表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャドウダンス4空飛ぶ怪異  作者: 六青ゆーせー
147/153

147

伊豆半島中央部に、アユ釣りの本場ともいわれる狩野川がある。


駿河湾に注ぐ一級河川だが、湯河原にも近く、その隠れ里的な旅館に二人の高校生が昨夜から泊まっていた。


竜吉とピッピは、露天の家族風呂に二人で浸かり、透き通った山の空を見あげている。


元々小学生たちが伊豆で川遊びをした、と耳にしていた二人が、ネットで探した宿だ。


普段はなかなかの高級宿なのだが、オフピークの平日は、割安に泊まれる。


実は、相当ラブラブと見られている2人だが、寝室を共にするのは初めてで、昨日は照れながらお互いのありのままの姿を見せ合った。


なぜ、この時期に……、と言えば、キス魔のピッピは挨拶のように竜吉の首や手を吸うので、竜吉はそっちの上級者、と勘違いされていた。


クラスメートや内調の仲間たちから質問や相談が多数寄せられ、竜吉はネットの知識で誤魔化していたのだが、我慢ができなくなってピッピと、告白とも、喧嘩とも取れる言い合いをした。


それからの流れは達吉にすれば夢のようで、十日も立たない間に理想の一夜が訪れていたのだ。


初めて、あられもない場所にまでキスマークがつき、恥ずかしがって真夜中の大浴場に浸かったが、平日でもあり、誰にも観られずに済んだ。


はぁ、と竜吉は、夢の一夜を振り返る。


空の雲に、幸福がフワフワと浮かんで流れていく。


僕、幸せなんだ……。


岩風呂を枕に澄み渡った空を見あげた竜吉は、呟いた。


「ピッピ。

ほら、飛行船が何かを運んでるよ」


かなり大型の飛行船だ。

大昔の、ツェッペリンやヒンデンブルグぐらいはあるのではないか?


それが長閑なプロペラ音を立てながら、ロープで自然物らしい物を運んでいた。


あれは、木?


かなりの大木だ。


「はえぇ。

ホントだねぇ。

木って、あんなふうに運ぶのかねぇ?」


流石に聞いたことがない。


影のパソコンは水など問題にならないので、出してネット検索するが、あまり飛行船で木を運ぶなど、情報は無いようだった。




(誠さん……)


警備員に縫ってもらった服を着た誠の前に、和服の少女が現れた。


(あれ、君は確か桔梗さん?)


(はい、今まで水分けの神に力をもらい、少し山で過ごしておりました)


除霊ができる幽霊、という不思議な存在の少女だった。


(伊豆から、途方もない悪意がやってきます)


伊豆というと、前にベナンガランと戦ったところだ。


やはり、あそこには何かがあったんだ、とすぐに気づいた。

とはいえ伊豆と言っても広大な地域で、しかもほとんど山の中であり、簡単に探せる場所でもない。


(桔梗は場所が判るの?)


聞いてみたが、


(もう少し近づかないと無理です。

それに、全てはこの地を目指しているのですよ)


暗示めいた事を桔梗は囁いた。





白鯨に自衛隊の艦艇で攻撃が出来ないか、とリーキー・トールネンは官僚に打診したが、不可能だった。


明確に自国領である場所を占領されたり、侵犯されても威嚇射撃すら出来ない国なのだ。


その辺は鳳に法律改正をしてもらわなければどうも出来ない。


「あれがあったろ?

