141殺戮
街を歩くカマキリは、少しづつ、まだ変態を続けていた。
長く伸びた首の横に、小枝のような前足が折りたたまれて現れ、微かに動いた。
これはカマキリをカマキリと呼ばれたらしめる、鎌だった。
まだ、ほんの数十センチの鎌ではあったが、形は既に完成されていた。
同時に、骨張った腕が、少しづつ、気が付かないほど少しづつ、長くなっていく。
カマキリ人間が歩きながら、微妙に変貌を遂げる間も、来日観光客たちはエキゾチックな浅草に興奮し、若者たちは他愛なく声を上げて笑っていた。
良治は三人の一般人を苦も無く殺し、徐行気味に道を走った。
が……。
なんだ、ありゃ……?
血だらけの服を着た、変な生き物だ。
四本脚で歩き、手は鎌に……、いや、本当の鎌というより頭からN字型に折り畳まれた腕は、まるで巨大なカマキリのようだ。
それが、さも当たり前のように、人に混じって街を歩いていた。
「おい信介、変な化け物が歩いてるぞ……」
ブルートゥースで話した。
「映像を撮れますか?」
安全な距離に停車すると、スマホでカマキリを撮影する。
信介は唸り、
「おそらくこういうのが最低でも三十匹は、浅草にいます……」
信介が数を占ってから、だいぶ時間がかかっていた。
良治がバイクで来るだけでも二十分近くはかかっているのだ。
信介はまんまと敵の作戦に乗っかってしまった。
とにかく本体を発見し、倒すのが肝要だった。
逃げるだけの敵だと浅はかにも思い込んでしまった!
「良治さん、奴ら成虫になってしまいました。
あれを殺せますか?」
判んねぇな。
と良治は呟き、
「まあ、やっでみるしか無いだろう?」
ボソリと答えた。
虫というのはカブトフシのようなカチンコチンな虫もあれば、アブラムシのように柔らかい外皮を持った昆虫もいる。
確かカマキリなら頭部は硬いが腹部は柔らかいはずだ。
あの巨大な化け物が、それと同じなら狙い所次第では倒せる可能性もあるはずだった。
問題は、あの人間より巨大なカマキリの場合、その柔らかいはずの腹の部分は衣服に覆われている事だ。
服というのは意外とかさばるし、中に財布や携帯などが入っている場合もある。
一撃で殺さないと、こっちがヤバいし、多分周りの人間にも被害が出るだろう。
良治は衣服に金属が入っていても貫通できるように、巨大なナイフを頭の上、数十センチに作り出した。
普通のナイフなら連発できるのだが、大きいとか長いなどの特殊なナイフは作るのに少し時間がかかるのだ。
その間にもカマキリは良治に接近してくる。
正面から映像を撮ったので、当然だった。
良治は浅草寺の裏手の言問通りの路肩にバイクを止めてカマキリを映していたから、おそらく奴の戦闘範囲に入るのに、後何分も無いだろう。
昆虫は複眼のため、全く感情が読めない。
殺る気があるのか、逃げるのかも不明だった。
ただし、周りの人間の様子から、カマキリに見えているのは影繰りだけだと思われる。
って事は、奴も影ってことだな……。
カマキリの姿をしているから、ただのカマキリと考えると足をすくわれる可能性がある。
影は何でもアリだからだ。
だが、奴も刻一刻と良治に近づいている。
まずは攻撃するしか無かった。
良治は、頭上に作り上げた、ほぼ日本刀のようなナイフを、カマキリに打ち込んだ。
陽光にギラリと輝き、ナイフは一直線にカマキリに向かう。
が、カマキリの右手が途方も無い速さで動くと、なんとナイフを弾いた。
同時に、カマキリは周りの人間をスレスレで交わしながら、良治に接近してくる。
良治の特大ナイフを弾いた、硬い鎌が微かに動いた。
ちっ!
舌打ちした良治は、二本のナイフを同時に投げた。
このナイフは、カマキリの左右に避けて飛ぶ。
そして……。
カーブして、カマキリの腹部を貫いた。
左右の横腹に突き刺さったナイフからは、昆虫らしからぬ真っ赤な鮮血が飛び散る。
カマキリは、しかし、片手の鎌を振り上げた。
切れるかな?
迷う良治だが、自分の命がかかっていた。
ナイフを手に持ち、ドスンとカマキリの胸に突き刺す。
板壁を刺したように硬かったが、どうやら外骨格を貫通したようだ。
カマキリの複眼が、瞬間、色を失い、横に倒れた。
「うわぁ、人が刺された!」
元々長距離戦闘のエキスパートの良治だが、今回は接近戦となった。
やべぇ!
すぐにバイクを発進させた。
田中は、自分のゲーム空間に引き摺り込んだ敵が、唐突にカマキリになったのには面食らったが、やることは変わらない。
獣人を操り、相手の攻撃を交わしながら、隙をみてパンチ、下段キックとカマキリのHPを少しづつ削っていく。
この田中の世界の中では、敵も味方も一本の横棒のHPパラメーターだけが生命線なのだ。
ジャンプで距離をとり、エネルギー弾を貯め撃ちする。
カマキリは吹き飛んだが、バサリと羽を広げて、柔らかく着地した。
野郎……。
手強いじゃねーか。
羽で動きに変化をつけられると厄介だ。
リスクはあるが、噛みつき、で大ダメージを狙いたいところだ。
ただし噛みつきは必殺技なので、こちらのダメージゲージがある程度溜まらないと撃てない。
だが見知らぬ敵は、やはり怖い。
田中のゲーム空間内では、ほとんどの影は通用しないのだが、たまに普通に強い奴がいる。
今、目の前にいるカマキリのような奴だ。
おそらく奴の鎌の攻撃や噛みつきは、田中の影の中でも使えそうだ。
カマキリであれば、ごく普通の攻撃だからだ。
だがカマキリの一撃は、捕食のための完璧な動作であり、人間の格闘のように、数を撃って、徐々にダメージを積み重ねる、というような思想では無い。
一撃必殺なのだ。
どうする?
獣人には残機があり、元々は三機だったが、内調でトレーニングを続けた結果、五機まで増えている。
だが敵はこれだけではない。
こいつ一人に一機減らすようでは、後々リタイヤを余儀なくされるだろう。
田中は、信介や仲間たちに感謝していた。
不細工で学歴もなく、極貧の中、五十代で早々に衰えてしまった両親を介護しながら、なんの希望もない日々を田中は過ごしていたのだ。
ゲーム以外には友達はいなかった。
しかも、ネットで繋がるような今のゲームでは無い。
格安店で買ったレトロゲームだけが、友達だったのだ。
影の力に目覚めたのは十代の頃だったが、己のフィールドに引き込み、一対一の戦いをするだけの田中の影は、小銭を稼ぐのには不向きな力だった。
だが、タロットで真実を見抜く信介だからこそ、田中の力の有用さに気がついたのだ。
その意味では、まだ高校生とは言え、信介は田中には師のような存在だった。
だから信介の仕事である以上、田中は途中リタイヤなどというみっともない様を信介には見せたくなかった。
だが、どうするか。
迷う田中だが、不意にカマキリは、とてつもない速度で田中に襲いかかった!