138寄生
勇気は、指をパチンと鳴らした。
と、あの合体ロボットの頭部となるF1カーが現れた。
F1カーというか、子供のカートレース用車のようなものだ。
「おいおい、そんなものは砂の上じゃ走らんぞ!」
芋之助は慌てて言うが、
「任して!
俺のマシンは四輪駆動だから!」
は?、四輪駆動のカートってなんだ?
が、勇気のマシンはなるほどちょっと判断操作を誤れば真横に転がるような砂の坂を、バリバリと針の山を砕きながら福の方に走っていく。
芋之助としては、うっかりロープを離して、カートが横倒しにでもなったら大変だし、ロープは離せない。
が、カートはかなりの速度で福に向かって進む。
一方の福としても、勇気は心配だった。
もし羽虫に勇気がやられてしまったら!
しかし、一酸化炭素で死なない羽虫を殺すには、何が必要なのか判らない。
蚊取り線香か?
悩む福の頭上から、細かい雪が降ってきた。
ハマユ姉ちゃんか!
確かに虫なら、寒さには弱いはずだった。
だが、羽虫は若干、動きが鈍くなったように見えるが、ドンドン福や勇気の方に近づいてくる。
どうする!
福の背中を汗が流れた。
水か!
不意に福は閃く。
冷気があるのだから、水に濡ればより寒くなるはずだった。
勇気は、水のミストを羽虫に向かって吐いた。
チッ、ちょっと手に余るな……。
信介はイケメンになっても被っているキャスケット帽の上から、頭を掻いた。
敵は浅草を逃げながら、ドンドン寄生対象を増やしていくようだ。
浅草という街は、浅草寺を中心に縦横に繁華街が繋がり、広範囲に広がっている。
そして、どういう感知なのか、敵は信介たちの位置を知っており、遠ざかりながら、一般人を襲い、寄生して数が増えていく。
今の数は……。
信介は小アルカナを手から出した。
二枚のカードが出る。
三四……。
これはまさに死神だ。
数時間もすれば、浅草は敵に埋め尽くされてしまうだろう。
飯倉を誘導しながら、信介も敵の本体を捕捉し、挟み撃ちにしなければ、程なく浅草はゾンビ映画さながらの修羅場に変貌してしまう。
信介はタロットを出した。
「飯倉、次の角を右に曲がってくれ」
敵の動きが、それに応じて変わる。
信介はカードで確かめ、雷門を潜って仲見世を走った。
田中は戻ってこない。
来たとしても、影の構造的に必ず一対一の戦いになるので、三四の敵相手では田中は効率が悪かった。
信介は本部に通話した。
「手が足りない。
敵は今のところ三四匹だが、ドンドン数を増やしている」
オペレーターは大騒ぎをしながら、
「小学生グループと良治さんとアイチさん、大さんぐらいですかねぇ……」
流石の信介も小学生をタロットで説得できるか分からなかったが。
「手隙の人は、こっちに寄越してくれ」
言うしかなかった。
何故か敵は信介と飯倉を識別して、逃げ回りながら仲間を増やしていくのだ。
しかし、あの田中がここまで帰らないほどの奴を、小学生があしらえるだろうか?
まあ、5人揃えば合体ロボットになれて無敵らしいが……。
流石の信介も、勇気は芋之助達と行動している、とは思わなかった。
福の口から真っ白な霧がすごい濃度で広がると、黒い羽虫を包み込んだ。
羽虫が凍り、バラバラと落ちていく。
そこに勇気のF1カーが到着する。
あくまで小学生が一人で乗る用の車なので、福は運転席の後ろの出っ張りにバイクのように乗り込んだ。
「飛ばすよ!」
ノリノリで勇気は叫び、F1カーは、砂地を登り始めた。
キャタピラーでも登れないような角度の坂を、F1カーは、盛大に砂と砂の固まった針を蹴散らしながら登っていく。
唖然とする芋之助だが、流石に背後にあるものに気がついた。
蟻地獄の中心から、巨大な、黒い何かが姿を現そうとしていた。
最初に、長い触角が現れる。
続いて、細長い見慣れない形の頭が現れる。
「なんだ、あれは……」
芋之助は東京育ちで、あまりマイナーな虫は見ていない。
「マイマイカブリよ。
あの頭をカタツムリの殻に入れて、まるで被るようにして、カタツムリを食べるのよ」
ハマユはさすがに知っていた。
「頭を入れるのか!
やはりサザエのつぼ焼きのようだな!」
芋の助はそこから離れる気は無いらしい。
とはいえ、この巨大マイマイカブリは、車のドアを噛み砕いて頭を突っ込む巨大さだった。頭から細長い首が伸びており、その長さだけでジープ系の大型車種の中身もスッポリ入って食べられそうだ。
その首の後ろに、全体のフォルムはひょうたん型の頭と首を合わせたよりも大きく重い腹があり、六つの足が伸びている。
勇気の、謎の四輪駆動のF1カーは砂を巻き上げて斜路を登っていくが、昆虫の足のほうが、砂山を歩くには合理的なようだった。
勇気の車には、福も乗っているのだ。
芋之助とハマユは、懸命にロープを引くが、車の背後に、巨大な昆虫が迫っていた。
「勇気君!
敵が迫ってるわよ!」
ハマユが教えるが、勇気はハイテンションに、
「へへへ、スーパーロボットの頭ミサイルは、実はこの車に内蔵されてんだよな!
お尻から発射できるんだ!」
前なら判るが、何故尻から?
と芋之助は首を傾げるが、幸か不幸か、今の状況なら、おあつらえ向きだ。
「ミサイル発射!」
ノリノリに小学生ヒーローは叫び、F1カーの後部ウイングの下から、大きなミサイルが発射された。
ミサイルはホーミングなので、弧を描いてマイマイカブリの顔面に直撃し、マイマイカブリは崩れるように砂の坂を転がり落ちた。
F1カーは、跳ねるように蟻地獄を脱出し、同時に芋之助は、今までの子供たちを心配する大人の表情から、戦闘者の顔に変わった。
手から影の刀が伸びてくる。
だが……。
不意に砂が溢れると、渋谷の道路は、今度は溢れる砂山に覆われた。