152箱
誠はゆっくり、竜吉の説明を聞きながら巨大ロボとトンボ怪人が空中戦を繰り広げている浅草寺上空に向かった。
どうも、話を聞いた限りでは、トンボ怪人の手に持っている正方形の箱が問題のようだ。
これを壊すと大変な事になるのだという。
迂闊に攻撃できないし、また、この怪人が浅草に大量のカマキリを発生させているので、こうして逃げ回っているだけでカマキリが街に増えていく。
未だカマキリ達は、この大混乱の浅草の中で、影繰り以外とは戦っていないのだが、一旦、これが暴れ出せば数が数だけに手に負えなくなる。
だが、このトンボ怪人はロボットの追尾型ミサイルも、下からの良治さんのナイフ攻撃もヒラヒラと避け、捕捉ができず手を焼いていた。
(接近して挟むか?)
颯太は張り切るが、それだと小学生たちのロボットが攻撃できなくなる。
「誠君!」
信介から電話があった。
「なんとか奴から箱を奪って僕に渡してくれ。
箱はこちらで解決できる」
なにか名案があるらしい。
誠はニ十二の影の体を出してトンボ怪人と平行飛行させ、箱に影の手を伸ばした。
四方から伸びてくる手に、流石のトンボ怪人も戸惑ったのか、田辺の手に箱が移った。
田辺は信介に箱を渡す。
「ありがとう誠君!」
信介は叫ぶと、
「田中、頼む」
田中は無表情に箱を受け取ると、その場から消える。
自身の影、ゲーム空間に入ったのだ。
これでは、誰も田中を捕まえることは出来ない。
「よし、それじゃあ福!
大漁丸だ!」
大が叫ぶ。
福と大が手を取って、
「大漁丸!」
と叫ぶと、大漁旗が空にはためき、その絵の中の大漁、と一枚帆を掲げた船が空中に浮かび上がった。
舵を取るのは大、福は手際よく網を用意していた。
「よーし、投網だ!」
熟練の技術で福は網を投げる。
空中で大きく広がった網に、トンボ怪人が捕まった。
「よし!
俺達が決めるぜ!」
勇気は叫び、
「必殺、フラッシュビーム!」
ロボの額からビームが放たれ、トンボ怪人に命中した。
どん!
と派手な爆発と共に、トンボ怪人は粉々に爆散する。
「よっしゃ!
カマキリは……」
叫んだ飯倉だが。
カマキリたちは、動き始めていた。
「消えないのか……」
本体を倒せばどうにかなると思っていたのだが。
カマキリたちは、今までは浅草をぐるぐる歩き回っていたが、今は、一方向へ動き始めていた。
「全てのカマキリが、隅田川に向かっています!」
誠はデバイスに叫んだ。
「おいおい、こっちは手一杯だぞ!」
カブトは叫んだ。
川から、どんどんと黒い水死体が上がってくるのだ。
もう何十も爆破していたが、まだ止む気配もない。
また、カッパや半魚人のような怪物も、無数に上陸していた。
芋之助は、影の剣をスルリと抜いた。
あちこちから、カマキリが隅田川に向かって殺到してくる。
誠は国際通りを幽霊の一人国川に見てもらった。
警察が厳重なバリケードを築き、警備している。
「小百合さん、それに美鳥さんも、川に来てください!
何かが起ころうとしている!」
皆は素早く動いた。
白井は全ての花を浅草に配置し、墨田公園で笑っていた。
「遅いよ。
もうカマキリは六百、充分な数がいるんだ」
華木が唸る。
ドローンは濃密な土と砂の中を進み、動けなくなり、キャタピラで逆走していた。
「沖田さん、残念ながら、これは生物じゃ無いわ。
土と砂の集合体よ」
ある意味、大森の思った陶器というのは当たらないにしても近いところだった。
焼きを入れるまでの陶器、つまり粘土に、その組成は近かった。
「で、でも待ってください!
泳いでましたよね?
