142噛みつき
くそっ!
田中は唸った。
カマキリは予想以上に速い!
四本の足で滑るように移動してくる。
たが!
相手が近づいてきてくれるのなら、タイミングさえ合えば、噛みつきが決まる!
そもそも格闘ゲームとは全てタイミングの戦いだ。
田中は、このゲームのタイミングは子供の頃から慣れ親しんでいた。
その意味では、ボスキャラの中にはもっと素早い奴もいたし、変則的な動きの奴もいた。
ゲームではなく初見、というハンデもあるが出来ない事ではなかった。
問題はダメージカウンターが上がっていないところだ。
つまり、田中は一機も失うことなく、適度にカマキリの攻撃を受けて後、タイミングを合わせて噛みつきを発動させなければならない。
滑るように突進してくる、巨漢の田中よりも頭二つは大きなカマキリを、ギリギリまで待ってから田中は獣人を、横に飛ばした。
カマキリは、突進したため加速がついている。
鎌を精一杯伸ばして獣人を攻撃したカマキリだが、田中は獣人の頑強な頭で、鎌を受けた。
獣人のキャラは、盾も剣も持たない代わり、この頭で受けるのがダメージ回避になる。
だが、攻撃は受けているので三分の一のダメージは受けてしまう。
赤いダメージカウンターがぬるっと伸びていく。
敵の連続攻撃を避けるため、獣人をカマキリの背後に回り込ませながら、目の端で田中はカウンターを眺めた。
一発で、かなりの伸びだ。
カウンターが光り出せば必殺技を繰り出せる。
だが赤い棒は、光る寸前で止まった。
マズイな……。
田中は、考えた。
同じ攻撃を二度喰らえば、獣人はおそらく、死ぬ。
一撃がとんでもなく強力なのだ。
なんとか鎌では無いダメージを受けてギリギリ生き延び、必殺技に繋げるしか無かった。
田中は、獣人を横に走らせるが、四本脚のカマキリが体を回すほうが速い。
獣人はカマキリの尻にぶつかるようにスライディングした。
スライディングは防御技だが、相手に獣人の鋭い足の爪が当たれば、敵にダメージを与えられる。
カマキリは尻を上げて、獣人を避けた。
獣人は、カマキリの尻の真下で、小パンチを放った。
獣人の小パンチは、パンチの打撃もそうだが、爪で切り裂く効果も加味される。
カマキリの腹から、赤い血が飛び散った。
素早くスライディングから身を起こすと、屈んで小パンチを連打した。
が、血を吹きながらもカマキリは、素早く正面を向くと、同時に鎌を繰り出した。
カマキリの射程は長い。
鎌を備えた長い二本の手が、相手の接近を許さない。
だから、この射程を無視して柔らかい腹を正面から攻撃するのは不可能なのだ。
田中は獣人にガードの形で縮こまらせた。
鎌が襲ってくる。
打撃であり、また腕の構造上、引き寄せて最強の攻撃である、鋭い顎による噛みつきにも繋げる完璧なコンボ技だ。
カマキリの鎌が動いた刹那、獣人はスライディングを敢行した。
鎌は獣人の頭を掠ったが、屈んだ姿勢から、なお低くなって滑るため、微かに頭を触っただけだ。
そして獣人は四本の足の一本、前足に爪を立てた。
が、前足は鞭のような速度で、しなりながら獣人に蹴りかかった。
やべぇ!
カマキリのキックが、通常の大キック程度とは限らない。
獣人は、慌てて横に転がった。
低く転がったので蹴りは避けられたが、カマキリは素早い。
既に獣人を追って走っていた。
あまり走るカマキリなど見ないが、走るとなれば途方も無い速度だ。
獣人は追いつかれるギリギリで地面を蹴ってジャンプし、カマキリの横に回った。
攻撃する余裕など無い。
何とか一命を繋ぐので精一杯だ。
どうする!
絶望的に慌てる田中だが、ふとダメージカウンターをみると……。
さっきのカマキリの攻撃が掠ったためか、カウンターが光っていた!
最後の、そして最大のチャンスだ!
カマキリは、素早く獣人に向き直る。
どう必殺技を打つか……。
真正面から撃っても、噛みつきなら相手の攻撃を弾きそうだが、初見なので断言は出来ない。
安全なのは、相手の攻撃を避けてから、可能なら側面か背中に攻撃が通れば、まず、間違いなく勝てるだろう。
ただし相手は素早く、そう簡単に側面や背後は取れない。
下手に動けば、また蹴りや、リーチの長い鎌の攻撃を食うことにもなりかねない。
だがカマキリの頭から胴、そして二本の前足は、一番装甲の厚い部分であり、いかに獣人の噛みつきでも、一気に噛み砕ける、とは限らなかった。
カマキリは、再び獣人に真正面から突っ込んでくる。
無謀とも言えるが、やはり鎌と顎に勝る必勝法は無いのだろう。
これがゲームなら、どちらが勝つのか試して、次の戦いの参考にしたいところだが、一機も失えないとなると、五分の戦いには持ち込めない。
確実に勝つのだ。
ギリギリまで引きつける!
そしてカマキリの攻撃を回避し、側面に回った瞬間に必殺技を発動する……。
決断し、田中は脂汗を浮かべながら接近するカマキリを見やった。
一瞬でもかすれば、獣人は死ぬかもしれない。
しかもカマキリが鎌を動かすのは、まさに電撃的な速度だ。
タイミングが遅れれば獣人は死に、田中は一機失う。
カマキリが、獣人に攻撃できる寸前、を狙って田中はAボタンを連打した。
獣人はカマキリに向かって大パンチを繰り出す。
同時に、田中はBボタンを押した。
前のめりになりながら、獣人はジャンプする。
普通のジャンプと違うのは体のバランスであり、これで獣人は膝を抱えて回転しながらジャンプを跳ぶことになる。
が、体の大きなカマキリには、このジャンプは低すぎる。
田中は獣人のジャンプの頂点で、もう一度Bボタンを押した。
二段ジャンプだ。
振り上げた鎌をすれすれで避けて、獣人はカマキリの背後に飛んだ!