23子供の喧嘩
「なんだ! あれ!」
勇気も驚いた。
事実、水の怪物では銃も近接戦闘も通用しない。
カブトやレディの火炎も効かないし、唯一ハマユさんの氷は効きそうだが、多分、影繰りは別にいるだろう。
その意味では決定的なダメージにはならない可能性が高い。
誠にしても、影の手も透過も、この水の化け物が相手では決定的な勝利を掴むことは難しかった。
しかし…。
前の時も今も、誠たちは全くランダムにここに来た。
前回は、もしかしたら尾行などもあったかもしれないが、今回は不可能だ。
だが、水の化け物は現れた。
こいつら、山に住んでいるのか?
誠は困惑した。
一日二日なら、今の時期、山にキャンプをするのも楽しい娯楽かもしれないが、何日も続いたら相当の苦行だ。
内調でもテントを背負って登坂訓練、などもあるが、誠は全く眠れなかった。
布一枚で外気と区切られている、のが気持ちいいと思えないものには、夜営は相当の苦痛のはずなのだ。
長丁場を見越して、どこかに小屋でも建てているのだろうか?
簡単なプレハブであれば数日で建てることも不可能ではない。
地面の冷気を避けるためにすのこ程度の床を張ったとして、簡易ベッドでもあれば随分夜営も楽だろう。
ただし、重機などを入れれば、当然一目につく。
伊豆は、山とはいえ、全くの秘境ではない。
むしろ、相当の山奥でも観光客の出入りし、その分地元の人間も手を入れている、人の入る山々だ。
勝手に小屋など建てたら、たとえ山道でも必ず見つかるはずだ。
しかも、人の出入りがあれば、毎日の食料、燃料、洗剤や医薬品など、最低限度の生活必需品があり、
洗濯したりゴミが出れば、どんなに隠したり埋めたりしても、地元の人間が見ればそれと判るものだ。
煮炊きをすれば煙や臭いは、深山であるほど遠くまで届く。
だいたい、獣の動きが違ってくる。
それが無いとするならば…。
相当周到に、地元まで巻き込んで、組織だった活動をしているとしか思えないが、それにしても、何故、誠を知覚出来たのかは謎だ。
影繰りの感知能力としか思えなかった。
「勇気。
あれはヤバい。
ひとまず逃げるぞ!」
勇気は黙って頷いた。
誠は、超音速でその場を離れた。
「あの辺に秘密基地を作っている、って言うのかい?」
アクトレスは顎を撫でた。
「そうとしか思えません。
定住していなければ、あの早さは考えられない」
「まーそういうが、伊豆って言うのは、けっこう目立つ場所だぞ。山の中まで温泉も幾つもあるし、登山道も整備されて、ジオパークになっている」
永田も懐疑的だった。
「まー、とはいえ広いから、全く不可能とも言えないが、なんであんな不便なところに、とは思うね。
山なら三浦半島で構わないだろ?」
アクトレスは首を傾げる。
誠も、何故かは判らなかった。
木の葉を隠すなら森、と言った推理作家がいたそうだが、ペナンガランでは逆に目立ってしまう。
むしろ、都市部だったら、幽霊で済むかも知れない気がした。
「何か特別なものがあるのかも、ですよ。
フレデリック・ブラウンも木の葉を隠すなら森、と言っています」
竜吉は、誠の肩を持った。
浜離宮地下に移転した内調本部の指令室は、竜吉の影に覆われると、普段の数倍から数十倍の機能を発揮する。
飛ぶ小鳥から、木を這う昆虫まで捕捉可能だ。
当然、桜庭学園の方までよく見える。
「おや、喧嘩ですね」
ナビゲーターの一人が語った。
大門駅に近い路地で、学生服の男子が一対一の戦いをしている。
「というか、一方的にやられてるね…」
子供の喧嘩だ。
アクトレスはのんびり語った。
「ええ。
しかし、そのボコられているのは、この前の総合格闘技の大会で優勝したSAITOですよ」
竜吉は教えた。
え、と誠も画面に目をやるが、チャンピオンは見る影もなく殴られ蹴られ、技も出せる状態ではなかった。
「ありゃあ、殺されかねないね…」
頭を掻きながら、アクトレスは傍観した。
竜吉が警察に通報したため、SAITOは死ぬには至らなかった。
ただ、顎を砕かれ、鼻を折られ、片足は太ももを折られていて全治数ヵ月の大怪我だった。
別に内調は影を扱う幻の組織なので、子供の喧嘩など問題にもならない。
ただ、警察に防犯カメラ映像は提供された。
海野は、元々は警察において尋問の鬼と称された人物だった。
鬼と言ってもドラマであるようにネチネチ苛めるようなことをしたり、暴力を振るったりはしない。
現実にそんなことをすれば、大概の人物は口を閉ざすだろう。
むしろ、世間話をし、昔の話をし、事件など忘れさせる。
忘れると、おかしなもので、ポロリと隠していたはずの言葉が口から零れてきたりする、その手練手管に長じることをさして鬼と言われた。
内調に出向してからは、青山と行動を共にし、青山が心を見る助けをしていた。
が、元々警察なので、いつものようにブラリと浜松町の警察署に顔を出し、喧嘩のあらましを聞いてきた。
子供の喧嘩など内調の仕事ではないのだが、なんとなく引っ掛かる、と海野は語った。
「この映像なんですがね…」
長田やアクトレスの前でも、海野はいつもの調子だ。
「ほら、チャンピオンの坊やを倒したと言うのは、この小柄な子なんですわ。
背格好は誠くんぐらいかな?
まあ、君ほど賢そうじゃないが、かといってヤンチャとも見えない…」
「最近はそうだって言うなぁ。
ごく普通の姿なんだよな」
子を持つ父親の永田は、嘆くように語った。
子と言っても、生まれたばかりだが。
最近は禁煙外来に通うようになり、盛んにメンソールのタブレットを口に放り込んでいる。
映像では、どうもチャンピオンは相手を侮り、初撃にいいパンチをもらってしまったようだ。
「対格差は二三十キロはありそうですね」
誠も唸る。
「厳密にはチャンピオンが七十七キロ、全身筋肉です。
対する相手は四十一キロ、おそらくダンベルも持てないような貧弱な筋力です」
竜吉の説明に、アクトレスは、
「よほどいいカウンターでももらったかね?」
にしろ、大人と子供ほどの体格差、筋力差があった。
「画像で見ると、いくら侮っていても、よそ見しているわけでもないチャンピオンがもらうようなパンチには見えませんね?」
あまり腰も入っていない、手打ちの一撃であり、身長差も頭一つ分はあるため、余計に手打ちになってるように見える。
これをチャンピオンは顔面正面に受けて、鼻を潰す。
竜吉の影の力もあり、飛び散る血まで、克明に見えた。
「あの、戦う前に、勝った方の少年が、なにかを口に入れてますね?」
竜吉が巻き戻すと、確かに、錠剤的なものを口に入れ、噛み砕いていた。
「ドーピング?」
誠は首を傾げるが、長田が。
「さすがに、これほどの力の差を埋める薬はないだろう。
半年かけて筋肉増強した、とかなら、まだ判るが、これじゃ薬物を吸収もしてないんじゃないか?」
と語るが、竜吉が。
「一瞬、影の力が、発生してますね」
え、と全員が驚いた。