
急に男の声を出した誠に、警官は小さな悲鳴を上げた。
「何があったのか、教えてくれる?」
美鳥もノッて、聞き始めた。
「お、俺、渋谷のトイレにいたんだよ。
始めてのデートでさ、だけど前髪が思うようにならなくって…」
「ここは芦ノ湖よ」
ええっ、と男は叫び、
「知らないよ、変な人がいたんだよ!
多分美容師かなにか。
すごい美形で、男か女か解らないような感じだった。
その人が髪型のアドバイスをくれて、髪が良くなって、俺、お礼を言おうと思ったら…。
水の上に、立ってたんだ。
裸だった」
「多分証拠隠滅の意味ですかね? 裸っていうのは」
急に誠になったので、また警官は驚いた。
「何か証拠は残ってないのかしら?」
「俺、あの人の顔は覚えてるけど…」
颯太はアホだが器用な男で、漫画風に似顔絵も描けた。
「そうそう、こんな感じの、何て言うかツルンとした人だったよ」
「自分の着てた服とか持ち物を覚えてますか?」
誠が聞くが、真子が、
「それは多分、奴は使い続けると思うわ。
趣味ってあるから、違和感がないようにするはずよ」
警官はオカルト好きだったのか、今はすっかり前のめりに、
「凄いな、本物って…」
と感心していた。
一方の、被害者は、
「ほら、韓国で流行ってる黒のジャージ。
下はあざといからチノパンを合わせたよ」
とお洒落男子らしく、明確に話し始めた。
「おそらく、何らかの目的があって、彼のような外見が必要だったと思われます。
これを…」
颯太は、霊の似顔絵も描いた。
警官は驚いて、
「いやぁ、確かにこの人らしいね!」
感心していた。
誠は、この辺で空飛ぶ顔を見かけないか、と聞いてみると、警官は驚いて、
「何人も目撃者がいるし、事故も起こってるんですよ。
ただ、オバケなんて警察は扱わないからね」
と教えてくれた。
「どういうことなの?」
聞く美鳥に、誠は静香の遭遇したものを見せ、
「井口さんも声は聞いたそうです。
ただ、例えばドローンでも可能かもしれない、とは思いますね」
「芦ノ湖に近づくな、って事かしら?」
「可能性もあります」
と誠は言った。
なぜ、渋谷の男性を芦ノ湖まで運んだのか?
真子は都内で死んだはずだ。
ペナンガランと顔泥棒に、何かの関連があるのかも、と誠は疑っていた。