143カマキリ人間
浅草、六区にカマキリがあふれていた。
他の観光客や地元民と何も変わらないように、平然と繁華街を歩いている。
そして通りを隔てた仲見世通りにも、いつの間にか人より五十センチは頭の高いカマキリが、うようよと歩いていた。
信介は、一瞬、アバターの維持ができなくなるほど絶望した。
イケメンアバターを失った信介は、チビのキャスケット帽をかぶったひ弱な少年に過ぎなくなる。
ああ……、とうろたえ、新たにアバターを整える。
裸を晒したかのように恥ずかしい……。
だが、これは、似たような物なのでは……。
敢え無くカマキリに殺されてしまえば、信介は一瞬、姿を晒してしまった、冴えないガキの正体の死体でしか無くなるのだ。
それはやだ!
信介は爽やかなイケメンの自分も、惨めなチビの自分も経験していた。
見た目だけで、どれだけ人が態度を変えるのかを、心底理解している。
死体を晒すだけでも哀れだが、僕の場合は……。
それは背骨が凍るほどの恐怖だった。
とは言え、今のところカマキリたちは何もしていない。
迂闊に攻撃して、もし奴らが暴れ始めたら、この人混みでは膨大な被害が出るだろう。
敵は今、何体いるんだ?
信介は指を弾くようにしてタロットをだした。
え……。
百五十……。
これはもう、紳助たちだけでどうにかできる数ではなかった。
「本部、敵は増殖して百五十もいる。
とんでもないことになるぞ!」
信介は叫ぶように言ったが、オペレーターは、
「待ってください……」
と長く待たせた上で、
「他の仕事が終わった影繰りがいれば、そちらに回しますから、しばらくは持ちこたえてください」
簡単に言ってくれる!
もしコイツラが暴れ出したら、浅草中は血の海になる。
とはいえ、今はただ歩いているだけのカマキリを、迂闊に攻撃するのは危険だった。
せめて、人は避難させたいが、カマキリは至っておとなしいので、逆に避難させる理由がない……。
多分だが、これだけの寄生体を作った本体が、攻撃命令を下すまで、カマキリは人として振る舞うつもりなのだろう。
浅草全体を血に染めるのに、カマキリは何体必要だろう?
必要に応じて、地下鉄や道路で逃走する人間も抑えて、浅草大虐殺を狙うとしたら、交通封鎖だけでもかなりのカマキリを使うだろう。
時間はそうないかもしれないが、とにかく本体を探す必要があった。
信介は指を弾いた。
指の間にカードが生まれた。
塔……。
浅草で塔と言えば、浅草寺の五重の塔か?
やるしかなかった。
「飯倉!
本体は浅草寺の五重塔だ!
そこに向かってくれ!」
飯倉は走っているとも思えない口調で、
「分かった」
と応えた。
信介は良治にも話し、仲見世の道に飛び出した。
浅草寺に向かって急ぎ足で進むが……。
人をかき分けて前に出ると、ぱた、と信介の足が止まる。
目の前に4体のカマキリが立ちふさがっている。
信介は素早く指を弾いた。
「吊られた男!」
空中からロープが現れ、信介を運んだ。
反動をつけカマキリを飛び越えると、信介は走った。
本体は僕たちに気づいているのだ。
最初から逃げていたのだから当然だ。
そして、今、敵は仕上げに取り掛かっていた。
信介のアバターたるイケメンの体は、紳助自身より全ての運動能力が優れている。
足も当然、百メートル十一秒台で軽やかに走れたが、カマキリたちは余裕で追ってくる。
信介は指を鳴らす。
「隠者!」
いつまでも、とはいかないが、これで追跡者は信介を見失う。
信介は人の波に紛れて、浅草寺に向かった。
大は、小学生四人と共に、内調の車で浅草に向かっていた。
大も普通免許ぐらいは持っているのだが、影繰りは運転しないと規則にあるそうで、大は子供たちに挟まれて後部座席の真ん中に座らされていた。
「とれたての刺し身は美味いぞぅ」
と、今の子供の観るような番組も知らないので海を語ったが、子供たちは海水浴などには行くようで、海の話でも結構盛り上がった。
「でも、深いんでしょ?」
愛理が不安げに尋ねる。
「銚子は遠浅で漁場が広いんだ。
無論黒潮の流れてるようなところまで行けば、そこそこ深いが、浅い海のほうが旨い魚が多いからな」
大福兄弟の持っている船が外洋に向いていないのは子供に語ることではない。
と大のスマホに電話がかかり、信介の指示が入った。
「よし、兄さん、雷門に付けてくれ」
運転手に話してから、
「みんな。
敵は今のところ人のふりをしているから、こっちも手を出さない。
俺達は、敵のカマキリに邪魔をされても攻撃はせずに、ただ奥の寺に向かうんだ」
ゆっくりと説明する。
弟がいたので、この辺の呼吸は心得ていた。
しっかり説明し、重要性を分からせれば、子供達も理解し、それなりに従ってくれる。
とは言え子供なので集中が途切れたり、怖じけたりはするだろうが、そこは大が手綱を握るしか無かった。
雷門近くで車を降り、巨大な提灯の下を潜って仲見世に入った。
平日だというのに多くの観光客で溢れている。
大も休みの日に、家から近いので自転車で福と拝みに来たことはある。
が、学生たちも出歩く、今の時間は早朝とは全く別の人出だった。
愛理が、大の小指を引く。
奥から、カマキリが二体、並んで接近してきた。
戦うのなら、まだしも、刺激せずに先に進むには、どうすればいいんだろう?
子供達は恐怖で体を硬くしている。
大も大柄な方だが、カマキリは多分二メートルに届く高身長だ。
ついに二体のカマキリは、大と子供たちの前に立ち塞がった。
どうする……。
大の眉間に脂汗が流れた。