25薬
誠は勇気を連れて帰ってきた。
誠は色々、あれこれと動いていたのだが、勇気の方は、このままでは終われない、とばかりに、一人、指令室の廊下で、じっとベンチに座って待っていたのだ。
そこに川上が主人が帰宅した愛犬のように駆けつけ、何故かカブト、レディ、小百合、ユリコ、ハマユまで集まっていた。
女子がいるとカブトは完全に猫をかぶり、美形の弟として女子受けする態度を演じる。
誠は今までの流れを皆に話した。
「謎の薬?
一時的に影が使えるのか?」
ユリコは首をかしげた。
「おそらく、そういう影なのだと思います。
小柄な少年が格闘チャンピオンを殴り殺すほどのパワーです」
「あれ?
今、学校で誰かが、なんか話してたぜ。
アプリで課金すると薬をもらえる、とか」
川上の言葉にユリコが、
「なんだそれ、スマホから薬が出てくるのか?」
「郵送だと足がつきそうですよね?」
と誠も首を傾げた。
「宅配みたいに、個人のミニバンとかで運んだら、特に目立たないんじゃない?」
小百合が言えばカブトも、
「チャリで運ぶんだよ。
絶対バレない!」
各自、情報収集をしよう、という話しになって散会したが、むろん、勇気は残っていた。
隣から見られるのが嫌なほどの思春期症状を呈している勇気が、ユリコたちjkにオネショの話を聞かれるわけにはいかないのだ。
男のプライドだった。
「ペナンガランは簡単なんだけど、あの水の化け物は、一旦捕まったら逃げられない奴なんだ」
どーしようかな…。
と、誠も頭を悩ます。
「じゃあ、俺もやってみようかな…」
不意に勇気が言い出し、誠が聞くと、
「学生連合だよ!
強くなるんだろ?」
誠は慌てて勇気を止め、
「何か体に残るかもしれないんだ。
いや、無目的に慈善事業をするはずが無い。
使うにつれ、何か体に影響があるのは間違いない!」
学生連合の仕事の一端を、誠は気がついた気がした。
「何度か使ううちに何かが残る?
まあ、影繰りの力なら、確かにありそうだが、しかしアプリを作ったり、手がかかっているな」
アクトレスは唸ったが、麻薬犯罪と同じと思えば頷ける部分もある。
とはいえ、今の段階では全てが仮説に過ぎなかった。
学生連合のアプリを誠も入手すれば良いのだが、おそらくGPSなども関連する恐れもある。
今の段階で迂闊に手を出さない方が安全だった。
昼食を基地で取り、ピッタリと張り付いている勇気をどうするか、誠は頭を悩ませていた。
水の怪物がいる以上、勇気を伊豆には連れていけない。
そういう誠の逡巡を勇気なりに察したものか、ハンバーグランチを食べながら、
「なあ、俺は水の中でも平気なんだぜ」
「いや、あれはただの水じゃない。
捕まったら、逃げられず、万力のような力で潰される」
虫と子供は理解できない誠だが、生真面目なので、説明はキッチリとした。
「奴は無敵なのか?」
「いや、凍らせるとか、あるいはセメントを混ぜるとか、やりようによっては、その場はしのげないこともない。
ただ、たぶん影繰りは別にいると思う」
「ふーん…」
しばらく黙り込む二人だったが…。
「そうか、空はたぶん飛べないな」
誠は思い付いた。
水の化け物は確かに強力で、倒しようも限られているが、水の質量があったら、おそらく飛行はできない。
ペナンガランは空を飛べるのだから、空中戦なら水は無視できるかもしれない。
「そうだよ!」
勇気も飛び上がるように同意した。
誠と勇気は、その日二度目の伊豆へと向かった。
音速で飛んでも、伊豆の空はピンク色に染まっていた。
一日中、誠は勇気をくっつけて歩いていた事になる。
まあ、虫にしてはおとなしい方だった。
森の上空をしばらく飛ぶが、なかなかペナンガランは現れない。
どちらも影繰りが操っているとすれば、水の怪物を避けているのは見えみえかも知れなかった。
だが、誠は颯太や真子、田辺や中村を使うことができる。
森を探すと、
(どうも、南側に変な木が生えている一角があるな)
勘のいい田辺が見つけだした。
そちらに向かうと、黒い柱のように無数のペナンガランが飛び上がってきた。
「勇気、やれるか?」
「頑張る!」
勇気にすれば、一日中、待っていたのだ、数が多いから、などで二の足は踏めない。
とにかく、三角定規の銃を撃ちまくった。
バチン、バチンと弾けるようにペナンガランは落ちていくが、森から次々と上がってくるので、数が減らないどころか、夕日の空を覆い隠すほどの化け物の群れに育っていた。
これは適当に繰り上げないと、身が持たないな…。
勇気の疲労も考え、誠は黒い翼を開いて無数の影の手を広げると、一気にペナンガランを殲滅した。