125機械室
蜘蛛の巣が消え、明るくなった廊下を、誠たちは颯太のいる部屋に向かい、歩み進んだ。
「あー、ここは、立体駐車場を動かす機械室ですねぇ」
警備員は扉を開けながら教えた。
駐車台を動かすギアやチェーン、駆動モーター、それを制御する制御盤などが置かれているらしい。
無論、現在ではほとんどの作業はコンピューター制御だが、ここに来れば手動運転も可能、という仕組みらしかった。
颯太は自分のスマホを持っているので、気楽な暇つぶしをしていたようだ。
幽霊の人格によってパソコンが欲しいとかタブレットがいいとかゲーム機が欲しいとかあるので、誠もなかなか遣り繰りが大変で、最近は家計簿をつけ始めていた。
(で、颯太、穴はどこかに続いているの?)
ああ、と颯太はその辺は抜かりなく、
(こっちだぜ)
機械室の巨大な動力装置の奥に、屈んだり横になったりしないと通れないルートがあり、その先に、人一人が通れるような穴がコンクリートの壁に空いていた。
先頭を歩いていた川上は、穴に頭を突っ込み、うわっ! と叫んだ。
「凄い高さだぜ!」
誠も見ると、配管やいくつもの強化プラスチック製の白い水槽、金属のタンクなどが並んでいた。
地面は、およそ十メートルぐらい下にある。
「あー、ここはポンプ室すねぇ。
白いのは浄水、奥の金属は排水で、ここは川が近いから浄化装置まで付いてるんで大きくなるッスよ。
入口は一階下になりますぅ」
だが、何者かがコンクリートに穴を開けたのは間違いない。
それが誰か、あるいは何かなのかは、颯太も知らなかった。
「大体、こんな奥まで点検してるか知らないスけど、もしかしたら古い穴かもですよぅ?」
「スカイツリーだ。
そこまでズサンじゃないだろう」
老刑事が反対意見を語った。
確かに高円寺のマンションなら判らないが、全東京のテレビ塔なのだ。
大きな観光施設でもあるし、何年も穴を見過ごすとは考えられない。
ただし、穴から人間が降りるのは不可能そうでもある。
影繰りなら、なんということは無いが……。
「とにかく降りてみましょう」
誠は空中に浮くと、影の手で一人づつポンプ室に仲間を下ろした。
川上や小百合は自分で軽々と降りる。
「僕ももっと訓練を頑張るよ」
と、ユリは影の手に掴まりながら己を恥じた。
川上は、耳を伸ばし、音と臭いで敵を探る。
誠も幽霊を総動員した。
「注意してください。
臭うッスよ……」
唸るように川上。
敵は、いるらしい……。
幽霊は人間の姿を見つけられなかったが……。
(なんか、ゴミなのかな?
貯水槽の下に溜まってるけど……)
誠が心の遮断を解けば、幽霊と視力を共有できる。
それは、湿った土か、腐って形を失った布や段ボール的なものなのか、誠にも判らなかった。
湿っているせいか、誠の嫌いな虫が多い。
見事な黒い奴が、人の気配を察知してか、敏捷に貯水槽の下の謎の汚物に近づいていく。
と。
一瞬で、虫が消えた。
汚物が微かに揺れた、と同時に虫が消えたのだ。
「ちょっと待って!
今、虫が食べられた!」
誠は叫んだ。
「え、何に?」
ユリは当然、幽霊の見たことなど知らない。
「気をつけるんだ。
その受水槽の下に、何かがいる!」
ヒィ、と警備員は壁に張り付く。
誠たちの手前には巨大なポンプがある。
ソラマチやスカイツリーの飲食店やトイレなどに水を供給する、およそ日本最大のポンプだ。
配管が繋がって、誠たちの前に幾つもの受水槽が連なっており、それが一つの独立したメカニズムになっていた。
その奥に、一定の空間を置いて、一段降りた場所に汚水タンクと浄化装置が、これもかなりの空間を専有していた。
汚水と浄水が混ざることは禁忌なので、一メートル近い段差があり、また水の入らない手摺で仕切られている。
本来、別室の方が望ましいのだろうが、メンテの関係上、同じ空間にまとめられているようだ。
ポンプや浄化装置は常に稼働しているので、広い部屋は様々な機械の駆動音と発する熱で、かなり蒸し暑い。
目に見える水たまりなどは無いが、湿度は他の場所より明らかに高かった。
貯水槽は、コンクリートの床から数十センチ浮いて作られており、金具で固定されている。
水漏れなどを調べるのかもしれない。
また、貯水槽を排水する場合もあるらしく、パイプが排水タンクにも向かっている。
急に、ゴウンとポンプが唸り始める。
オートマチックに水を上に上げる仕組みらしい。
貯水槽は全部で十。
内部はもっと仕切られている、と警備員が語っていた。
この下に何らかの化け物がいるとなると、先の排水タンクには進めない。
だがタンクの上に金網の橋が架かっており、その先に、明らかに何者かが砕いたらしい穴が開いていた。
誠たちを誘うように、その奥からオレンジ色の光が見えていた。
「虫を食べた、ってどういう意味だべ!
カエルでもいるんじゃ無いべか?」
小百合はキレ気味に言う。
「いや、スカイツリーの地下だぞ。
まさかカエルなんていないだろ?」
老刑事は、呆れたように言うが、誠は。
「泥の塊のように見えたんです。
それが一瞬でゴキブリを飲み込んだ。
大きさは、貯水槽の大部分を占めるほどです!」
川上やユリも貯水槽の下を見てみるが、確かに何かがうず高く盛り上がっているが、生き物とは断定できなかった。