123扉を守るもの
ムカデが、腹膜を食い破り、毒を撒き散らしながら、肝臓、胃を傷つける。
胃液が体内に流出すると、酸が内臓を溶かしながら、体内に広がっていく。
大地はそこから真上に、心臓、肺を目指して、内臓を切り裂いた。
幾つかの大動脈を破砕し、心臓と肺を食い破り、食道を喉に向かった!
ゲフッ、と爬虫類人間が血を吹き、高田類のパンチに階段を真っ逆さまに転がり落ちた。
「やったべ!」
全員が喜んだが、誠は。
「ユリ、虫を離して。
コイツは、地下に落とすよ」
顔泥棒が再生させるのは判っていた。
そして二度倒すのは無理かもしれない怪物だった。
ユリの三十匹の虫が飛び立つと、誠は爬虫類人間を地下深くに落した。
「こ……これでぇ、終わりスよねぇ……」
警備員は、高校生たちに敬語を使い始めていた。
「まだだべ!
まだ、駐車場の穴にも行っていない!」
小百合は叱るように言った。
老刑事は、何処に持っていたのか、リボルバーに弾の補充をしていた。
「急いだほうがいいでしょう。
時間が経つほど、敵は多分強くなる」
誠は言った。
「え、強くなるッスか、誠っち?」
川上の問に、
「前の時はどうもシーツアの花、っていうのが敵の発生に影響しているみたいだった。
多分、今回はスカイツリーを覆っている、あの蔦が核になってると思う。
だとすると、どんどん茂れば茂るほど、敵は大きく、強くなるんじゃないかと思うんだ」
六人はしばし、無言のまま、互いを見合い、
「行こうか……」
ユリが呟いた。
増員を呼んでいる間に強くなるとすると、どうも誠たちは四人で全てを解決する必要があるらしかった。
「しかし、前の時は、ここまで強くなかった気がするべ?」
小百合の言葉は、微かに毒が消えていた。
誠をある程度は認めたようだ。
「多分ここが中心地だからでしょう。
周辺でも、何か起こっているかもしれない」
事実、今回も小学生まで動員され、各所で学生連合の薬を飲んだ十代、二十代の若者が怪物化し、内調は大騒ぎだったが、今回、終息の成否を握っているのは誠たちだった。
六人は、無言のまま階段を下りていく。
徐々に颯太に近づいているのに、誠は気づいていた。
階段を折り切ると、細い廊下があった。
「薄暗いな。
蛍光灯でも使っているのか」
川上が文句を言うが、警備員は、
「いや……、そんなはずは……」
「どうやら、この階のようです。
廊下に行きましょう」
誠は言った。
階下にも階段は続くが、まずは颯太と合流するのが一番だった。
廊下は、少し歩くと左に折れる道がある。
その先に颯太はいた。
だが、何故かその先の道は、真っ直ぐ続く道よりもなお、暗いように見えた。
用心深く近づいた誠は、先を見て絶句する。
十数メートルの脇道全てに、薄汚い蜘蛛の巣が張り巡らされていた。
「おいおい、こりぁ奥の扉に近づけないスね」
川上は唸る。
「ちょっと試してみよう」
誠は言って、壁に手を突っ込み、鉄骨の一片を取り出した。
十センチほどの鉄の棒だ。
蜘蛛の巣に鉄を触れさせる。
カラン……!
鉄棒は、ただ触れただけで真っ二つに切断され、先端は床に落ちた。
「やべぇ! こりゃあ、通れないスね……」
川上が驚愕する。
「通る?
君たちは、ここで僕に食べられるんだよ」
クツクツと喉の奥で笑いながら声を出したのは、蜘蛛の巣の奥で、四つん這いになっていた少女だった。
見たところ、中学生のように見える学生服の少女で、化粧でもしているように艶やかな顔をしていた。
「いけ好かないガキだべ」
小百合は嫌いなタイプらしい。
「へっ、別に好かれたくもないね!」
少女は吐き捨てるように言うと、不意に右手を前に伸ばした。
と、まるで弾丸のように五本の指から蜘蛛の糸が発射される。
触れただけで鉄骨を切断する強度を持つ糸だ。
しかも、弾丸並みの速さだった。
糸は川上を貫く!
「うわっ、俺かよ!」
小百合が攻撃されると思っていたらしい。
「ケケッ、弱そうな奴から殺ってくのさ」
楽しそうに少女は笑うと、
「僕の糸は、今、そこの女みたいな顔をした細っちい男が見せたように、鉄でも切断する。
それを僕が自在に操るとどうなるか…」
確かに危険だった。
川上がバラバラにされてしまう。
誠は、透過を川上にかけた。
少年が突き出した右手をクルリと指を上に上げるように返すと、糸は踊るように少女の指に帰った。
「あ……危なかったぜ……!」
川上は唸った。
「ち、貴様、特殊能力を持ってるな!」
蜘蛛少女は川上に警戒したようだ。
「だけど僕の糸は、別にここだけじゃないんだよね」
赤い唇で、少女は艷然と笑う。
「うわぁ、どうも電気が暗いと思ったらぁ!」
警備員が叫んだ。
低い天井に剥き出しで付けられた棒型LED。
その全てに、厚く蜘蛛の巣が覆っていた。
「もう君たちは、僕の死の陣地の中って訳さ」
確かに、誠たちは長い廊下の中ほどまで来てしまっていた。
とても逃げる暇は無い。
キュン!
奥の電灯から、不意に糸が飛ぶと、誠の足元に突き刺さった。
「さあ、逃げないと、すぐに君らは死の牢獄に閉じ込められるよ!」
少女の言葉と共に、壁から、床から蜘蛛の糸が飛び出し、元々狭い通路は、触れただけで鉄をも切断する糸に覆われていった。