0怪異
フラッシュが強すぎて、白く飛んだような、どうも人の顔のようなもの…。
ブレブレなので、人形でも判らないのだが、どうも人間の顔のように、見ればみえた。
「疑うかもしれないけど、あたしは目の前で見たのよ!
女性の顔の怪異だったわ!
あたしたち、一キロ近く追いかけられたのよ!」
写真の下の記事に、確かに追いかけられた旨の文章が書かれていたが、どうも文章が支離滅裂、という印象だった。
静香が嘘をつくはずもないが、この記事で話を信じる奴もいないだろう。
「面白い文章だね」
とは言ったものの、やはり学生の文章だからか、どこをどう逃げたとも読み取れなかった。
誠が、報告書を書きすぎ、厳しい美鳥に仕込まれ過ぎていたからかもしれないが…。
その頃、神奈川の酒匂川で、井口は趣味の鮎釣りに夢中になっていた。
友釣り、引っかけなど色々な釣り方がある鮎だが、今、井口が夢中になっているのは、ルアーで友釣りを擬態する鮎ルアーという釣り方だった。
技巧を駆使してルアーを操らなければならない釣り方だ。
釣りというスポーツは明瞭であり、下手だと絶対に釣れない。
野球ならタイミングが良ければ素人でもヒットぐらい打てるかもしれないし、シュートもできるかも知れない。
だが、釣りに偶然はない。
海釣りなら、間違って、ということもあるかもしれないが、あゆは絶対に釣れない。
静かに水の中に入り。
ルアーを流す。
流れに乗るように少しずつルアーを伸ばしていき、また引いていく。
ルアーの重りを調節し、アユが苔を食べているように見えるよう、操っていくのだ。
数匹のアユがかかったが、気がつくと数時間、パッタリ魚がかからなくなった。
まだ時間は早いが、どうも空気が重い気がする…。
空は至って明るいのだが、しかし山の天気は変わりやすい。
そして、荒れた、と思ってからバイクで伊豆の山道を走るのは、可能なら避けたい荒行だ。
そろそろ上がるか…。
井口が思った頃、山の奥から、
キリキリキリキリ…。
少しヒグラシにも似た、わびしい鳴き声が、聴こえてきた。
「それから山道を出るまで、ずっと追われたんだよ…」
井口は、真新しいロッカールームのベンチに座り、カブトや誠に恐怖を語った。
「何に追われたのか判らないんですか?」
誠は聞いた。
「馬鹿野郎。
山道とはいえ、バイクの速度で追ってくるんだぞ。
振り向いたりしたら、そのブレで、間違いなく追いつかれる。
まず80キロは出していたしな…」
「えー、山道でそんなに出したら、死にますよ普通?」
カブトは面白がっている。
「なんすか?」
汗を吹きながら川上が戻ってきた。
「オバケが出たんだよ!」
ケラケラとカブトが笑う。
隣にレディがいると、もっと大人しめに振舞うカブトだが、いないと突っ込みも厳しかった。
「冗談じゃないんだよ。
俺はしばらく、アユ釣りに行けないよ」
井口は肩を震わせた。
冗談とも思えないが…、と誠は思い。
「その酒匂川って、蘆ノ湖に近いんですか?」
ん、と井口は考えて、
「まー、山だから直線距離は関係ないが、地図上では近いと思うよ?」
距離は1キロでも、山が違ったら、道を歩けば30キロ、40キロある事だってある。
マタギは崖や道なき道を渡って、距離を潰すというが、常人が道を歩けば、そうはいかない。
相当の山の上級者でも、それは同じだろう。
誠は、一応、と断って、学校新聞web版を見せた。
「まー見てないから、これがそうだ、とは判らないが…」
と、断りながらも。
「このヒュヒュヒュヒュ…、って鳴き方は、俺が聞いたのとよく似ているんだよなぁ」
「キリキリキリって言ったじゃん!」
と嘲笑気味のカブトだが、レディが、ミオの特訓を終えて、ロッカーに返ってくると、
「あ、兄さん!」
タオルを持って、駆け付けた。
「ブラコンは、誰かが後付けしたのか?」
井口は、声を潜ませた。
アメリカに海外逃亡する寸前、カブトはレディを殺そうとしていたのだ。
「いやぁ、あれが地だ、ってレディさんが言ってましたよ。
皆に隠していた家庭の姿が、出ているそうです」
誠は教えた。
「誠ッち、あの兄弟に絡め取られてるねぇ…」
事件があったとき、川上も一つ年下で桜庭学園にいたため、だいたいの事情は知っていた。
別に普通に接しているが、カブトの怖さも川上は身をもって体験していたのだ。
「あ、ペナンガランだって!」
背後で声がした。
勇気や樹怜悧、義郎も早朝訓練をしていたようだ。
「おいおい。
まだ小学生にそんな訓練、早いんじゃないか?」
井口が疑問を口にするが、青山がバスタオルで体を拭きながら。
「水泳やストレッチ、無理のない運動は取り入れた方がいいそうだよ。
彼らも、まだ入り口だけど成長期には違いないんだ」
と教えた。
今は青山が一緒に指導している感じらしい。
「俺、ペナンガラン知ってるぜ!」
勇気が叫ぶ。
妖怪アニメの敵役で出てきたらしい。
おそらく、静香のネーミングもその辺から出ているのだろう、と誠は思った。