31ツカサの死
長安は、ドンキで大量に買い込んだカップ麺や保存のきく缶詰め、レトルトなどを食べながら、相変わらずマンションを望遠カメラで見張っていた。
カメラは三脚で固定し、巨大ズームレンズでツカサの部屋の窓が全て入る範囲にしてある。
人影が見えたら、ズームすれば良いわけだ。
ただし、顔はファインダーにつけているわけではない。
デジカメなので液晶パネルがあるし、マンション入り口を見張らないと意味がない。
ここ一週間、通いのヘルパーも本人も、マンションには帰っていない。
撮影などは滞りなく進められていることから、何らかの理由で、ツカサは都内のどこかに潜伏しているらしかった。
ただし、尾行は常にまかれ、ツカサの隠れ家は全く不明だった。
だが、必ず帰ってくるはずだ…。
長安は考えていた。
おそらく自宅には、そのまま業者に片付けさせるにはマズ過ぎる変態の本性を露にするものが保存されているはずなのだ。
ただし、ここで探偵気取りで侵入などを試みるのは素人だ。
芸能人の入るマンションは、それなりにセキュリティもしっかりしている。
しかも、犯罪を犯して何かを知り得ても、雑誌媒体では発表するわけにはいかないのだ。
せいぜいゴミ漁りが精一杯であり、それもダストルームから公道にゴミが出された、回収までの数時間に済ますしかない。
そうして長安が睡眠不足の目を擦りながら凝視しているマンションの部屋の中に、空中から塵のようなものが集まった、と思うと、少年のおぼろな影になり、やがて白井邦一に凝集した。
白井は、白いスニーカーのまま、
「参ったな、今日は…。
こう忙しいと、顔を盗む暇もない…」
言いながら、ブラインドの閉まった暗い部屋に、電気もつけずにバタバタと走り、年代物の衣装箱を開けた。
中に入っているのは、盆栽のような一本の木だ。
長細い葉が垂れている中を女のような細く艶やかな手が探ると、黒い鞘が見つかった。
「まあ、出来が良いとは言えないけど…」
白井は鞘をもぐと、木鉢の上で鞘を割った。
中から、白い粉が落ちてきたのを、集めて木枠に固めると、錠剤が出来上がった。
中里真梨は、やきもきしながら、学校の屋上扉の前に立っていた。
屋上へは教師の許可がなければ出られない。
一応フェンスは張られているのだが、高校生ともなれば、出たいと思えばあらゆる手を尽くして出てしまう。
だから屋上へ出るための三畳間ほどのスペースは、すっかり物置となり、普段は人など立ち入らぬ薄気味悪い所なのだが…。
「ああ、待った、中里さん」
白井がのんびり階段を上がってきた。
「薬は!」
噛みつくように叫ぶ中里に、白井はラップに挟んだ錠剤を降って見せた。
「僕からもらった、なんて言わないでよ」
白井は微笑むが、中里は。
「だけど、なぜ、あんたなんかが薬を運ぶのさ?
いつもの男はどうしたの?」
顔を盗んでいないため、変身出来なくなっている、とは白井は言えない。
白井、ことツカサの影は、無限の変身とテレポートに近い移動能力を操れる反面、常にエネルギーの供給が必要だった。
ことに、今のように白井で居続けるのは大量にエネルギーがかかる。
顔泥棒のウィークポイントだったが、とはいえ学校で顔を盗む訳にはいかない。
白井でいると同時に別の高校生には、さすがになれないからだ。
学生連合の仕事は、ゆっくり進めていたのだが、しかし、この学校に限って言えば、かなり餌食は増えていた。
真梨は引ったくるように錠剤を奪った。
何でも、急にライブが決まったらしい。
美声は薬のおかげ、とバレる訳にはいかない真梨は本当に焦っていたのだ。
そのまま階段を下りた真梨だったが、
「白井って、なんかツカサに似てるね…」
誉めるように囁いて走り去ったが、白井は顔面蒼白になっていた。
変身が解けてしまったら、ツカサとしても、かなりピンチなことになる。
ツカサは、ここ五年ほど顔泥棒が使っているギミックだが、それもまた、彼の本当の正体では無かった。
彼は二十代から歳を取らずに、半世紀を過ごしてきていたが、若い人間から顔を盗まないと、やがてエネルギーは枯渇して、本人も知らない半世紀を経た人間の姿が現れてしまうのだ。
白井は、煙となって消えるのも危険と考え、隠れるように階段を降りた。
どこかで、顔を盗まなければ、大事に育てたツカサの死を、顔泥棒は見ることになる。
それは、他人から多く獲得した、ツカサの多彩な才能の死でもあり、また一度、死んだら、顔を盗んだとしても、失った才能は戻らないのだ…。
白井で居続けるのは、マズい…。
よろけるように校舎裏に出た白井は、顔を隠しながら学校を飛び出した。
若い人間なら、もはや誰でも良かった。
コンビニに飛び込むと、あまり高校生と変わらないような少女が、品出しをしていた。
白井は声もかけずに、少女を襲った。