32狩場
「誠!
今度は学校近くのコンビニで、顔泥棒が出たわ!」
「えー、あそこのホーソンですか?
結構、みんな寄るし、マズいんじゃないですか?」
平気で事件現場に出入りしている、等と知れたら、他人は知らないが、新聞部の霧峰静香は詮索するに決まっていた。
「裏から回るから大丈夫よ。
それに、今回はシフトから被害者の身元は判っているのよ。
知り合い、とか言えばいいでしょう!」
なるほど、同じ女性が行方不明で、シフトに一人入っていたら、普通、別人とは考えない。
年齢や性別、身長や体重でおおよそ、確認はとれる。
女性、というより女の子、だ。
中三なのだが、家庭の事情で今日だけ、シフトに入っていた、という。
顔は確かに盗まれていたが、家族しか知らないホクロなどもあり、間違いはないらしい。
「急に、あまりにずさんですね?」
「確かに。
だからあなたの、あの力が必要なのよ」
誠はうんざりとため息をついた。
徐霊などしたら、颯太や真子まで消えてしまうかもしれないし、今でさえ賑やかで、孤独を愛する誠には堪らない状況なのに、また女子が増える、というのは誠には辛かった。
とはいえ、颯太に頼むまでもなく、彼女は商品棚の前に立って泣いていた。
「あたし、受験があるんです…」
誠では慰めようもないので、中村と真子が熱心に慰める。
「急に肩を捕まれて…、とても怖い顔をしていたわ…。
でも、そう、ツカサに似ている感じだった」
ツカサ似が二票になったが、顔泥棒が相手なので、真に受ける訳にもいかなかった。
それにツカサは、確かにいい顔だが、子供っぽい顔なので、年格好が似ていれば、あとはヘアスタイルやメークでかなり似せられるはず、と美容師の高橋は語った。
「マコッちゃんだって、髪をああいう風に伸ばして、そうね、アイメークを工夫したら、かなり似た感じになるわよ。
声も高いし」
今まで、あまり声の事など言われなかったのに、最近急に高い、高いと言われるようになり、誠は不愉快だった。
ドラマも歌番組もほとんど見ないが、ツカサというのは、そんなに高い声なのだろうか?
そして、比較になるほど、僕の声も高いのか?
これでも一応、変声期は通過していたので、余計に気になった。
ツカサは、一人の顔を取ったが、まだ不安だった。
まだ白井の時は良いが、ツカサとして仕事をしていて、何か衰えの兆候を見せてしまったら、とてもマズい。
行き先の知らないバスに乗り込み、上着とサングラス、帽子を見知らぬ商店街で買って、地下鉄で神保町に出た。
学生街であり、若者は多いところだ。
早速楽器店でか弱そうな男を見つけた。
今、あまり力を使いたくないので、手っ取り早く、一人になったところで、背後から襲った。
「誠、今度はお茶の水よ!」
「え、一日に二人も?」
今までのペースでは考えられない。
が、本来、誠たちが見つけていない被害者も多いかもしれないので、なんとも言えない。
問題は、なぜ、そうも連続で顔を盗む必要かあるのか、だった。
「影の縛りかもしれないな」
永田は言った。
影の縛りで、アクトレス教官は女の格好ができない。
より力を求めるうち、影との契約を強めると、そういう縛りが生まれてくるものらしい。
「だけど今日は異常ですね?」
誠は怪訝な顔をするが、美鳥は、
「焦りを感じるわね…」
まさに、顔泥棒は焦っていた。
今日は生の歌番組がある。
そこで失敗は出来なかった。
誠の見たところ、同年代の痩せた少年は、裸で便器に顔を突っ込んで死んでいた。
(ほらほら、誠と同じにツルツルだぜ!)
颯太が喜ぶが、誠は、
(僕が脱毛なんてしてない、って知ってるだろ)
と文句を言った。
だが、この少年も、身元はすぐに判った。
ギターのローンを組んでいたのだ。
埼玉の十六歳だった。
「多分、移動が出来なくなってるんです!」
誠は気がついた。
「あら、久しぶりの名探偵ね」
美鳥は薄く笑ったが、確かに、死体をテレポートできれば、こんな無様な顔泥棒はしないはずだった。
「大門から十七系のバスと日比谷線で神保町へ出られます!」
頭に路線図が入っている誠は叫んだ。
「そう言っても、東京なら、四方に動けるわ」
「見た感じ、十代の人間を狙っているようです!」
「え、まさか…」
「日比谷から目黒に出れば、山手線で渋谷、原宿です!」
警察が緊急手配をしている頃、白井は、タクシーで原宿に向かっていた。
代々木公園は、ツカサの狩場だったのだ。
平日でもカップルは必ずいるし、原宿ほど人混みなら、逆に襲うのは容易かった。
白井は、手鏡に自分を写した。
ほぼ白井に戻っていたが、どこか、言われればツカサの面影が漏れている…。
影繰りとしては三流の仕上がりだ。
無論、職業柄、メーキャップにも長けているのだが、学ランに上着を着たままで化粧品を漁るのも躊躇われた。
テレポート、というか、白井のそれは、煙となり、空中を滑って遠距離を飛ぶのだが、それは大量の力を使うため、多分今日は使えない。
白井は、手を見た。
医療脱毛している手に、毛穴が微かに見えていた。
いつの間にか、白井でいることに大量のエネルギーを費やしていたのだ。
が、タクシー内で、急にツカサには戻れないし、顔を盗みすぎていた顔泥棒には素顔など無かった。
まあ、実際には素顔はあるのだが、影繰りの初期の失敗で半死半生の怪我を負った顔泥棒の素顔は、現代日本にはあり得ない二目と見られない姿だった。
無論、今までに、再生手術を受ける機会など多々あったのだが、好きな顔を自由に選べるのだから、必要を感じなかった。
素顔を作ろう…。
本気で顔泥棒は、決心した。