13闇闘技場
扉を開けると、興奮した男たちの叫びと怒号が体にぶつかる。
小さなホールだ。
リングを取り囲むように、1階席、2階席、3階席と続いている。
高校生は、ガラに連れられて、会場とは別の階段を通り、1階席の脇の両開きの扉から、リングの前に出た。
何処から集まったのか、という程の人間が、3階ブチ抜きの地下室に唸りを上げている。
日本人も結構多く、特に1階席は柄の悪そうな大人や、金持ちそうなデブが集まっている。
全て日本人とは限らないが、日本、中国、韓国などの金を持った大人たちの集団だ。
韓国なら合法のカジノもあるし、ムエタイが見たいなら、有り余る金でタイに行けばいい。
だが、この日本の、小さな雑居ビルの地下だからこそ見れる、本物の殺し合いを、彼らは大枚を叩いて見に来ているのだ。
一階は、間違ってもお客に怪我など無いよう視界を遮らない程度に細いワイヤーが張られている。
その外側は、高級シャンペンがテーブルに並び、着飾った各国の女性がにこやかに金持ちの接待をしている。
衣装は様々、お客のお気にめすまま、だ。
VIP席と言っても、闇の闘技場に過ぎないのだから。
2階は、概ね賭博をしに来たアジア人だが、脂ぎった白人も混ざっている。
出てきた二人の選手を見て、せっせと勝ちを予想している。
ムエタイと違うのは、特に日のある時間、出てくるのは素人や身に覚えはあっても正式な場所には出られない男たちばかりなので、時に大番狂わせも起こり、大金が動くこともある、事ぐらいだ。
彼らには、所属ジムも何もなく、名前さえ名乗らない。
勝てば、動いた金の中から歩合をもらえる。
それを目当てに集まる、金に、あるいは血に、飢えた男ばかりだ。
高校生の相手は、アフリカ系の痩せてはいるが背の高い男だった。
典型的な日本人らしい高校生とは、かなりの身長差がある。
アフリカ系に金が集まるが、一定以上の金額差がつくと、日本人にも張るものが出てくる。
勝てば、大金が手に入るからだ。
ムエタイなら、踊ったり神に祈ったりするところだが、闇闘技場に神など存在しない。
高校生もアフリカンも、ただ立っている。
やがて、掛けが締め切られ、レフェリーもいないリングに、ゴングが鳴った。
キーン、と、恥ずかしいほど高音のゴングが鳴り、アフリカンは高校生に突進してきた。
ただ金目当ての殺し合いだ。
自分は傷つかず、相手を行動不能にしてしまった方が後が楽だ。
アフリカンは、190前後の身長に、細くて長い手足を持っていた。
その長い手で、鋭いジャブを高校生の顔に連打した。
拳は、ニキビ一つ無いきれいな顔に吸い込まれていく…。
はずだったが、どういうテクニックか、高校生はアフリカンの正確なジャブを交わし、大降りなストレートをアフリカンの顔面に叩き込んでいた。
…飛んだ…?
アフリカンには、まるで時間が飛んだように感じられた。
瞬間、寝落ちでもしていたようだが、普通、リングの上ではあり得ない。
ただし、アフリカンはこの格闘場の常連だったから、もしかしたらパンチドランカーの症状だったのかもしれない。
アフリカンは、しかし高校生の大降りなパンチを左手で交わそうとした。
素人のパンチだ。
充分交わせるはず…。
だったが…。
アフリカンの顔面に、意外と重いパンチが突き刺さり、鼻が潰された。
がくり、と膝を落としたアフリカンは、メチャクチャに殴られ、蹴られ、血みどろでリングを去った。
「ベナンガランが伊豆にいる!」
そう聞いた小学生たちが、大人しくしている訳もなかった。
小学生と言っても高学年だ。
難しい漢字は読み飛ばしても、新聞部のウェブ記事もむさぼるように読んでいた。
彼らは、もはや期待にはち切れそうになり、押さえ込もうにも、伊豆程度なら出掛けられるほどの財力も持っていた。
「誠、川上、カブト。
連れてってやれ」
「え、僕ですか?」
永田の言葉に誠は驚いた。
誠は、今まで5人組の世話は未経験だった。
「まー、ホントに、出るのが判ってるからな。
お前やカブトが適任だろう。
川上は感知要員だし、ウサギが子供たちのボディーガードにもなる」
永田なりに考えたらしい。
なんと言っても、難しい年頃であり、カブト、レディの兄弟も、この辺の時期から関係がこじれてきている。
楽しく息抜きさせた方が良いのは明らかだ。
「あれ?
高屋さんやハマユは?」
カブトが聞くと、
「彼らも、それなりに忙しいんだよ。
それに、伊豆に合体ロボとかが出現するくらいなら、もっとスマートに妖怪退治した方が良いだろ」
みんな出払っていて、高一の男子三人に白羽の矢が立ったらしい。
川上はまだ、現場に出ていないし、カブトも病み上がり、その辺を誠ならフォローできる、と思ったのかもしれない。
が、影能力が強いとか、成績が良いのと、小学生や自由すぎる同級生をコントロールできるコミュ力は同一ではなかった。
誠は、言ってみたら、普通に通学している引きこもり、なのだ…。




