34ユズ
「今、殺されたばかりよ!
体温も残っている。
相手は近いわ!」
美鳥は一分とたたずに現場に現れ、スマホに叫んだ。
誠は、幽霊をフルに動員して、周囲を探した。
白井は、衣服量販店に入り、安いジーンズとデイバックを購入した。
二度と着ないだろうが、学生服とバレるのはまずかった。
試着室で鏡を見る。
ツカサの面影は、あるような気もするのだが…。
そもそも白井は、どんな顔だったか?
それが判らなくなりつつあった。
今まで、ここまでエネルギーが枯渇した事は無かったのだ。
例えば、敵地に侵入していたとして、私室では気を許すことは出来たし、異様な詮索を受けたりはしなかった。
が、白井母は、平気で息子の部屋に入り、顔を凝視したりする。
特に風呂場を覗かれるのは白井の精神を削った。
身長や体重はある程度コントロール出来るのだが、高校生と二十代のツカサでは、やはり骨格は違う。
特に学校に行くと、同級生の薄い胸や貧弱な腕は真似できない、と悟った。
とはいえ、白井母を排除は出来ない。
近所付き合いなど、ただ電話で誤魔化す、というわけにはいかない様々な些事があるのだ。
女のフリは出来ても、長く会話をすれば男と女の話し方は根本が違う。
それは長らく顔泥棒をしてきた白井にはよく判っていた。
白井のスマホを探すと、何枚か自撮り写真が出てきた。
鏡と見比べ、だいぶマシになってきたと感じた。
ただし、己の体調は察知できる。
まだ、普通に力を使うには五割もエネルギーは回復していなかった。
煙の乱用…。
それも大きかった。
白井は、内調の動きを知らなかったが、誰かがツカサを見張っていることは上から教えられていた。
北千住に迂闊に行ったことが悔やまれる。
たまに、あれをしないと、白井は精神の均衡が狂う気がするのだ…。
射精…。
本当の射精…。
それは白井に、絶対に欠かせないエネルギー分だった。
ツカサはヤバい、と思ったから、真似のしやすそうな白井を選んだ。
母親の事など知らずに…。
あと五人は殺そう…。
白井は思った。
それで、今日はしのげる。
そして…。
ゆきずりは避けていたのだが、良い獲物がいたら、今日は…。
本当の射精も必要だった。
誠たちは必死で犯人を探していた。
警察も原宿に的を絞って職務質問などを人海戦術で行っていた。
人が殺された!
そんな噂は、すぐに原宿に広がった。
だが、探すべき犯人の人相などが判らない。
被害者は、みな、偶然に出会っただけだった。
言わば、広域の通り魔である。
ただし、犯人の狙いは若い人間、らしい。
理由は判らない…。
「どうも、この男、偽警官として何度も逮捕された変質者らしいですな」
刑事が教えてくれた。
若い少年を脅し、裸の写真を撮ったり、さらに悪質な乱暴をしたりしていたらしい。
ただし、それらは軽犯罪な上、男子児童は恥ずかしさからか正確な証言を避けたり、裁判での証言を拒んだりしたため、つい先日、出所してきたらしかった。
「ということは、顔泥棒は少年?」
誠は、ある意味、驚いた。
田辺や中村や高橋を襲った感じでは、少なくとも成人男性だと思ったからだ。
が…。
(…誠…、見つけちゃったよ…)
颯太に張り付くように、やや太り気味のオタク的な男の幽霊が、誠の前に現れた。
(ちょっと颯太。
捨ててきてくれる?
これは、ちょっと…)
一緒には暮らせないタイプの変態だった。
(良いのかよ。
俺、上から下まで、その子供を眺めたぜ。
ガキの顔をしていたが、尻は男っぽかったな。
あの顔のガキの尻じゃ無いみたいだった)
変態ゆえに、この池尻という男は、犯人を細部まで克明に記憶していた。
(なんかスポーツでもしてたんじゃないのか?)
年齢は近いらしい田辺は、汚らわしそうに颯太を守って、男に言った。
颯太は、幽霊なのに、
(俺、奴に触られちゃった…)
と泣いている。
(バカだね君は。
スポーツ少年の尻なんて、僕の大好物だよ。
あれは大人の男の臭いケツだ。
ただ、顔は地味だけど、どこかツカサ似で可愛かった!
緑のコートに、学生ズボン、それに妙に手入れをした白のスニーカー、そうそう、君みたいな白いスニーカーを履いていたよ。
ただ、綺麗にしていたな。
あれは子供が洗った、って感じじゃ無いな。
多分、お母さんが愛情込めて洗ってるんだ)
情報はすぐに警察に流され、誠は似顔絵作りに警察署に向かった。
(へぇー、ブラジリアンキックですか?)
その頃には、誠は池尻に馴染んでいた。
趣味は違うとはいえ、オタクの空気は似たものがあったからだ。
(そうそう。
こう、腰から回してね、コメカミに正確に突き刺していたね)
誠も体が柔らかいので、アクトレス教官に教わっているキックだ。
男は、児童性愛者だが、格闘技ファンでもあった。
(腕はパンチを打つように構えるんだ。
だから、相手がガードを固めると、テンプルがガラ空き、という訳さ)
誠は、まだ基本なので、パンチのフェイントなど使わないが、なるほどパンチと錯覚させれば、面白いように決まりそうだ。
(マコッちゃん、注意しないと、ド変態なのよ)
高橋は注意するが、
(バカだね君は。
僕はもう幽霊だよ。
颯太くんのも触れなかったし、確かに誠君はバツグンに地味可愛だけど、指一本触れられないんだよ)
地味というのが気にはなったが、誰かの言った、丸顔よりは心地良い。
池尻は、克明に顔泥棒を観察しており、身長や体重まで語っていた。
「あれは幼顔の大人だね。
そう、どこかツカサを思わせるよ。
彼も、ひ弱に見せているが、多分かなりの格闘技者だよ」
誠の口から、似ても似つかぬ変態成人男性の言葉が紡がれ、似顔絵は完成した。
「そのコート、もしかしてパークサイドの奴じゃない?
今、スッゴク流行ってるのよ」
高橋もアドバイスをする。
白井は、無論、死体が発見されるのは判っていたので、井の頭線で下北沢へ流れていた。
パークサイドのコートはお洒落だが、流行っているのはブルーやレッドで、緑はレアだ。
帽子はアメフトのドルフィンズのブルーカラーで、ズボンはきっちり短めに裾を切った安物のブルージーンズ。
靴下は学生らしい白いハーフ丈で、スニーカーも白なので、下半身にダサさが溢れるように、わざとコーディネートしていた。
下北は路地の多い町なので、隠れやすい。
ただ、今は力を使いたくないので、白井邦一の姿を変えないので、とても子供っぽく、飲み屋街などには入れない。
と、おそらく大学…、いや専門学校生だろう、幼い顔の少女がいたので、近づいた。
彼女はかなり個性的な趣味のようで、下北の雑多な衣料品店に夢中のようだ。
厚くマスカラを塗った顔は、よく言えばヘプバーンのようで、悪く言えば幼げに見せた娼婦に見えた。
無言で近づこうとしたのだが、悪いことに少女は振り返った。
「君、サトン?」
舌足らずなので、なんと言ったのか、判らない。
「あ、僕は邦
一だよ。
白井邦一」
こういうときに嘘をつくと、後で整合性が崩れやすい。
どうせ殺すのだから、名字ぐらいは本当の事を言えば良い。
「あっしはユズ」
少女は、オレンジ色の口紅で、笑った。