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シャドウダンス4空飛ぶ怪異  作者: 六青ゆーせー
137/153

137砂

ステーションワゴンの後部ハッチ以外は閉まっていることを確認し、勇気は機敏に逆転した車内に飛び込む。


後部は2列の座席シートにもなる作りだが、今は倒され、広い収納スペースになっており、工事関係者だったのか、様々な工具や部品などが乱雑に収められていた。


左右にL字鋼で棚が作られていたため、逆さになっても椅子は倒れない。


工具や材料が散乱し、隙間は狭いが、勇気なら普通に通れる。


運転席の隙間に首を伸ばすと……。


ハンドルには何も無かった。


軽く落胆する勇気だが、シフトレバーに……。


今度は左手がついていた……。




「左手か?」


砂に落ちたのでローギアにして登ろうとしたのだろうか?


芋之助は考えた。


しかしバックにしろ、ローギアにしろ、ハンドルは持つはずだ。

どういう状況なのか、芋之助は首をひねる。


手は、明らかに別人のものだ。


最初の手は、小柄で色白、爪は短いので男だと思うが、女性なのかもしれない。


一方、ステーションワゴンの手は日に焼けて、シワが刻まれた職人の手であり、大きく骨ばっていた。


状態はほぼ同じ。


血などは無く、ただ、手がある。


「体は食べられたのは間違いないな。

手の状態は失血しているし、砂の穴が出来たのは今朝だ。

その後で車が落ちたのは確かだし、血がなくては人は生きられない」


芋之助は思考を組み立てた。


「つまり吸血ペナンガランが穴にいるって事?」


ハマユは気味悪そうに穴を見た。


「でもさー、血を吸うだけの奴なら、吸った後のミイラなんていらないんじゃないの?」


勇気は高校生に混じって堂々と語った。


「何者かがミイラを持ち去った、って事?」


ハマユが気味悪がる。


「この砂の穴に鳥がいるべか?

ここは、吸血と、ミイラ持ち去りは同じ奴の仕業で、そいつの特性で、片手を残した、と考えられるんじゃないべか?」


福の疑念に、芋之助は、


「なるほど、穴の中の敵は、血を吸ってから、つぼ焼きのように体を車から引き出した、って事か」


意外につぼ焼きにこだわっていた。


「まー今は確認が取れていないのに推測しても仕方ないわ。

血を吸う、なんて独特だし、何種類もいるのか、も疑問だけど……」


ハマユは語り。


背負っていたバックからゴープロと呼ばれる携帯型のカメラと受信機を取り出し。


「そろそろ穴の調査を始めましょう」


確かに、他には何の手がかりも無さそうだった。


勇気の頭にゴープロを取り付け、タブレットで映像を受信する。


取り付けが終わると、再び勇気は砂の穴に潜り込んだ。


今度は、中心に向かう。


「大丈夫だべか?

敵は二人殺してる奴だぞ?」


福は、勇気を心配する。


「まー無敵の防御力を誇るヒーロースーツだから、簡単にやられることはないだろうが……」


芋之助も不安そうにゴープロの映像を覗き込む。


「万一の事もあるから、福君もロープを準備して」


ハマユが指示をする。


中学生の福は、ガードレールにロープを固定し、自分で腰に装着したベルトのモーターを動かして降りるスタイルだ。


端的に言えば自動リールの釣り竿と同じで、本人の位置が逆なだけだった。


キリキリとモーターが軋み、福も砂に降りていく。


勇気は砂を下りながら、腰のホルスターから三角定規銃を取り出した。


砂の穴は片道三車線、安全地帯を挟んだ六車線の並んだ道を完璧に潰していたので、かなりの深さだ。


そして目的は敵が姿を砂の穴から出すことだったので、勇気も福も、ゆっくりと降りていく。


ロープを握った芋之助もハマユも、穴の中心を注視するが、まだ何の動きもない。


勇気は、恐れを知らぬ足取りで穴に近づいては行くが、芋之助は、飼い犬のリードを引くように、勇気の足取りを遅めていった。


何しろ、あの穴にいるものは、芋之助が落とした巨大な石を、事も無げに持ち上げ、脇に除けた怪力の持ち主だ。


勇気のスーツがいかに無敵でも、腕力で抑えられたら抵抗出来ない。


そして勇気を人質に取られたら、福の猛毒も使用を制限される。


まあ、そのための芋之助でありハマユなのだが、すり鉢状の砂の底に敵が隠れているのでは、手の出しようがない。


と、勇気の足が止まった。


「なんかいる……」


マイクに勇気の声が囁く。


タブレットの画面には直径一メートル近い穴が見える。


画面では真っ黒だ。


「少し明るくならないかな」


ハマユはタブレットをタッチし、わずかだが闇が薄くなった。


「人影だわ!」


確かに、男がうずくまっているように見える。


と、勇気は問答無用で銃を発射した。


あっ!


と、芋之助とハマユは同時に叫んでいたが……。


影が、穴から出てきた……。


だが、それは人間の姿ではなくなっていた。


獣でも、鳥でもない。


それは小さな、黒い、無数の羽虫の大集団のように見えた。


芋之助とハマユは、夢中で勇気のロープを引いた。


まさか、つぼ焼きのように人間を襲った吸血鬼が、羽虫の群れだとは思わなかった。


勇気のヒーロースーツは無論無敵だし、おそらく羽虫が普通の蚊やアブのようなものなら、スーツを貫く事など不可能だろうが、それは影の羽虫だった。


血を吸いながら、おそらくは肉をも食らう羽虫だ。


人は端から食い尽くされ、手だけが残されたのだ。


何故、手だけが残るのかは、未だ不明だったが……。


福は、毒を吐いた。


一酸化炭素。


酸素を吸収出来なくさせる毒だ。


黒い羽虫の群れと、福の灰色の猛毒が砂の斜面で混じり合うが……。


コイツラ、息をしていない?!


羽虫は何も気にせず、福に向かって来る!


「福君!」


ハマユが福のロープを引いた。


勇気は芋之助で十分だった。


軽く片手で持ち上げる体重なのだ。

ハマユは、元々、こういうときの福の援護の為にハマユを配備していた。


ところが……。


砂が、突然、逆立った。


サラサラと落ちていく顆粒のような砂だったのに、唐突に何十か何百かの砂が針状に融合し、垂直に立ったのだ。


広大な砂の穴が、不意に針の林立する


「勇気、大丈夫か?」


芋之助が叫ぶと勇気も叫ぶ。


「俺は無敵だから大丈夫!

でも、福兄ちゃんが!」


ハマユが全力でロープを引いたところに、針が生まれたのだ。


福の背中は、砂の針がいくつもの刺さっていた。


「浅くしか刺さってないよ!」


福は言うが、これではロープは引けない。


「俺が助けるよ!」


勇気は叫ぶが、砂の底の穴からは、途方もない量の真っ黒い羽虫の群れが、毒ガスのように二人に近づいていた。


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