どう見ても魚類でしたよね?」
「ドローンが回収できたら、その秘密を調べられるだろう。
思うに、土や砂を、ある種の菌のようなものが一つにまとめていたんだ。
なぜ、魚のフリをしていたかは、今のところ大自然の驚異としか言えない。
あるいは、小さな魚の巣が集まっていたのかもしれない」
砂地を固めてトンネルを作って産卵する魚は少なくない。
それがコロニーを作った、とも想像できた。
問題は、それが超特大のコロニーで、しかも一見、どう見てもサメだった事だ。
「分かった」
と、リーキー。
「では沖田博士、東京湾を泥だらけには出来ない、破壊しても問題ないね?」
「い、いや、それでも未知の生物である事に変わりないですよ。
どんな魚のコロニーにせよ、ここで破壊は……」
大森は抗議するが、沖田は、
「東京湾は大規模な港なんだ。
百メートルのサメ、数万トンの泥が沈殿したら東京湾の機能が麻痺してしまう。
生物学的な興味は尽きないが、コンテナやタンカーが入れなくなったら東京は死ぬんだ」
沖田は言った。
リーキーはあらかじめ自衛隊に準備をさせていた。
敵が何かの意図を持って行動している以上、数分の遅れでも決定的な結果につながる。
「それでは沖田博士。
うまくすれば数日後には土を検査できるよ。
面白いものも発見できると思う」
もし、うまく全てが未然に収まれば、だが。
ロボは川に向かうカマキリを掴もうとするが。
カマキリは嫌がるように羽ばたき、ロボの手を逃れた。
無数のカマキリたちが、錯乱する人間たちを尻目に、殴りかかるものからは逃げながら、まっすぐ川を目指していた。
「なんで川なんだ?」
走りながら川上は、わめいた。
「カマキリって、水辺に集まるべ……」
小百合がつぶやく。
「僕、溺れてるカマキリを見たよ」
ユリは言う。
「カマキリって溺れるのか?」
川上に、ユリは。
「寄生虫なんだ。
ハリガネムシって、カマキリの何倍もの長さの針金みたいな虫が、カマキリのお腹に入ってて、水に入るとスルッと出てくる」
「き、キモいな……?」
川上はおぞけた。
自衛隊が戦闘機をスクランブルさせた。
東京湾まで、およそ十分だ。
だが。
「管制塔、無数の鳥が行く手に集まっている!」
レーダーが真っ黒く見える、大量の鳥。
それがペナンガランであることまでは、音速の飛行機には判らない。
サメが沈んだ。
ええっ! と、それが土である事を知っている沖田たちは、飛び上がって驚いた。
サメは、上空から見えないように沈み、
船を避け、速度を上げて、やがてレイボーブリッジが見えるほどの位置に進んでいく。
「ちょ、ちょっと待て、こんな場所でミサイルは使えないぞ!」
自衛官は叫んだ。
東京湾は海の超過密水路なのだ。
そこにミサイルを打ち込むなど狂気の沙汰だった。
小百合の髪が、カマキリを捕らえた。
と。
カマキリの腹から、黒い鉄柱のようなものが地面に落ちると、自らミミズのように地を這って川に向かった。
細めの丸太ほどもある、長さは電柱ほどの寄生虫だった。
「ハ、ハリガネムシ?」
特大のハリガネムシが、隅田川を目指していく。
カブトやユリコは水死体と半魚人で手一杯だった。
カマキリたちは、警察のバリケードを飛び越えて、そのまま川に向かう。
芋之助が斬るが、カマキリは死んでも、遺体からハリガネムシは飛び出てくる。
美鳥や中居、高屋たちが応援に来るが。
カマキリは、今やイナゴの群れのように空を飛び、しかも自ら川に落ちていく。
「なぁ、死ぬんだったら良いんじゃないの?」
カブトは言うが、誠は川の中を見ていた。
「川底に穴を開けて、土に潜っていきます。
おそらく、これが目的だったんだと思いますが、しかし何の意図があるのか?」
電柱のようなハリガネムシたちが、六百、いや一匹のカマキリに寄生虫が一匹とは限らなかった。
数匹が入っている場合もある。
それらがどんどんと地下に進み、関東ローム層を突き抜け、尚も潜っていく。
ぐらっ!
