132市街戦
昭和通りで車を停めると、井口は早速カラスにしか見えないトンビを飛ばした。
御徒町の狭い路地の続く繁華街は荒れ果て、道端にゴロゴロと死体が転がっていたが、生きている人間は見えない。
ただしこの辺は北は上野、南は秋葉原、神田まで地続きの大歓楽街だ。トンビは三方に飛んでいく。
いた……。
アメヤ横丁は逃げる人々で溢れかえり、その後ろを、スポーツウェアの少年が、逃げる人々よりも軽快に走りながら、追いついた中年を、若者を、女を、子供を、一撃で殺害し、追いかけ続けていた。
「アメ横だよ!
今も走りながら逃げる人々を殺しまくっている。
しかも、あのアメ横だ。
もうすぐ人が密集して動けなくなるぞ!
そうしたらミキサーみたいな大量殺害になる!」
車で数分前進して、そこからカブトとユリコは走り出した。
上野駅側では密集になるのは見えているので、手前から虐殺少年を捕捉するのだ。
「おいカブト!
先行くからな!」
カブトも影を纏ってオリンピック短距離選手並みの速度で走っているが、ユリコのMAXはその上らしい。
「判った……」
カブトが素直に言うと、ユリコは数十メートルジャンプして、ビルの屋上に登り、そこから連続ジャンプで進み、消え去った。
「あーゆー化け物がその辺に転がってんだな……」
さすがのカブトも、ユリコには偉そうな態度は控えよう、と心に決めた。
カブトとユリコには、それぞれ井口のトンビが誘導しているが、三匹目は少年の足止めに襲いかかった。
激しく叫んで少年の顔を、猛禽類の爪で引っ掻くが、少年は腕の一振りで、トンビを葬った。
だが井口の陰であるトンビは、すぐに空中で復活し、再び襲いかかる。
とても敵わない相手ではあるが、戦いはユリコとカブトに任せれば良い。
アメ横が人間ミキサーになるのは、絶対に阻止しなくてはいけなかった。
「ともかく、オバちゃん、玉になってぶつかるわ!
二人も、なんとかしてみてな」
高屋は言うと、野方駅前のラーメン店に頭を突っ込んで暴れるアンキロサウルスに、巨大な肉の玉となり、速度を上げてぶつかった。
しかし、アンキロサウルスは本当に恐竜並みの筋力を持っているのか、大の男も薙ぎ倒す高屋の大玉をもってしても、ポコンと音を立てて跳ね返っただけだった。
「あれと、近接戦闘、できるかな?」
中居は美鳥に首を傾げて見せた。
「骨は拾っておくわ」
美鳥は相変わらずクソ真面目なのかジョークなのか分からない返答をする。
はぁ、と中居は大きな溜息をつき、
「まだヒグマの方が戦いやすいよな……」
嘆いて、用心深く接近する。
美鳥は、蝶を詰めたミサイルを撃ち込んだ。
美鳥の蝶がアンキロサウルスの体を覆うのを見ながら、中居は進む。
さすがに美鳥は、抑えるところを心得ており、長い尾を中心に蝶を貼り付ける。
頭は未だラーメン店の中なので、尾の攻撃が抑えられれば、中居もかなり楽に動ける。
左手の革手袋を外すと、すぐに手は赤く燃え上がる。
攻撃範囲はレディたち春川兄弟に及ばないものの、敵限定する分だけ、中居の炎は高温になる。
炎はやがて黄色くなり、青くなる。
鉄をも蒸発させる温度だ。
理論上、焼けないものは無いのだが、影はただの物質ではないので、それで無敵とも言えない。
美鳥の蝶が動きを止めた、と見越して中居は素早くアンキロサウルスの尾の付け根に走った。
駆け引き無しで、超高温の左手を人の胴体ほどの太さのある尾の根元に突き刺した。
アンキロサウルスが、痛みに飛び上がった。
同時に尾が動くが、美鳥の蝶が、拘束衣のような役目をし、仲居には届かない。
それを見た中居は、アンキロサウルスの後ろ足の股関節辺りを、焼き切った。
2千度近い手をレーザーメスのように使い、尾から足に一文字の傷をつけたのだ。
焼き切るため、出血は少ない。
が、尾は力を失い、右後ろ足も、ガクンと膝をついた。
思ったよりいい感じだ。
デカすぎて直接心臓を焼く、などは無理だが、尾と足一本を奪えば、相当に動きは遅くなるはずだった。
尾や足ぐらいは、骨まで届くはずだ。
これを破壊すれば、アンキロサウルスの動きは、ほぼ止まるはずだ。
そうしたら攻撃対象を頭にする。
中居がそう計算を立てたとき……。
アンキロサウルスの硬い甲羅のような背中が波打った。
なんだ、と2メートルを若干超える恐竜の背中を見上げた中居は、唖然とした。
頭が、甲羅の上を移動して、中居に向かって、甲羅という水の上を泳ぐ水鳥のように、かなりの速度で迫ってきていた!
ユリコは上野と御徒町の間のJR線高架橋を飛び越えて、カラスと怪力少年が戦う真上から、落ちてきた。
少年の頭頂部にドロップキックを突き刺すはずだったが、少年は素早く背後に飛び退いた。
「よう、なかなか良い目を持ってるな!」
ユリコが薄く笑うと、少年はつまらなそうに、
「見え見えだよ。
偉そうなこと言うなら、僕に一発当ててからにしたら」
僕っ子かよ!
普通は女子に言うのだろうが、ユリコは親父が一人で育てていたため、男が僕を自称するのが、変に気に障った。
誠を虐めるのは気に入っているからだが、敵が僕っ子だと、ハッキリきもい。
「ふん、ガキが調子に乗りやがって!」
ユリコはミニスカートも気にせずブラジリアンキックを打ち込むが、少年は蹴りを避けるどころか、片手で受け止め、踏み込んできた。
ボキッ!
嫌な音がして、少年の腕が、手のひらと肘の間で、二つに折れた。