139増殖
「全く、それならそうと連絡寄こせよな!」
良治はプンプン怒って、スマホを切った。
竜吉はコンピューターを影で操るし、別々の何十の情報も、コンピューターのメモリーも使って同時に処理できるので疎漏は起こらないのだが、留守、となると急に他のオペレーターは慌てだし、ユリの居所を良治やバタフライに連絡していなかったのだ。
良治にとってはユリは、年の離れた弟のようなものだったので、心配して探し回っていた。
最近は護身術も内調で習い、訓練やトレーニングも受けて三匹の虫を同時に使うまでに成長していたので、ユリは自信をつけていた。
だが、実戦経験も、日本での一般常識にも疎い元ウクライナのストリートチルドレンで戦災孤児のユリを一人にするのは、良治は不安だった。
経験豊富な影繰りであるバタフライは、時折、一人仕事もこなすので、良治はユリの世話役を自認していた。
そして良治は浅草へ向かってくれ、という。
ユリは別のどこかで戦っているらしい。
そっちに行きたい、と良治は言ったが、小田切誠が向かったので大丈夫だという。
誠は、縁あって影繰りになった瞬間から知っているし、確かに優秀だが、まだガキであり、大人が巧妙に罠を仕掛ければピンチに陥ることもある。
とはいえ。
内調からは充分な給与ももらっていたし、生活は格段に良くなった。
振られた仕事を断るわけにもいかず、渋々良治は新しく買ったカワサキに乗り込み、スカイツリーを横に見ながら浅草に向かった。
まさか、そのスカイツリーで、ユリがジャングルに埋まっている、とは思いもせずに……。
割り当てられた回線に通話すると、
「あ、良治さんですか?
信介です。
今、良治さんの背後にグレーの上着の男がいますね」
またガキか……。
ガキが多くて敵わないな……。
思ったが、ミラーを見て、
「黒い帽子の奴か?」
「ええ、ニット帽の男です」
良治はスーツの男を見ていたが、その後ろになるほど、グレーのパーカーを着たニット帽の男がいた。
「顎髭のにーちゃんだな」
「はい。
それが、敵に寄生虫を植えつけられて乗っ取られている男です。
殺してください」
影繰りはほぼ、殺しの専門家であり、寄生虫をどうにかして人間を救う、などというベクトルは無いし、知識も技術も持ち合わせていない。
敵は、操られていようが、神の使いだろうが、殺すのだ。
良治は素早く背中からナイフを放った。
ナイフはパーカーの胸を貫き、男は仰向けに倒れた。
良治は路肩に止めていたバイクを発車させた。
「ん、三四人?
いいぜ、素人なんて何人でも同じだ。
次は何処へ行く?」
プロは違うな。
さすがに信介は手際の良さに瞠目した。
これなら道周りは良治さんに任せられるので、商店街をアイチさんと大さんにお願いすればなんとかなりそうだ。
思いながら信介は仲見世通りを歩くが、敵も、何らかの手段で敵に寄生虫を植え付けられた人間も、完璧に信介を知覚し、逃げていく。
下手に動くよりも、新しい仲間を待ったほうがいいかもしれない……。
信介は仲見世の江戸小物を売る土産物屋に入って時間を潰した。
大は、朝から筋トレをしっかりした後、クールダウンを兼ねて泳いだ。
漁師だった大にとっては、波のないプールで数キロ泳ぐなど遊びにもならないが、水に触れると心は落ち着く。
その後、サウナで汗を流し、出て来ると、大騒ぎの小学生に格闘技を教える青山に出くわした。
「ほう、みんな形になってるな」
近所のおじさんのような気分で声をかけるが。
「あ、大さん、人手が無くて大変だったんです!
大さんは女の子二人を見てください!」
と、青山は大に二人の少女を押し付けてきた。
いや、俺も白帯で、素人なんだが……。
大は狼狽えるが、少女二人は、
「押忍!」
と挨拶し、大の前に立った。
形もろくに知らないんだがなぁ……。
と、大は、困ったが。
「見たところ、形は決まっているように見える。
だが、俺達は型だけ上手くても何もならねぇ。
サンドバッグを使って実戦訓練だ」
そこは弟を持つ身、その場で達人かのように振る舞って、二人にサンドバッグを殴らせた。
「ほらほら、早速、形が崩れてるぞ。
揺れるサンドバッグを計算して、考えてパンチや蹴りを入れるんだ」
「押忍!」
小学生女子二人は、チョコチョコ動きながら蹴りやパンチを子供用のサンドバッグに打ち込む。
なかなか良くなってきた、と見た大は、
「よーし上手くなったぞ。
だがお前たちが戦うのは、大抵は大人だ。
だから今度は大人用のサンドバッグで訓練する」
と言いくるめた。
質問などされても、大は素人なのだ。
と、基地内に放送が入り、大と四人の子供達はブリーファングルームに呼ばれた。
アイチは渡辺龍と共にツカサ、白井邦一、福地佑介の追跡を続けていたが、他にも隠れ家は無限にあるらしい。
誠の推理のようにツカサが顔泥棒とやらなら、盗んだ顔を巧みに使えば、マンションを買おうが、ホテルに泊まろうが自由自在であり、事実ツカサは自在に居場所を変えて都内を飛び回っていた。
「アイチ、二人で都内を走り回っててもラチがあかない。
呼ばれてるなら浅草で下ろすから暴れて来いよ」
ジャンプを三度見していたアイチは、ホッとしたように、
「悪いな」
と嬉しそうに笑った。