149箱
大と4人の子供達は、空を飛ぶ、トンボのような羽根の少年を走って追いかけていた。
「あの箱は壊しちゃ駄目だってさ。
落としたら受け止めなきゃな」
大はスマホの話を子供たちに教えた。
「でも、どうやってやっつけるの?」
愛理ちゃんが心配する。
信介さんという、強い人が敵わなかった敵だ。
「まー俺に任しとけって。
お前たちは変身して、箱を壊さないように頼むぜ!」
喧嘩は漁師仲間でも負けたことのない大だったが、流石にプロの戦闘集団である影繰りが相手では、正直自信はない。
が、子供達を不安にするわけには行かなかった。
子供の前では、頼れる兄貴でいたかった。
と。
「おーい!」
アイチがスケボーを飛ばして五人に近づいてくる。
助かったぜ、と大は思った。
奥から飯倉も走ってくる。
彼ら二人は、大よりも強い。
トンボ羽根の少年は、大たちの全速力と変わらない程度の速度で浅草寺に向かっていたが、高度を上げ始める。
ありゃ浅草寺を超えるのかもしんねぇな」
大が言うと、
「または、屋根に乗るつもりかもしれん」
飯倉は言った。
「あの箱は爆弾か、それより悪い何かだ。
人の多いところの方が、切り札感が増すってもんだ」
飯倉の言葉にアイチは、
「んじゃ、ちょっと先回りすっか」
とスケボーを加速させる。
大は子供たちに、
「変身して、あのトンボ野郎が箱を落としたら壊さないように受け止めるんだ。
みんなで協力すれば、きっと出来る」
励ますと、寺の砂利道の小石を拾うと、高度を上げるトンボ少年に、投げた。
元々、アスファルトを割るほどの腕力を持つ大は、物を投げるのも得意だった。
大の手から放たれた石は、プロ野球選手のような勢いで少年に放たれる。
が、敵も伊達にトンボの羽根で飛んでいるわけではない。
複眼でもあるように、広い視野でヒラリと交わす。
「石は危ないぜ」
バイクでは浅草寺に入れなかった良治が、大に代わってナイフを投げ込んだ。
「良治さん!
助かるぜ!」
言って大と飯倉は浅草寺の屋根に登ろうと苦労するが、信介が追いついてきた。
「任せろ!」
浅草寺周辺に影くりが集まった。
スカイツリーではリーキーの指示で撤退が始まっていたが……。
新設されたばかりのチームである上、皆科学者だったため、遺体が動き出す、というリーキーの主張はあまり本気にされなかった。
鳳総理はまだ日も浅く、政党も新しかったため、官僚でもある彼らは、子供のリーキーに指示される現状に納得もしていなかった。
「仏さんを放って逃げろ、だってさ」
「あの坊や、大丈夫なのかね?」
影の研究に関わっていた人物もいるのだが、まだチームの一体感は無い。
「どうしたもんかね」
長年、影を研究してきた長野は言うが、
「まあ、大丈夫っすよ。
一度見れば、分かります」
フフンと笑っているのは猫だった。
彼女は研究チームに帯同していた。
「あっ!」
通路の奥で研究者が飛び退いた。
完全に死んでいる、青い肌の女性が首を持ち上げている。
彼女は、よろり、と力の入らない様子ながら、よろけながら立ち上がった。
「生きていたのか!」
他の職員は歓声を上げるが、彼女の胸には幾つもの赤い染みができており、片手は異様な角度に曲がっていた。
「し、心臓は確かに止まっていました!
脈も無かった!」
研究員はその他に心電図や血圧など医療現場と同じだけの器具を使い、死は確認済みだった。
「うわぁ!
こっちも動き出したぞ!」
女性研究員が叫んだ。
手を、死者に掴まれている。
「さあ、分かったでしょ!
これが影なのよ!
