店
「よう、大きな仕事があるんだけど手伝ってくれないか?」
長安は、渡辺龍と大学の同期生だった。
今は某有名出版社勤務、と言えば聞こえは良いが、スキャンダル雑誌で名を売っている週刊誌の記者だ。
渡辺龍は長く、公にできない案件を受ける私立探偵だった。
主に影絡みの事件を受け持っていたのだが、そういう仕事は常にあるわけではない。
あるときは寝る間もないほど忙しいが、暇なときは数ヵ月日照り続き、ということもある。
アイチは、暇なら暇な方がいい、という変な奴だったので、相性がよかった。
何しろスケボー一つで北海道まで行く奴だ。
どこででも、金があろうが無かろうが生きていける、野良猫のような奴なのだ。
が、渡辺龍は、そうは行かない。
事務所に住み込み、簡易ベッドというより寝椅子で寝て、一合の米で何日も暮らす。
だから長安が有りがたかったのだが、今、一応、今の渡辺は公務員だった。
が、外回りだし、暇なことは変わらない。
臨時収入は大歓迎だった。
「なんだい、大仕事って。
お笑い芸人の浮気か?」
ほんの十数年前なら、芸人が浮気したなどニュースにもならなかった。
せめてトレンディ俳優とかなら文屋も動いたが、芸人などは何段も下に見られていたのだ。
それが国際的な賞を取ったり、文学賞をもらったりして、当人たちは羽振りよくやっているが、いつの間にやら芸人が浮気しただけで日本中が揺れるような騒ぎになってしまった。
社会的な地位が高くなる、と言うのも考えものだ。
「ほらツカサっているだろ?」
「あー正統派のスキャンダルか!」
今、男優で一面を飾れるのは、特定の事務所のグループか韓国のスターになってしまったが、確かにツカサは世間を騒がすネタにはなりそうだった。
が…。
「奴は、非の打ち所が無いほどクリーンなんじゃなかったか?」
子役の頃から、事務所も丁寧に育て、結婚適齢期の今でも、女の影すら見当たらない、と聞いていた。
「ああ。
女はいない。
ただ、国籍を詐称している疑惑が出てきたんだ」
「は?
だって、ずいぶん子供の頃から露出してただろ?
今頃、そんなのが出てくるのか?」
「それが、かなり黒い中華系東南アジアのマフィアらしくてな…」
長安は声を潜めた。
「事務所共々、クリーンに見えて、実はかなりヤバイところの下部組織に当たるらしい」
浮気ぐらいなら記者に実害は及ばないが、海外マフィアとなるとそうは行かない。
特に第二時大戦の戦勝国系のアジア諸国に対しては、昭和の時代、日本はサンドバッグのように責められ、数々の譲歩が繰り返されてきた。
物的賠償に限らず、ほぼ無制限に国籍を与える、生活保護や国民健康保険に加えるなど、今もザルのように海外に流れている国家予算は数知れない。
病気になったら日本国籍を取って生活保護を受け、日本人もなかなか入れない大病院で無制限の治療を受ける、など、容易い事なのだ。
当然、そこにはマフィアも絡み、日本国籍を取ったり生活保護を受けるルートを斡旋、儲けた金は麻薬密売や銃器の売買など、さらに日本で儲ける手段を広げていく。
彼らは日本の法律だけには縛られないため、迂闊な行動は影繰りの渡辺であっても無傷で済むとは限らない。
「おいおい、それ、本当にやるのか?」
一部、右寄りと誰でも判るような雑誌ならば、ある程度の事は書ける。
左寄り、と称する新聞が判りやすい反論を加えたり、様々に妨害をするので、逆に安全なのだ。
が、長安の雑誌は、ある意味、国民的スキャンダル雑誌だった。
ここがやるのは、さすがに…。
渡辺でなくとも、そう思うだろう。
ましてや国民的な芸能人の話なのである。
「むろん、全部はやらないさ。
最初は、まあ、いけない店に出入りしている、って、そこをブチ上げる」
「まーそのぐらいなら、奴もある意味、いい歳だし、セーフティゾーンだな」
長安は悪どく笑い、
「まずは王子様の金箔から少しづつ落として、年末辺りに国営放送が引っくり返るようにやらかすわけだ…」
渡辺は白い目を長安に向け、
「お前らの会社、戦争するつもりかよ?」
あんまり火をつけすぎると、洒落にならない大火になってしまう。
長安自身だって、確かローンを組んでマンションを買ったばかりだった気がするが…?
「それが、ゴーサインが出ちまったんだよ!
やれるときにやる。
それが文屋魂ってもんだろう!」
こいつ、長生きできねーな、と思いながらも、渡辺は引き受け、どこの駅にもある喫茶店を出た。
いけない店は、北千住にあった。
どうも不法滞在の女の子がたくさんいるらしい。
仕事でなけりゃあ、むしろ客として訪れたいくらいだが、渡辺はコインパーキングに止めて、店を見張った。
男も来るが、別に入り口があり、女も来る。
つまり、健全な不法店では楽しめないような、アブノーマルなお楽しみの数々が、SでもMでも男も女も、思うさま楽しめる、という訳だ。
ここに王子様がねぇ…?
渡辺は、粒ガムを口に放り込む。
と…。
小柄な男が、大量生産の上着をフード目深にかぶって、店の狭い階段を上った。
こういう場合、靴を見るのが鉄則だ。
服は日本中の系列店で同じものが手に入るが、靴は違う。
むろん一足を履き潰すような経済力ではないが、かといって靴まで数千円の安物を、金持ちは履かないものだ。
小柄な男の靴は、スニーカーだが、おそらく日本では手に入らないマニアックなものだった。