135死神
信介はスマホの画面を見ることに神経を注いだ。
死神とは穏やかではない。
そして、信介のタロットは影能力なので百パーセント的中する。
走る飯倉は、しかし元々アスリートなので綺麗な安定の走りで、画面も見やすかった。
これなら問題なく敵を探せそうだが、敵のいるのは飯倉の方角ではない。
機動力のある飯倉には遠回りをさせて、背後をつく作戦だ。
田中は六区の雑踏を歩いているが、歩き方に癖があってだいぶブレる。
「田中。
カメラを安定させて」
田中が胸ポケットのカメラを手で押さえると、だいぶ画面は安定した。
敵は六区の先から、花屋敷方面に歩いているが、寄生虫を埋め込んだ人間は、やがて田中と接触しそうだ。
何処か……!
周りは平日だと言うのに賑やかで、華やいだ繁華街だ。
人の数も多い。
そして田中は、影の性質故か、あまり感知には鋭敏ではない。
無神経、と言ってもいい。
だからオタクなのかもしれなかったが、いざ対戦したときの強さとは反比例して、ホッケーマスクを付けた大男がチェーンソーを持って接近しても、アニメの夢想に浸ってあるようなところがある。
現場に信介がいたなら即座に分かるが、やはりこれだけ離れると、カード無しでは予測も立たない。
信介は小アルカナを取り出した。
小アルカナは、トランプの原型とも言えるカードで、聖杯、剣、金貨、棒の四つのマークのついた十四枚のカード五六枚で構成されている。
占いには色々あるが、ここは単純に距離と方位が分ればいい。
指を弾くと、一枚のカードが現れた。
金貨の七……。
「田中、西に七メートル、敵がいるぞ……」
信介は声を殺して叫んだ。
「ん、西ってどっちだ?」
こういうところが田中なのだ。
「左側だ。
カメラを向けろ」
当然飯倉もこれを聞いている。
のそり、と田中が体を回す。
ちょうど六区の十字路で、人の行き交いが激しい辺りだ。
楽しげな老夫婦、はしゃぐ子供達、登下校の時間なのか学生服の男女も多い。
いた……。
一目で判った。
初めは学生かと思ったが、なぜか巨大な登山リュックを背負った小柄な髭男だ。
「判るか、髭の男。
背は百六十あるかないか……」
「あー、あれか」
呑気に田中は言っているが、もし遠距離攻撃の影なら、すぐに殺されてもおかしくない距離だ。
「いいか田中。
すぐにゲームの中に引き込むんじゃない。
相手の影を見定めるんだ……」
信介は言うが、
「アハハ、俺のゲームの中には、敵の影は持ち込めないぜ!」
あっ、と信介が叫んだ時には、髭の登山家も田中も消えていた。
「田中、行っちまったのか!」
飯倉は呆れて言った。
「ああ。
だが、確かに田中はそう簡単にはやられない。
それより飯倉。
敵は、まだ複数いる。
どれが本体か、僕も判らない。
こっちにゆっくりめに戻ってくれ」
「ふん、ここが渋谷か」
芋之助は高層ビルの林立する華やかな都市を見渡した。
大門から青山一丁目で乗り換え、銀座線で芋之助は渋谷についた。
百九十を超える巨体の芋之助だが、ハマユも百八十に近い大柄なので、なかなか似合いのカップルとも言えた。
二人共学生服なので、そこだけが巨体カップルと合ってなかったが。
それと同じ制服だが、中学生の福は小柄で、しかも渋谷は初めてで萎縮していた。
「ろくに木もない、落ち着かない場所だべ……」
心細く呟やいているが、隣により小さな。
「福の兄ーちゃん、俺は詳しいから平気だよ」
勇気が、同じ学生服の半ズボン姿で付き添っている。
渋谷は前の戦いでもかなりの被害が出たが、今回はヒカリエから明治通りに向い、四人は歩いていた。
「ここか……」
芋之助が呟いた。
道路一面に巨大な穴が空き、中には放射状にくぼんだ、巨大な蟻地獄ができている。
何台か車がはまっているが、砂に刺さったり、ひっくり返ったりしている。
今は警察が道路を封鎖しているが、車内にいたはずの人間は、全て穴の中心に吸い込まれたらしい。
「でも、どうするべ?
俺の毒も届かなそうだけど……」
福も呆然とする、全長百メートルの巨体蟻地獄だった。
「まー一応策は授かってはいる……」
芋之助が言うが、ハマユは、
「あれ、本当にやるの?」
かなりムチャクチャな作戦なのだ。
なので現場判断で動け、とは言われているが……。
「俺は全然平気だぜ!」
勇気は胸を張った。
作戦とは、影を纏い無敵状態となった勇気を紐で縛り、蟻地獄に降ろす、というものだった。
勇気がなんとか中心の敵を引き出せば芋之助の剣で倒せる。
出てこないなら、今度は福を縛って、距離をとって毒で攻撃するのだ。
ハマユは、氷柱攻撃で戦いを援護。
また、相手がホントの蟻地獄だったら、ハマユを縛って、敵を凍らせる。
乱暴極まりない作戦だった。
「ちょっと石でも落としてみるか?」
芋之助は近くのマンションの定礎と書かれた石を指から出した小刀で切り、無造作に蟻地獄に落とした。
石は砂の斜面を転がり、すぐに中心の穴に入る。
と、中から黒い人とも獣ともつかない何かが上半身を現し、礎石を脇に避けた。
「あ、しまった、切ればよかった!」
芋之助は悔しがるが、不意にあんなものが顔を出したら、誰も呆然とするのは当然だった。