地震が起こった。
「わ、なんだ!」
川上が、よろける。
スカイツリーの真横を、飛行船が通り過ぎていく。
百メートルを超える巨大な飛行船だ。
下には、何千というロープで木が吊るされていた。
そのガラス一枚隣では、遺体が回廊を歩いていく。
スカイツリーの階段へ出て、並んで降りてくる。
猫たちは待ち構えているが、外では……。
北十間川とトラックから出てきた歩く遺体たちが、警備の警察を駆逐しつつあった。
なんとかコロニーから抜け出したドローンが、レーダーに奇怪なものを映していた。
今までサメだった魚影が、細くなっていく。
すぐにウミヘビのように細くなって、明らかに隅田川へ向かっていた。
沖田たちの上空が、不意に暗くなる。
へ、と空をみあげた三人は、ベナンガランに埋め尽くされた空を見て言葉を失った。
「か、顔が飛んでいる……?」
その何千、何万の顔たちが、悲しげな、
キリキリキリ……。
悲しげな鳴き声を残しながら、東京方面に飛び去っていった。
「あ、サメは!」
沖田の声に華木が目を落としたときには、ヘビへと変貌した生ける土は、速度を上げてレイボーブリッジを超えて隅田川へ向かっていた。
破壊しそこなった!
リーキーは折れるくらい鉛筆を噛んだ。
しかし巨大ハリガネムシが関東ローム層を突き抜けて、誠でも追えないほど深く潜って行った?
一瞬、地震が起こった?
人口地震でも起こそうとしているのか?
地下で核爆発などを起こす事で人工地震は起こす事が出来る。
だが、それが本物の地震にならないことは科学的に立証されていた。
地震を起こすにしたって、なんで浅草なんだ?
リーキーの日本の知識は、前に日本を攻撃したマットドクターの集めた知識とウィキペディアぐらいのものだったが、特に浅草にこだわる理由は判らない。
あえて言えば江戸時代に埋め立てられる前は海辺であり、浅草海苔などにその名残が残っている。
つまり、浅草より先の隅田川は全て埋立地であり、地盤は緩いかもしれない。
もし、そんな話だったら浅草以南は品川の辺りまで液状化などの大災害に見舞われることになる。
もし仮に、そんな規模の人工地震が起こった場合、百年以上前の1923年9月1日に起こった関東大震災の震源地と言われる相模湾沿岸にも強い刺激を与えかねず、そのプレートにダメージがあれば東海地震なども雪崩式に巻き起これば、三陸沖地震を超える規模の大地震となる恐れもある。
無論、そこまで飛躍することはほとんど考えられないし、第一、ハリガネムシが核爆発を起こすとは考えられず、仮に核を使ったとして人工地震が広範囲な地域に影響を起こす事はほとんどあり得ない。
問題があるとすれば、巨大ザメだ。
サンプルは、百メートルの巨大ザメの、ほんの目くそほどの抽出だけで、粘土質の土、と断定してはいるが、体内に何かが入っていることは、物の大きさを思えば、充分に考えられた。
相当規模の水爆や中性子爆弾、あるいはもっと未知な破壊力を持つ何かがサメの体内に眠っていたとしたら……。
もしプレートまでハリガネムシが届き、そこに岩盤を突き破るほどの破壊力の爆弾か、または、より確実な破壊のために考案されたミサイルなどがあれば、東京の乗るオホーツクプレートに損傷が与えられる可能性もある、かもしれない。
とはいえ一つのプレートは十から百キロメートルの厚みがあり、十キロと仮定しても一つの爆弾が破壊できる岩盤の厚みではない。
例えば恐竜絶滅に至ったクレーターは原爆百億個などと通称される。
そこまでしてもクレーターの直径は8キロだという。
これは広さであり、深さはもっと浅い。
現実的に浅草に限定的に人工地震を起こす事は不可能ではないが、被害は限定的なはずだ。
地震を起こしたとして、ここまで時間と手間をかけて得られる代償は少なすぎる。
地震ではない何かが狙いには違いない……。
リーキーは唸った。