水中ドローン。

分析装置を組み込んだ奴を、作ったよな」


尖閣のレアメタルやメタンハイドレートなど、日本は宝の山なのだ。

リーキーは既に、それらを調査するドローンを作り上げていた。


「はい、それなら用意があります」


「百メートルなんて生き物がいるはずはない。

ドローンで調査してくれ」


国家というのは、なんとも動きづらいものだ……、とリーキーは鉛筆を噛みながら思った。





「あー、飛行船ですね。

飛行計画は正式にでています。

環境団体のパフォーマンスで、ハリボテの大樹を東京に飛ばして、自然保護を訴えるそうですよ」


達吉は、ピッピに、


「だってさー」


と、笑った。


目の前に、愛を交わしたピッピが、その美しい裸を隠しもせずに岩の上に座っているのだ。


竜吉も、常の竜吉ではなく、ただの初体験翌日の高校生男子の、あらゆる毒から解脱した天国の笑顔でピッピにとろけていた。





「あら、お母さん、また花が刺してあるよ!」


静香はマンションの扉を開けて、室内の母に叫んだ。


ここのところ、日を置かず、雑草、植木、花屋のブーケ、全くランダムな花々が、静香の家の玄関に挿してあるのだ。


最初は少し不気味だったが、慣れると、それは常に美しい花だったし、ストーカーと目くじらを立てるほどのことでもない気がしてきた。


一枚、葉を残した椿の花は華道のように繊細だったし、枝ごとの牡丹は華やかだった。


ちょっとした善意。

そんな気もする。


今日の花は、どこかエキゾチックな、見たこともない大輪の、名も知らぬ白い花だった。


甘い香りを放つそれがシーツアーという、ラオスの特殊な山奥にしか咲かない花だとは、静香でなくとも気づく術が無かった。




白井は松屋デパートから地下道に降り、浅草の商店街に抜ける、まるでラオスのような古びた通路を抜けた。


周囲には年季の入った商店が並び、ここが東京とはとても思えない通路だ。


ここから上に登れば浅草の商店街に出るので、誰に見つかることもない。


ふらりと雑踏に紛れた白井は、どこにでもいる地味な高校生であり、誰の目にも触れなかった。


さて、血の惨劇はどこから始めるのがふさわしいのかな?




言問通りを固めていた芋之助たちだが、勇気が。


「なあ、みんな大さんと敵を追ってるんだ。

俺がいれば合体できる。

俺達、練習して空も飛べるようになったんだんだ!

行っていいか?」


「でも勇気君。

一人のところをカマキリに襲われたら危ないわ」


ハマユがなだめる。


「あ、大兄ちゃんがいるなら、俺も合体して空を飛べるよ!

勇気と一緒に動いていいぜ!」


ふむ、と芋之助は考えた。


「ハマユ、ここは二人でも平気じゃないか?

確かに勇気は5人揃ったほうが強いし、福がついてるなら、心配ないと思うが?」


ハマユたちの方が、二人だと何かあると手一杯になる気もするが……。


しかし勇気が仲間と合流したいのは判るし、福ならカマキリ相手でも不覚は取らないだろう。


許可を得た2人は、走り出した。







浅草の空に、多くのカラスが舞い降り始めていた。


だが常のカラスではなく、まったく鳴かない。

ただビルの上から、人間たちを眺めていた。

そのため、観光の人々は、黒い鳥に全く気が付かなかった。




誠の元同級生、滝田と大川が、浅草を歩いていた。

井の頭公園で死亡したはずの人物だ。

そして今は、誠の幽霊の二人となっていた。

が、魂は誠の一部となっても、その肉体は白井に利用され続けていた。


スカイツリーのエレベーターで誠を襲った山田圭介もいた。


詰め襟学ランに半ズボンのサソリ少年もいるし、永井知哉も、普通に浅草を歩いていた。


カマキリ以外にも、怪物たちはこの街に少しづつ集まって来ていた。





屋形船が、浅草のボート乗り場から出発していく。


陽気も暖かくなり、隅田川を渡る川風も気持ちがいい。

老人会のメンバーたちは、すぐに陽気にビールで乾杯を始めた。


後ろでは妻は天ぷらを揚げ、旦那は舵を取って川を見つめていた。


桜はとうに散っていたが、葉桜というのも、特に新緑の葉桜は眩しく美しい。


パシャリ、と船のそばで、魚が跳ねた。


スズキか?


旦那は顔をしかめた。


それにしちゃあ、ずいぶん大きかったようだが?


客は陽気にカラオケを始めていた。






浅草と言うと浅草寺だが、七福神巡りなども、若者が喜々として歩いている。


町も下町情緒に満ちており、かつては吉原、山谷など避けられていた界隈も、今はすっかり観光の町に変わりつつあった。


下町風情の中に、昔ながらの名店などがあるのも楽しい。


明治大正の文人などが通った店も、残っていたりする。


昔ながらの甘味処に大喜びをした三人の女子大生は、日比谷線の入谷に向かおうと言問通り沿いの裏道を歩いていた。


最後は谷中銀座で夕日を楽しむつもりだった。


ふと目の前に、大柄な男が立っていた。


イケメンという風ではないが、締まった筋肉質の体で、スポーツマンらしい短く耳周りを刈った、目元の優しい男性だった。


ショートカットの鈴香が、インスタに上げていいか尋ねると、男は二つ返事でOKした。


「大学生ですか?」


「うん、T大のアメフト部だよ」


「見て、凄い太い腕!」


コスプレ好きの茉莉花は、日頃からツインテールで通している。


「ぶら下がってごらん」


茉莉花が腕に捕まると、男は軽々と茉莉花を片手で持ち上げてしまう。


「すごーいエモい!」


玲子がスマホで二人を写す。


「もう少し寄るわね」


鈴香もスマホをバックから出そうとしたとき。


パキン、と割り箸を折ったような音がした。



鈴香が顔を上げると、男が茉莉花の頭頂部を大きな手で掴み、九十度に曲げていた。


玲子がペタンと倒れ込む。


茉莉花の手からスマホが落ちて砕けた瞬間、鈴香は絶叫した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