131脱出
コンクリートを軽く突き破る木だ。
バスの床など何でも無いだろう。
誠自身は透過である程度は攻撃を防げても、六人全て、となると難しい。
しかも敵は、おそらく誠たちの話を聞く知能を持っているようだ。
多分、意図して抹殺しにくるだろう。
誠は、スタスタと運転席に向かう。
「おいおい、君じゃ運転は出来んだろ?」
高一にしても小柄で、真子と融合しているせいか、より幼い雰囲気の誠に、刑事が慌てて声をかけた。
「サイドブレーキを外して、ハンドルを回すだけですよ。
第一、キーもありません」
ああ、と老刑事は未消化ながらも納得する。
誠は自分には深すぎる運転席の先端に座り、サイドブレーキを外した。
引力と反発力の力で車を動かす。
「ちょっと!
動かしてるスよぅ!」
警備員は慌てるが、誠は落ち着き払って、
「みんな、近くに来てください」
小百合たちは無言で運転席に集まる。
バスは、スムーズに進み出す。
実のところは、あちこちぶつかっているのだが、透過で回避していた。
だが、バスには衝撃が続く。
木は、なぎ倒して進んでいるためだ。
一方、幽霊たちは車のガソリンタンクを見つけると誠に知らせていた。
誠が、それを透過してガソリンを撒き散らした。
やがて広い駐車場もガソリンで満ちてくると、誠はバスを停めて、バスのガソリンタンクも同じように透過で床にぶちまける。
「みんな、空を飛ぶよ」
誠は影の手で五人を掴み、天井まで浮かぶと……。
蛹弾をガソリンに撃ち込み、同時に天井を透過して上昇した。
地面が、激しい爆発で揺らめいた。
と、同時に……。
誠の周囲に、何十という炎の帯が誠を追い抜いて昇っていく。
地上を突き抜け、スカイツリーを見渡す空中に浮かぶと、スカイツリーの周囲が、ナイアガラ花火のように輝いていた。
「やれやれ…」
白井芳一はカフェのコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
だいぶ内調に殺されちまったが、死体はポレホレの実を入れれば、まあまあ戦闘員にはなる。
また、本来は使う予定ではなかったが手駒の殺した人間たちも改造して賑やかし程度の怪物にはなるだろう。
それに、他の所の首尾は上々だった。
「全く、どういうメンバーなのよ!」
美鳥がムスリと呟く。
美鳥の横には高屋と中居がいた。
三人とも集団戦闘は苦手な影繰りだ。
美鳥は、誠の世話をする前は、ほぼ暗殺専門だったし、高屋は情報収集や潜入工作のエキスパートだった。
今は、三人の子供を育てている実績から光が丘少年倶楽部の世話&育成係になっているが、実際は大企業から田舎の工場までどこにでも溶け込み、情報を探る事を得意としているのだ。
中居は、ある時、急に影に目覚めた。
しかもそれが炎系の影だったため全身に火傷の跡があり、それがトラウマであまり他人と関わりたくはないらしい。
小百合や百合子は明るい性格で、むしろ仲居をイジっていたが、美鳥は真面目なので一切触れない。
美鳥も幼くして男に騙され、挙げ句その男を殺している。
世代が近いので互いのトラウマも知っており、イジるような芸当は互いに持ち合わせていなかった。
この三人が、無理矢理に向かわされたのは西武線沿線の野方であり、町の東は環状七号線が一日中、大量の車を北に南に走らせている。
西武新宿線も都会の私鉄であり、十分程度の間隔でダイアが組まれており、ここらに損害が出ると、それだけで首都機能は大いに麻痺をする。
それ以外の街並みは、極めて細い道路に商店や家屋が密集し、全てが路地、と言ってもいい。
この町に、巨大生物が現れていた。
最初の通報は、
「ワニがいる!」
だった。
逃げ惑う人々を、残酷に踏切がせき止める。
西武新宿線は未だに多数の踏切が町を寸断しているのだ。
子供たちはアンキロサウルスだ、とほぼ正確な事実を述べたが、警官は、
「は? あん肝?」
事態は伝言ゲームめいた要因も重なって混乱を助長した。
更に数ヶ月前、新宿に恐竜が出て、集まった数万の人々が大崩落に巻き込まれる、という惨事を人々はまだ覚えていた。
自衛隊を出そうにも、野方には戦車の走れるような道はほとんどなかった。
そんな町中で。
アンキロサウルスは、暴れ、人々を追い散らし、長い尾には巨大なハンマーのような突起に鋭いトゲまで生えており、車は吹き飛ばされ、町は破壊され、電柱は倒された。
「で、どうするわけ?」
美鳥は、自らノープランだと告げた。
中居は上着を探ったが、せいぜいライフル弾程度しか持っていなかった。
「ちょっと本部?
ブルドーザーでもないと対抗できないわよ、あんなの!」
美鳥は声を荒げるが、竜吉とピッピは何処かにデートに出かけて、スマホを切っていた。
西武全線と環七は停止した。
それは普通の少年のように見えた。
スポーツ系の機能的なTシャツを着て、動きやすいハーフパンツを履いている。
ただし、手には総合格闘のグローブを嵌めており、バッシュのようなスニーカーをつけている。
御徒町で、素手で通行人を次々に殴り殺した。
一撃で、頭蓋骨は陥没し、一蹴りで手足が千切れる。
人間のパワーではない。
しかも、警官の猛者たちを薙ぎ倒し、襟首を持ってビルの五階まで片手で投げ飛ばす。
柔道有段者の、百キロ超えの警官を、だ。
ついに発砲許可が下りたが……。
なんと、首を曲げて弾を交わし、素手で銃弾を掴んで捨てた。
内調に通報が来て、カブトと井口とユリコが現場に向かった。
「井口さんは、その餓鬼を見つけてよ。
後は俺とユリコでなんとかするよ」
カブトは落ち着いていた。
どんなに破壊力があったとしても、火の玉で触れられなければ、問題はない。
後は地雷で追い詰めれば、なんとかなるだろう、と考えていたのだ。