136手
勇気は、言われる前にヒーロー姿になってしまった。
前は独特な変身ポーズをしていたのだが、影の戦いを徐々に理解していくと、ポーズを取るだけ隙になる、のは勇気たちにも理解できた。
何より、周りは近い年でも福や猫、後は高校生の誠やカブトが比較的勇気たちと遊んでくれていたので、練習でもかなりのリアルバトルを目にしていた。
誠が川上に負けた、とかも見ていた勇気は、防御の重要性に気がついていたのだ。
「まー、危なくなったら引き上げるから、一応やってみるか」
肩と胴にハーネスを固定し、別にベルトにもロープをつける。
これを芋之助とハマユが持てば、ある程度、勇気は砂の上でも自由に移動ができるわけだ。
勇気は意気揚々と砂を滑り降りていく。
途中、半ば埋まった車を覗き込み。
「変なのあるぜ!」
何かを発見したらしい。
「ほーらー!」
勇気は大型四輪駆動車の運転席に窓から潜り込むと、何か、を手に取り、持って芋之助たちに振り回した。
「う、腕?!」
芋之助は驚愕の唸りを上げてから、
「い、いや、手首ぐらいまでだから、むしろ、手、か?」
ハマユはキレがちに、
「そんなものは捨てなさい!」
叫んだが、芋之助は。
「いや、何故、手だけが残っているのか?
敵の正体に繋がるかもしれない。
勇気、一度、上げるぞ!」
ハマユは青ざめたが、逆らわなかった。
二人の強力な腕力で、小学生は子猫のように引き上げられた。
「手だな……」
手首を十センチほど残し、切断されている。
断面は、生ハムか何かのように肉色ではあるが、出血はまるで無かった。
芋之助は、鼻を近づけてみる。
腐敗臭も無い。
血の臭いもほとんど無い、だが、おそらくは本物の人体に間違いなさそうだった。
死後硬直も無く、手は関節部分ごとにグニャグニャと曲る。
舐めてみようか、と思ったが、物凄い顔でハマユが見るので、止めておく。
「車の中に戦った形跡や、血の跡はあったか?」
芋之助から見たら、本当に半分以下の大きさの勇気に、芋之助は無骨に聞いた。
「いや、キレイだったぜ。
その手は、ハンドルを握っていた」
「握ってた?」
手は、今はグニャグニャだ。
とても何処かに固定は出来なそうだ。
何かの影だ、とは判る。
だが、どんな影なのか、は、さっぱり判らない。
片手、右手だけを切って、後の肉体は引摺り出した、というのだろうか?
芋之助は考えるのは苦手だ。
どうせ戦うなら派手に切り合えるような奴がいい。
ただ、車の中に右手だけ、という状況が、芋之助にあるイメージを浮かばせた。
夏の海辺のサザエのつぼ焼き。
爪楊枝で身を刺して、くるくる回すように巻き貝から身を取るのだが……。
大抵は、途中でプツンと切れる。
車が貝殻であり、だから右手は貝の一番奥にある、あの苦い肝、という訳だ。
全く根拠は無かったが、何故か不意に、芋之助はつぼ焼きを思い浮かべた。
「なあ、つぼ焼きみたいだと思わないか?」
ボソ、と呟く芋之助に、ハマユは途端に青ざめ。
「止めてよ、想像しちゃったじゃないの!」
だが福は、
「でも、血も出ないのはおかしいべ?」
首を傾げた。
そこら辺が影の力なのだろうが……。
「凍らせる、とか……」
芋之助が言うと。
「焼くとか」
勇気も続いた。
「車は、寒かったり、暑かったり、焦げてたりしてたか?」
勇気はヒーロー姿で首を横に振る。
「止めましょうよ」
ハマユは気持ち悪そうに言うが。
「いや、電子レンジとか、ああいうやつなら、外から人間を加熱できるんじゃないか?」
「いや、専用の奴じゃないと、溶けたりするんだぜ!」
芋之助の考えに勇気が待ったをかける。
「血抜きされたんじゃないべか?」
不意に福が語った。
「あー、魚とかを新鮮さを保ったまま運ぶやつか……」
高級魚などはそうするらしいのは、どこかで芋之助も聞いた。
が、右手が残った理由は、それでは解消されない。
「吸血鬼かもしんねぇ!」
少し前までペナンガランに大騒ぎしていた勇気は気がついた。
「ペナンガランは血を吸うんだ!
血抜きと同じになるよ。
それから右手は切って、穴に運んだんだ!」
「何故、右手を切る?」
そこが芋之助には解せない。
「ハンドルを持ってたからさ!
それで、邪魔なところは切って運んだんだ!
そうだ、あっちの車も探そうぜ!
なんか証拠があるよ、きっと!」
勇気は飛び跳ねるように興奮した。
ペナンガランが夢物語ではないのは、誠が死骸を吉岡に運んだので、芋之助も知っていた。
なるほど一般人では成す術も無かったかもしれない。
だが、さっき穴から石をどけたのは黒くて判らなかったが、人の形をしていたように思う。
解せない……。
芋之助は、勇気の提案を受け入れた。
敵の正体が解らないのが、影の戦いでは一番ヤバい状況だからだ。
微かなヒントでも掴めるのなら、中心の大穴に乗り込む前に、手に入れておくべきだ。
芋之助たちは位置を変え、ひっくり返った車に勇気を向かわせた。
子猿のように軽快に、勇気は車に近づいた。
道に唐突に大穴が生まれたらしい。
これが数時間早く朝のラッシュ時間だったら二台の車では済まなかっただろうが、たまたまラッシュの落ち着く時間だったため、二台の車だけが飲まれた。
とはいえ、誰もリアルタイムで見ていたわけではない為に、本当に被害が二台なのかも、何に襲われたのかも、未だ分かっていなかった。
勇気はひっくり返った車に近づく。
それは大型のステーションワゴンであり、どうも後部の扉が開かれたまま、車輪を上にして砂に埋まっていた。