早く機械を片付けて逃げて!」
猫が、女性研究員を助け、
エレベーターと階段に誘導する。
「警備班、来てください!」
数十名の警備班も重装備で動き出した。
本来は海洋資源調査用の水中ドローンが海上保安庁の巡視船から慎重に海に放たれた。
目標は位置キロ先、東京湾に進入し、真っすぐ隅田川に向かっている白いクジラの調査だ。
その大きさは頭から尾まで、実に百メートル。
歴史上現れたどんな海洋生物より大きい。
なので生物ではない、との見解が濃厚であり、ドローン投入に至った。
「潮も吹かんしな」
生物学者の沖田は、機械か、さも無ければイワシの群れのようなものだろうと推測する。
女性研究者の華木と大学院生の大森は、
「いや、シーラカンスとかもありましたしね。
分かりませんよ、未発見のクジラ、いや泳力から見て深海サメの可能性も!」
とワクテカしていた。
クジラは魚類のサメよりも、ずっと泳力が速い。
だからシャチは天敵だがサメはクジラの天敵にはなり得ない。
ドローンのカメラが、ノートPCの画面に白い影を映した。
「おいおい。
ヒレで泳いでないか?」
「尾ヒレの形は……やはりサメですかね?」
大森は興奮して言うが、沖田は、
「バカな!
メガロドンだって、三分の一以下だろう!」
「何万年の間に食性が代わって、ジンベイザメに近くなっているのかも……」
華木はペンを齧った。
「それにしたって、百はおかしいだろ。
怪獣だぞ!」
沖田は唾を飛ばすが、青森は、
「海獣ですしね」
一人でフフフと笑った。
六区で喧嘩が起きていた。
手や顔に入れ墨を入れた男をリーダーにした三人の、いかにもな男たちが、中高生二人に襲いかかったのだ。
元々は中高生が、入れ墨男の顔を笑ったことに端を発していた。
ブチ切れた成人ヤンキーのような三人は中高生をサンドバッグに……、したのではなく、サンドバックになってしまった。
百五十あるかないかの、声もまだ高い少年が、筋肉質な大男を殴る、蹴る、と大立ち回りをしたときは、周りのギャラリーも声援を送った。
舐められる、ともう一人が助けようとすると、もう一人の高校生くらいの、大人しげな少年が、背の高い手足の長いボクサータイプの男と対決した。
少年は軽いフットワークで男のパンチをかわすと、懐に入り込み、見事な跳躍力でニメートル近い男の顎に膝を入れた。
男は崩れ落ち、後がなくなった入れ墨の男が、
「おい小僧ども、謝るなら今のうちだぞ。
俺は総合やってるんだぜ!」
と睨んだが、高校生の方がニヤリと笑い。
「安い脅しだな」
「そうか……」
言いながら入れ墨男は革ジャンを抜いだ。
背中には、ドラゴンのタトゥーがビッシリと刻まれていた。
「中二かよ」
中高生は鼻で笑う。
ちっ!
と入れ墨男は舌打ちすると、革ジャンを投げ捨て、同時に少年の太ももにローキックを撃ち込んだ。
だが少年は、避けもせずキックを受け、
「総合なんてワンパターンなんだよ!」
と叫びながら、入れ墨男に殴りかかる。
入れ墨男は薄く笑い、
少年の顔面にカウンターパンチを打ち込む。
パンチは少年の鼻っ柱に突き刺さるが、一瞬遅れて、少年の拳も入れ墨男に激突した。
入れ墨男の鼻が潰れ、瞬間、顎が曲がって歯が剥き出しになった。
入れ墨男の顔が蹴られたボールのように跳ね上がり、空中に鮮血を撒き散らした。
入れ墨男はそのままギャラリーの列の中に飛び込み、ギャラリーごとボーリングのピンのように倒れていく。
と、中学生の方が、
「次はどいつだぁ!」
とボーイソプラノで叫んだ。
ギャラリーの人間たちが、瞬間、獣のような顔になり、一様に喚きながら少年たちに襲いかかった。